聖剣と、守護するもの


 「せ、聖剣っぽく刺さってただけで、普通の剣だったみたいね。本物がこんな簡単に取れちゃダメでしょ。そもそも剣術の技能レベル0なのに聖剣とか抜けるわけないし」

 「たぶん、剣みたいに見えるけど鋸とかそういうオチじゃない? あ、刀身を持つスタイルのハンマーかもよ?」


 あまりのことにふたりとも混乱して、わけがわからなくなっている。

長い間――話によれば五百年ほど刺さりっぱなしだったというのに聖剣の刀身には錆びすら浮かんでいないし、こうして持ってみても羽根のように軽い。どんな合金でできているのかわからないが、とにかく並の金属でないのは確かだ。建具に使ってみたい。


 「イルマ師匠が仕掛けた盛大なドッキリって可能性もあるけど……いや、その線が濃厚だけど、とりあえず相談だけはした方がいいよね?」


 アルティが不安げに言った、そのとき。


 ピィィィ、と風を裂くような鳴き声が頭上から聞こえ、神殿の入り口から強風が吹き込んできた。わたしたちの軽い身体は宙に浮かび、ふたりとも慌てて羽魔法を発動させ、どうにか羽ばたいて着地する。


 「お、おお? なにこれなにこれなにこれ! 聖剣抜いたら守護者が出てくるとかいう、ありがちなやつ!? やっちゃう!?」

 「やっちゃわない! とにかく逃げ――」


 られない。

 入り口を塞ぐように、厚い羽毛に覆われた巨体が現れる。四本の脚、猛禽に似た翼、ドラゴンの鱗すら貫くという鋭い鉤爪。


実際に見るのは初めてだけれど、あれはいわゆる、グリフォンというやつじゃないだろうか。たぶん。


 話に聞くよりは小柄だから、たぶんグリフォンの幼生――レッサーグリフォンだろう。全身の羽毛は赤黒くまだらに汚れていて、かなり深い手傷を負っている様子だ。

 怒れるグリフォンは一個大隊を塵にするとか、火竜を一撃でかみ殺すとか、あまりいい噂は耳にしない。グリフォンの心理はよく知らないが、あれは間違いなくご機嫌ナナメだろう。


 「あー、逃げ道がなくなったっぽいけど、どうする?」

 「どうするもこうするも……」

 わたしが勇者だったなら、『やるしかない!』とか言うんだろうが、あいにくわたしは勇者じゃないし、そもそも冒険者でもない。岩うさぎにすら苦戦する一介の家具職人なのだ。逃げる以外の選択肢はない。


 「ま、やるしかないか!」


 知らぬ間に木槌を構えたアルティがわたしの前に立ち、グリフォンに相対する。

 並の冒険者なら束になっても敵わない相手だが、魔法具の力があれば倒せる可能性もなくはない。実際、アルティは強いし、手負いのグリフォンに後れを取ることはないだろう。


――ただし、足手まといがいなければ。


 グリフォンは魔物の中では比較的知能が高く、見ただけで人間の力量を量っているとも言われる。だから、明らかにひ弱なわたしが標的になるのは当然で。


 グリフォンの血走った瞳が明確にわたしを捉え、金切り声を上げながら突進してくる。アルティは身動きもできずにいるわたしを突き飛ばして、尋常ならざる速さで木槌を振り回し、駆けるグリフォンの横っ腹に渾身の一撃を叩きこんだ。


 精霊樹の木槌がめきめきと音を立てて軋み、グリフォンの身体が浮かび、吹き飛び、神殿の石壁へと叩きつけられる。ただ、大げさな吹き飛び方のわりにグリフォンは平気そうで、うめき声のひとつも上げない。


 「清々しいほど効いてないし。そういやグリフォンって障壁持ちだっけ、面倒くさいなあ」

 「物理障壁なんてどうするのよ!?」

 「イルマ師匠が言ってたんだけどさ、あらゆる障壁は衝撃を緩和する魔法だから、障壁の防御力を圧倒する衝撃でぶん殴ってやれば砕けるって」

 「あの脳筋の言うこと真に受けないで!」


 言っている間にもグリフォンは体勢を立て直し、暴風とともに突っ込んでくる。爪の一閃がアルティの木槌と衝突し、精霊樹の木片が水しぶきのように散る。

 互いにかなりの衝撃があったはずだが、明らかにアルティの消耗が著しい。

 シンドリのハンマーは重さを無視するが、衝撃まで無効化できるわけではない。こうやって攻撃を受け止めていれば、そのまま骨が折れたっておかしくはないのだ。


 物理攻撃をほぼ遮断し、あらかたの魔法をも打ち消すグリフォンの障壁魔法は、正直言って並の力で打ち破れるものではない。アルティだけで戦うのなら、攻撃を避けながら木槌で叩き続け、いずれ障壁も抜けたかもしれないが、いかんせん今回は状況が悪すぎる。


 聖剣を握る手が汗ばむ。

 あるいはこの剣なら障壁を貫けるのかもしれないが、わたしの剣スキルはからっきしの0だし、アルティにしたって趣味程度の15。これが最強の聖剣だったとしても、使う方の技術がなければそのへんの棒きれと変わらない。


 「リシア! 下がって!」

 「へっ?」


 目の前にグリフォンの爪先が迫っているのに気づき、ようやく後ずさりした時にはもう遅い。鉤爪はわたしの喉笛を目指して突き進み、そして。


 アルティの木槌が、グリフォンの爪を叩きつけた。


 ぱき、と乾いた音を立てて一本の爪が折れ、同時に木槌が原型も留めずに散らばる。そして、間髪入れずに放たれたグリフォンの羽ばたきの風圧で、アルティの身体が地面に叩きつけられる。鈍く湿った音がして、彼女の右腕があらぬ方向に曲がった。


 「っつ、これ完璧折れてるな……」


 どう見ても戦える状態ではないのに、アルティは残った左腕で木槌の残骸を握り締め、グリフォンとにらみ合う。闘志は失っていないけれど、もう次の一撃には耐えられない。グリフォンはゆっくりと歩みを進めながら、止めを刺す時機をうかがっているようだ。

 こうなれば、万にひとつも勝ち目はない。


 「あ、こういうセリフ言うの夢だったんだけどさ、ここはあたしが食い止めるから、リシアだけでも逃げて」


 冗談めかした口調で、笑顔すら見せながらアルティがつぶやく。

 わたしは応えることもできず、身じろぎもできず、ただただ聖剣を強く握りしめるだけで。


――きっと、わたしだけなら逃げられる。


 アルティを置いて逃げれば、神殿の外には逃れられるだろう。あとは集落まで逃げ切れば、イルマ先生がなんとかしてくれるはず。


 でも、それは仮定の話であって、わたしが取りうる選択肢じゃない。 

 だったらなにができるか? そんなのは決まってる。


 両手で構えた聖剣の刀身に、覚悟を決めたわたしの表情が映った。

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