ディスペル、そして
苔むした石畳は整然と美しい円形の広場を形作っていて、本当に職人の手仕事によるものかと目を疑うほど工作精度が高い。中央に築かれた石柱は鏡面仕上げで、広場にそそぐ陽の光を反射させてきらめいている。
広場の奥には同じく石造りの神殿がそびえ、静寂の中でその威容を誇っていた。
「もう行き止まりだし、帰る? 神殿に用なんてないでしょ」
「いやいや、意味なくこんなとこまで来ないって。リシアも聖剣の話くらい聞いたことあるでしょ」
妖精の森の最奥に位置する神殿には、遥か昔に魔王を三柱ほど屠った、カルフなんとかという名前の聖剣が封印されている、らしい。たまに人族の冒険者がやって来ることはあったが、誰かが聖剣を持ち帰ったという話は未だに聞かない。
「引き抜いたものは大いなる力を得るという、聖剣が! 封印! されてるわけよ!」
「今日はいつにも増して暑苦しいけど、なんなの、本当に火の木の棒でも振ったの」
「……実は、これから旅に出てみようかと思って」
その言葉には、さすがのわたしも自分の耳を疑った。
「建築家なのに、旅?」
アルティには魔法具の力があるから工期なんてあってないようなものだが、普通の工事にはそれなりの時間がかかる。ひと月ふた月で終われば早い方、下手をすれば数年に渡るものだって珍しくない。だから、大工はひとところに腰を落ち着けるものと相場が決まっているのだが。
「建築業はひとまずお休み。建築を生業とする妖精として、できる限りいろんな建材や工法を見てみたいし、ついでに冒険もしてみたい。リシアが独立するならいいタイミングかと思って」
「ひとりで行くの?」
「一緒に来てって言うほど厚かましくはなれないよ」
アルティは神殿の入口へと進み、重々しい石扉に手を掛けた。
「その代わり、ちょっと手伝ってほしくて」
見れば、扉の隙間には砂やら草が挟まって、ほとんどくっついてしまっているようだった。何百年も放置されてきたのだろう、ちょっとやそっとの力ではこじ開けられそうもない。
「大きい石で叩いてみたりしたんだけど、強力な保護魔法が掛かってるみたいで全然壊れないんだ。リシアのディスペルならいけるんじゃないかと思ってさ」
扉にも封印が掛けられているかもしれないけれど、まあ試してみるだけならいいか。
「『ディスペル』」
呪文と共に石扉が震えて、ひとりでに開きはじめる。
「おー、さっすがリシアのディスペル! 千年閉じっぱなしの引き出しも開けるって話は伊達じゃないね」
「千年使ってないタンスは捨てるべきだと思う……」
わたしに限らず、家具作りを生業にする妖精はディスペルが得意だ。
ディスペルはもともと各種の魔法を解除するための魔法だけれど、湿気で膨らんだ引き出しを開いたり、金具の錆びを落としたり、家具職人的には外せない技能だったりする。
神殿の中は外から見たよりもがらんとして広く、壁のそこかしこによくわからない図像が刻まれていた。それ以外に目につくものと言えば、円形の祭壇に突き刺さった一本の剣。どう見てもあれが聖剣だろう。
「見ててよリシア、いまここで伝説がはじまるよ! 史上初の妖精勇者が誕生するよ!」
わたしは近場の手ごろな石に腰かけて、聖剣に手を掛けるアルティの姿をぼんやりと眺める。シンドリのハンマーがあるから、もしかするともしかするかもしれないが……。
「きたれ聖剣! うなれ聖剣! 光れ聖剣!」
案の定というか、もしかしないし聖剣は光ってうならなかった。
「あっれー? 小石でも挟まってるのかな。ちょっとディスペルしてくんない?」
「いや、単純に選ばれなかっただけでしょ……」
放っておくと引っこ抜くまで帰らないような様子だったので、わたしは嫌々ながらも聖剣に触れてディスペルを唱えた。
「『ディスペル』。ほら、やってみた、けどっ?」
触れていた聖剣が急に倒れそうになったので、思わず柄を握りこんで引き抜いてしまっていた。
そう、引き抜いてしまったのだ。
「……えっ?」
しばし、ふたりとも聖剣を見つめたまま身動きが取れなかった。
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