第143話 外伝48.1968年 二つの南ア問題その2

――1968年 イギリス ロンドン 外務大臣 田中

 父の地盤を引き継ぎ父と同じ外務大臣となった田中は、ロンドンで開催された南ア対策会議へ出席していた。同じ元イギリスの植民地といえ、ここまで違いが出て来るとは……田中はジンバブエの現状を顧みて、南部アフリカに関わり主に教育機関で協力したが、日本の助力も相当な貢献をしたのだと認識できた。

 南部アフリカは何もしなければジンバブエのようになっていたのだから。

 

 イギリスの植民地は既にほとんどすべてが独立しているが、「白人国家」としてイギリス植民地の中でも特殊な位置づけにあった五か国……オーストラリア、ニュージーランド、カナダ、南アフリカ共和国、旧ローデシア、これらの国は早々に現地政府へ自治権が与えられ独自に政権運営を行っていた。

 その後一度イギリス連邦から脱退するが、南アフリカ共和国を除いた四か国は再びイギリス連邦に参加している。

 これら「白人国家」五か国は程度の差こそあるが、人種差別政策を実施していた。しかし、オーストリア連邦成立をきっかけとして世界的に人種差別政策が批判されるようになり、イギリスも人種差別政策に懸念を表明した。

 イギリスの見解へ反発し「白人国家」五か国は、イギリス連邦から脱退し独自路線を歩むことになった。しかし、一年もしないうちにニュージーランドとカナダは、人種差別政策を撤廃しイギリス連邦に加盟する。

 

 ニュージーランドとカナダは人種差別政策を撤廃することによって経済的な影響を受けることがほとんどなく、むしろイギリス連邦に加盟しておくほうが自国にとって有益だと判断する。事実、この二か国の読みは彼らの読み通りになり、安定通貨ポンドとポンド経済圏を大いに活用しGDPが伸びて行った。

 残り三か国は長らく人種差別政策を実施してきたが、これらの諸国と取引する国は急速に減っていった。この結果、オーストラリアが音をあげ人種差別政策を撤廃し、先進国との貿易を再開した。

 残された旧ローデシアは革命で国体が変わり、南アフリカ共和国は新ソ連の成立の結果、海外取引が立ち行かなくなり人種差別政策を撤廃することとなった。

 

 ニュージーランドとカナダはともかく、人種差別政策を取り続けて後に撤廃したオーストラリアも他国の影響を受けずに自国のみで、それなりに安定した国家運営を行ってきた。それもあって日本もそうだが、イギリスも「南アフリカ共和国とローデシアもいずれ人種差別政策は撤廃され、他の三か国のようになるだろう」と油断している節があった。

 

 しかし……田中は思いなおす。

 そもそも、独立国相手に政治や教育を「指導」することは内政干渉になり、すべきことではないのか……ならばいずれにしろ事がここに来るまでやれることは無かったか、と。

 

 初日の会議が終わり、イギリスの外務大臣から食事に誘われていた田中は指定された高級レストランの一室へと足を運ぶ。


「田中さん、ようこそいらっしゃいました」


 イギリスの外務大臣に迎え入れられ、田中は機密の整ったレストランの一室へ彼と一緒に入室する。

 

「こちらこそ、お誘いいただきありがとうございます」


「公の場ではなかなか話し合うことのできない件もありますし」


 イギリスの外務大臣は椅子に腰かけ、肩を竦める。

 

「日本としては、教育事業や土木事業でお手伝いすることはやぶさかではありません」


「日本のご協力にはいつも感謝しています。イギリスとして正直な意見を申し上げますと、どちらの国にも協力したくないというのが本音です」


「それは日本だけではなく、フランスとポルトガルも同意でしょう。数年は放置でも構わないと思うのですが、内戦が発生し南部アフリカが脅かされるような事態にはしたくありませんね」


「そこなんですよ。できれば早いうちに対処を行いたいはやまやまなんですが、両国の要求が余りに突拍子もないため、対話が成り立つのかどうか」


「日本がご協力できるとすれば、南アフリカ共和国へ政府開発援助資金を貸し出すか、警備のために人員を派遣するくらいでしょうか。ジンバブエへの投資は、現状日本の世論が許さないと予想してます」


「イギリス世論も同様にジンバブエの要求は一切無視するということを支持しています。ジンバブエから来た難民へは、南部アフリカかジンバブエかどちらかの国籍を選択してもらうよう南部アフリカ政府に要求しようと思ってます」


 やはり、その路線しかないか。と田中もイギリスの外務大臣の意見に同意する。

 つまり、ジンバブエから来た難民へ「ジンバブエに戻る」か「南部アフリカに残る」かを選択してもらい、残る場合には国籍を変える事でジンバブエとの関係性を法的に切ってしまうということだ。

 それでも、ジンバブエは難癖をつけてくるだろうが、そこは対話を行わず無視をするということだろう。

 

「なるほど、その路線を日本も支持します。南アフリカとは経済協力を行う提案をし、南部アフリカへの合流は無しでよろしいですか?」


「はい。どこまで経済協力を行うのかは詰める必要がありますが、支援するとしたら南部アフリカではなくイギリス本国となりますので、南部アフリカとイギリスで直接協議を行おうと思ってます」


 その辺りが落としどころだろうなと田中も思う。南アフリカ共和国を南部アフリカに組み入れることは論外だと田中は考えている。

 南部アフリカを今の状態まで持っていくのに二十年かかり、そこへ何ら教育もインフラも整っていない南アフリカ共和国を組み入れれば、これまで南部アフリカで行ってきた施策が水の泡になってしまう。


「了解しました。その方針であれば異論はありません」


「田中さんと食事会をできたことに感謝いたします」


「いえいえ、こちらこそ」


 田中とイギリスの外務大臣は立ち上がると、お互いにかたい握手を交わす。

 

「では、食べましょうか」


 イギリスの外務大臣が指を鳴らすと、イギリス風料理ではなく、フランス料理が次々に運ばれて来たのだった。

 それに対し、空気を読める男……田中は何故フランス料理なのかとは突っ込まず、並べられた食事に手を付ける。

 

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