宿敵、岩うさぎ

 わたしたちの暮らす妖精の森は、十万ヘーベほどの面積を誇る王国最大の森林だ。


 天を衝くような精霊樹と高い下草が森を閉ざしていて、外界へと繋がる道はわずかに2本ほど。出ていくものも訪れるものも多くはない。

いまわたしたちが歩いている道は森の深奥にある鍛冶神イルマリィの神殿へと続く道で、特に危険もないので集落の住人がよくウォーキングに使っている。

 ただ、こんなところにも魔物の類は現れる。


 道の真ん中に、綺麗な楕円形をした灰色の石がいくつか落ちていた。よくよく見ると、申し訳程度に耳らしきものがふたつ突き出ていて、なにやらもぞもぞと動いている。

 こいつこそ、妖精の森最弱の魔物にしてわたしの天敵、岩うさぎである。


 「結構たくさん群れてるね。よいせー!」


 掛け声とともに、アルティが精霊樹の大槌をぶん回して岩うさぎを高々と打ち飛ばす。

 そして、わたしの方はと言えば。


 「このっ! ちょっと! 当たりなさい!」


 こんなこともあろうかと彫金用の丈夫なハンマーを持ってきたのだが、まず攻撃がかすりもしない。たまに当たったかと思うと、衝撃でこちらの手が痛い。蹴り飛ばそうにも力が足りない。

そうこう言っているうちに岩うさぎの群れがわたしを囲み、ここぞとばかりに体当たりを仕掛けてくる。


 「あたっ、たたっ! もう! だから岩うさぎは嫌なのよ!」

 「もー、仕方ないなー」


 半ば呆れた様子で、アルティはわたしの周りの岩うさぎを一匹一匹吹き飛ばしていく。岩うさぎは一抱えほどのサイズに反してかなり重く、人族ひとりでは持ち上げられないほどなのだが、アルティは重さをものともせずにかっ飛ばしていく。もちろんシンドリのハンマーのおかげだ。

 異世界の言葉で、こういうのを『チート』と呼ぶらしい。本来の力――ちなみに魔法具なしの腕相撲だとわたしの方が強い――は弱いのに、魔法具なんかで圧倒的な力を得ること。いわゆる、ズル。


 「リシアさあ、どうしたらそこまでひ弱になれるの?」

 「家具職人は魔物と戦う必要ないし、強くならなくていいし」

「なんでさー、あたしだって大工だけど、あわよくば世界とか救いたいし、魔王とか倒したいよ? ちょっと冒険者意識低いんじゃない? 大丈夫? 火の木の棒振る?」

 「あんな高級建材で魔物を叩く感覚がわからない……意識高い系の冒険者怖すぎるでしょ……」


 火の木と言えば建築用木材の最高峰と言われる木で、その豊かな芳香とけた外れの丈夫さで上流階級に大人気だ。王国ではほとんど自生しておらず、この近辺での価値は同じ重さの黄金にも匹敵する。惜しむらくは、火の木というだけあって耐火性がとても低いこと。

 主に火の魔法を使う初心者パーティがあの棒で戦っている姿は本当に謎だ。あれを振らなかった冒険者は真の勇者になれない、なんていう与太話があるが、馬鹿馬鹿しいのを通り越し、カルト染みていてちょっと怖い。


 「そういや、さっきは聞きそびれたけど、リシアはこの森で工房を構えるつもり?」

 「森に生まれた妖精は大体そうするでしょ。森には加護があるし、技術も進んでるし、わざわざ外の世界に出る必要なんてないと思うけど。それこそ、世界でも救うわけじゃあるまいし」

 「えー、世界を救う旅とか憧れない? 仲間を増やしてさー、魔王の城に乗り込んでー」


 返事はせずに、わたしは『ステータス』の魔法を唱えた。

 『ステータス』は単純に言えば強さを量る魔法だ。自分のステータスは無条件に調べられるし、相手の技能レベルが自分より低ければ、貴族だろうと神だろうと関係なくステータスは強制的に開示できる。


 アルティの技能レベルは『建築』の73が最高で、対するわたしは『木工』の67だが、相手が心理的に開示を拒否していなければステータスは普通に見える。


 まず目につくのはやはり建築だ。73という技能レベルは人類の限界に近い。続いて打撃の65。まあ、これだけなら一流の冒険者と比べても遜色ないだろうか。目立って高いのはそれくらいで、魔法の技能レベルは全種軒並み0。

 魔法――特に治癒魔法が得意だと言われる妖精族にはあるまじきステータスだし、さすがにここまで魔法音痴だと冒険者生活に支障がありすぎる。


 「まさか打撃だけで魔王を倒すつもりじゃないわよね?」

 「でも、師匠はドラゴンを角材で殴って倒したって。あらゆる攻撃は突き詰めると結局打撃だとか言ってたよ」

 「あのデタラメな神さまと同じ次元で考えないでよ……」


 わたしたちの師である鍛冶神イルマリィは、その名の通り神である。


 神は魔王と同種の存在で、その善悪で人類が勝手に呼び分けているだけなのだが、本質はなんなのかよくわかっていない。とにかく、寿命にしろ技能レベルにしろ、人類を軽く超越していることだけは確かだ。


 魔王がそこそこたくさんいるように、神さまもかなりの数に上ると言われるが、イルマ先生はその中でもかなり高位の神に当たる。角材でドラゴンを殴り倒すくらいなら造作もないはずだ。


 ただ、残念ながらわたしたちは力なき人類で、その中でもひときわ非力な妖精族なのだ。

 ひとりでドラゴンは倒せないし、巨大な角材も振り回せない。

 角材はまあ、アルティなら振り回せるかもしれないが、だからってドラゴンを倒せるわけがなくて。


――そうこう言っているうちに、わたしたちは目的地である森の深奥にたどり着いた。

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