第156話 外伝61.日本の未来

――2020年 東京 某所 宗道むねみち

 日本独自開発で行った軌道エレベーターが先月完成し、地球は新たな時代に突入したと世界各国で日本の偉業へ称賛の声があがる。

 宗近むねちかの孫である宗道むねみちは、尊敬する祖父と異なる道を歩んでいた。彼は子供の頃から宇宙飛行士である宗近むねちかを見て育ち、宇宙に対する憧憬が強かった。

 にも関わらず、彼の選んだ道は宇宙ではなく、官僚の道であった。

 彼は学校教育を通じてこれから世界が抱える問題を把握し、日本が何故宇宙開発・メガロフロート、果ては海底都市にまで莫大な予算をかけてきたのかを理解する。

 日本、アメリカ、イギリスといった超大国の関係性は五十年以上極めて良好で、小国も順調に経済が発展していっていた。数十年前まで南米地域は紛争が絶えなかったが、それも日独米を始めとした各国が協力することで争うこともなくなる。

 世界規模で数十年間、平和共存を謳歌し戦争を体験したことのある世界人口も急速に数を減らしていた。

 

 何もかもが順調、世界はこのまま繁栄を極めていくだろうと誰もが信じている……しかし、宗道むねみちはそう思わなかった。

 彼の目算では2100年頃までは人類はこのまま極めて順調に平和を謳歌するだろうと弾き出した。しかし、2100年を過ぎると問題が顕在化してくると彼は思う。

 それは、稀に紙面を飾る食料問題ではない。食料については、これからますます効率化が進み砂漠でさえ小麦が生育するようになるかもしれない。

 問題になるのは……人口だ。

 鉱物資源を始めとした資源も問題になるかもしれない。しかし、資源は月からでも採掘できる技術が整ってくるだろう。軌道エレベーターも資源の供給に大きく寄与してくれることになると彼は計算している。

 

 話を戻すと、地球に住めるだけの人口には限界があり、いずれ人類は新たなフロンティアへ旅立つ日が出てくる。それが宇宙なのだと宗道は確信している。

 地球内に限定すれば地下や海底、海上など住む場所はまだまだある。しかし、それだけではいずれ限界が来るだろう。

 

 このことを理解した宗道は同時に戦慄する。過去の日本の政治家たちに。

 日本は世界に先駆けて宇宙開発に乗り出した。更には軌道エレベーターという人類史上最大の建築物まで長期計画を立て、ついには完成させる。

 迷いなく、潤沢な資金を五十年以上に及び出し続けるのは、相当「勇気」がいる行為だと誰もが思う。冷静に考えれば、「勇気」だけではないとすぐに分かるのだと宗道は思う。

 何故なら、過去から今、そして未来に駆けて、「日本は繁栄し世界は平和である」との絶対的な自信が無ければ資金を出し続けることなんてできないのだ。

 その条件が満たされない場合、宇宙開発にかけた資金は無駄になる。特に軌道エレベーターはテロに極めて弱く、運用するためには「世界中が平和」でなければならない。

 ある意味、軌道エレベーターが運用されていることこそ世界が平和である証であると言えよう。

 

 そんな過去の政治に感銘を受けた宗道は官僚になった。政治家と迷いはしたが、自分は政治家になるより組織を支えることの方が向いていると彼は考えたのだった。

 

 話を宗道の今に戻す。

 宗道は大臣と共に、世界宇宙開発会議に出席すべく東京某所の会議場へ向かっていた。

 彼は自動で操縦される自動車の後部座席で隣に座る大臣と談笑している。

 

「大臣、日本の宇宙戦略をどこまで語る予定なのですか?」

 

 宗道は手元のタブレットを操作し、大臣へ日本の開発予定項目の一覧を見せる。


「宗道君、私は全て話そうと思っているのだよ」

「ほ、本気ですか? 大臣」


 まさか日本の開発予定項目を洗いざらい他国へ発表するなどとは思いもよらず、宗道は目を見開く。

 

「これは、総理も了承済みだ」

「そ、そうなのですか……」


 そんな重要なことなら、事前に知らせておいてほしかったと頭を押さえる宗道へ大臣は笑いかけた。

 

「考えてみたまえよ、宗道君、そもそも宇宙開発とは何なのか」


 哲学的な質問を不意にされた宗道は頭を巡らせる。

 そして、常日頃考えていた持論を大臣へ語ることにした。

 

「大臣、宇宙開発とは『平和の象徴であり、人類の未来を担うフロンティア』だと私は考えています」

「ほう。私も君とほぼ同じ意見だよ」


 大臣と意見が同じであったことから、ホッと胸を撫でおろす宗近。

 そこで彼はハッと大臣と総理の意図に気が付くことができた。

 

「その顔は気が付いたようだね。だからこそだよ。宗道君」

「なるほど、そういうことですか」


 宇宙開発は自国の先進性を維持し先行する優位を決して忘れてはならないが、「我々はこういったことに挑戦する」という内容は隠すべきではない。

 一番近いイメージはオリンピックか……宗道は自分の想像できる経済活動に当てはめて考えてみる。

 宇宙開発は世界規模で切磋琢磨していくべき事項で、スポーツマンシップにのっとり「あの国に負けるな!」という気持ちで挑んで行くのが望ましい。

 その方が、宇宙開発技術の進歩が速いだろうから。

 

「そうそう、宗道君、先ほど連絡が入ったのだが、その一番下の項目……」

「はい」

「実施が決定したよ。会議の場で志願者を募ることまで発表する」

「な、なんと! 安全管理の問題は解決したのですか?」

「いや、誰も行ったことのない事業に完全な安全管理は不可能だよ。だからこそ、『募る』わけだ。もっとも、出来る限りの対応対策は行う」


 一番下の項目……それは、「人類を火星に送り込む」ことだった。

 人類が火星に居住する日もそう遠くない。宗道はそう確信する。

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