聖剣をてにいれた。

のっけから、活動休止?


――まず、話は今朝の所内会議にさかのぼる。


 きっかけは王都の中央土木事務所から届いた一通の封筒だった。中央土木事務所のシンボル、開かれたコンパスとハンマーの紋章が刻まれた真っ赤な封蝋を切ると、「うげえ」とおよそ女の子らしくない声がテーブルの向かい側から聞こえてきた。


 「中央土木が何の用だっての……」


 この、可憐な少女の見た目には不釣り合いな低い声で呻いているのが、わたしの幼馴染でこのスバントラ建築事務所の所長、アルティ・スバントラだ。二人でこの事務所を始めてから、かれこれ五年。気の知れた友人同士、わりとうまくやっている方だと思う。


 「王都の市壁の修繕だって。風竜に襲われたって噂は聞いてたけど、あなたの手を借りるくらいだから相当な被害だったみたいね」


 風竜ジラントが王都を襲ったという話を聞いたのは先月のことだったろうか。

 堅固な市壁と守備隊の活躍もあって、破壊の規模のわりに人的被害は少なかったと聞いている。ただ、市街は王城も含めひどい有様らしく、いまも急ピッチで復興が進められているという話だ。アルティに声が掛かったということは、王都の職人だけでは全く手が足りていないのだろう。


この子が首に提げている『シンドリのハンマー』という古代魔法具アーティファクトは、ものの重量を無視するという規格外の効果を持っている。屋敷の大黒柱に使うような巨木を片手で振り回せるのだから、大工にとっては聖剣にも等しい道具だ。何十人もの人工、何か月もの工期を要するような市壁の修繕でも、アルティの手に掛かれば半日くらいで終わってしまう。最近では『ひとり元請け』なんてあだ名がついているほど。


 「こういう時こそあなたの出番じゃないの? しばらく王都に住んでたんだから思い入れもあるでしょ。国から声が掛かるのは名誉なことだし、報酬だって悪くないわよ」

 「あのさあリシア、あたしたちはね、なにも慈善事業をやってるわけじゃあないんだよ? 報酬のいい仕事がいくらでもある? そんな夢みたいな話があるわけないじゃん!」

 「まあ、それはそうだけど」


 公共事業が際限なく湧き出しているのは景気のいい話だが、わたしたちは今まで災害復旧の仕事を意図的に避けていた。確かに見た目だけなら割のいい仕事には間違いないが、問題は周囲の環境だ。

風竜に襲われたとなれば、王都を守る結界にも綻びが出て、市中に魔物の類が紛れこむこともある。となれば、戦闘が不得手な職人は護衛を多く雇う羽目になり、結局収支はマイナス。公共事業にありがちな落とし穴である。


 我がスバントラ建築事務所のモットーは、『損になる仕事は絶対にしないこと』。


 表面上だけ割のいい公共事業などもってのほか、なのだけれど。今回ばかりはわたしにも少し思うところがある。


 「……アルティ、ちょうどいい機会だからちゃんと話そうと思うんだけど」

 「なに? 真剣な顔して」


 涼しい顔でコーヒーを啜りながら、アルティは手元の書類に羽ペンを走らせている。


 「わたし、そろそろ独立しようかと思うの」


 「あー、あー、独立ねえ……独立っ!? えっ、ちょっと、なんで!? ど、どれが悪かった? こないだ犬小屋づくりに夢中になって現場に遅れたやつ? あ、もしかして施工日がダブルブッキングして一日引きずり回したやつ?」


 どちらにもそこそこ腹を立ててはいるけれど、いまそこは問題じゃない。


 「いや、そもそもこの事務所ってわたしたちが二人でやる必要あると思う?」

 「あ、あるよ! 大工と建具職人が一緒にいるから仕事を請けやすいし。あと、リシアが案件の管理をしてくれないと、依頼の期日もわかんなくなるし。あー、あと仕事場の整頓とかもできないしさ」

 「それ、事務の子をひとり雇えば済む話でしょ」


 仕事の受注や工程管理に関する事務は基本的にわたしの仕事だ。ついでに、仕事に夢中になって食べるのも忘れたアルティのために昼食を作ったり、散らかり放題の仕事場を片付けたりと、業務内容は明らかにビジネスパートナーのそれを越えている。もはや嫁のようなものだ。


 「わたし、あなたの嫁じゃなくて同僚だよね? ここまで面倒見るのって、なんか違わない?」

 「嫁じゃなかったの!? ……あ、すみません調子乗りましたごめんなさい。すねっ、すねはやめてっ、いたいっ」


 とりあえず、机の下からのローキックでアルティを黙らせる。


「それとね、そろそろ自分の工房が持ってみたくなったのよ。建具の仕事は楽しいけど、やっぱりわたし家具職人だから。アルティだって自分の夢があるでしょ?」

「……それは、そう、だけど」


 アルティはたぶん、王都に戻りたいのだと思う。

 事務所のモットーである『損になる仕事は絶対にしないこと』を言い出したのはこの子だが、昔は利益なんて度外視だった。ひとり王都で仕事をしていた頃に、ひと悶着あって考え方を変えたらしいけれど、アルティはそのことをあまり話したがらない。


 「もちろん、すっぱり手を切るわけじゃないけど、このままだとお互いにとってよくないと思うの。だから、スバントラ建築事務所はしばらく閉じよう?」


 うー、と頭を抱えながら唸っていたアルティだが、意を決したように勢いよく立ち上がった。


 「とりあえず、散歩に行こう!」

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