第141話 外伝46.1980年頃 ロシア公国 ウラジオストック

――1980年頃 ロシア公国 とある少年

 ロシア公国にあるウラジオストックの学校に通うとある少年は、自身の選択科目についてどうすべきか自室の勉強机の前でウンウン唸っていた。

 ロシア公国の学校は六・六年制の教育課程になっており、初等学校が六年間、中等学校が六年間通うことになっている。中等学校になれば、基礎学習教科と選択科目を学習するのだが、彼は選択科目を何にするか悩んでいる。

 選択科目は大工、工学、電気などの技術科目や料理、裁縫、美術、音楽などの教養科目、そして日本語やドイツ語などの言語科目がある。数ある科目の中から四つまで絞り込む必要があるため、少年は悩んでいるというわけだ。

 友人は技術科目を中心に取るといっているし、憧れのナターシャは料理や音楽を取りたいなと言っていたのが聞こえて来たし……しかし、悩む少年にも一つだけ決めている教科があった。

 

 それは、日本語である。

 

 少年の住むロシア公国のウラジオストックは日本の樺太と近いこともあり、日本語を選んだ生徒は日本の樺太の中学校か高校へ研修旅行に行くことができる。日本の樺太からもロシア語を学ぶ学生が同じようにウラジオストックの中等学校を訪ねて来るのだ。

 年に一度のこの研修旅行制度は生徒たちに大人気で、研修制度のために日本語を選ぶ生徒は多数いる。少年の友人もナターシャも日本語を取ると言っていたことを少年は再び思い出す。

 

 ロシア公国は成立以来日本と密接な関係を続けており、ロシア公国から電車で日本の樺太に行くこともできるし、飛行機便も船便も多数日本に向けて運行している。

 ロシア公国では自国語に加え、英語を学ぶが第二外国語の教育にも力を入れていて、第二外国語を学ぶ生徒の多くは日本語を選択している。ロシア公国は日本の北海道と特に密接な関係で、水産や運輸系の合弁会社が多数存在するほどだ。

 これらの企業の多くは日本の札幌とロシアのウラジオストックに本社機能を持ち、巨大な海産資源を背景に業績を伸ばしていっている。

 

 札幌と樺太にはロシア語の語学学校が多数あり、ことこの地域に限っては海外留学する学生もロシア公国に行く者が一番割合が多い。

 そんな事情もあって、ウラジオストックの交通機関の看板にはロシア語に加え日本語と英語の表記があり、飲食店などでは英語を差し置いて日本語のメニューが置いてあったりするほど日本人の観光客やビジネスマンが多い。

 ウラジオストックでは日本語が話せる人もそれなりにいるので、日本語で道を尋ねれば、日本語が分かる親切なロシア公国人がわざわざ話かけて来て、道を教えてくれたりする光景が日常的であった。

 

 同じく、日本の札幌や豊原ではロシア語表記の看板が多くあり、日本語、英語、ロシア語が公共交通機関の案内書には併記されている。

 ロシア語を理解する日本人も多いので、ロシア語を理解できれば旅行するに支障がないくらいにロシア語が通じる。

 

 ロシア公国が日本の影響を一番受けていることは何かとロシア公国人に尋ねたら、半分くらいの人は食生活と回答するだろう。

 ロシア公国は元々この地に住んでいた者は人口の二割以下で、多くはロシア革命時にモスクワなどの東欧地域から移動してきた人で占められる。ロシア公国では海産資源が豊富で、元からこの地に住んでいた者は海産物を良く食べたのだが、東欧からやってきたロシア公国人はサーモンなど一部の海産物しか食べなかった。

 それが日本と交流するようになり、日本からロシア公国へ料理店を出店する者が多く出て来ると次第に日本食が普及し始める。

 

 ロシア公国では寿司や焼き魚、魚のフライ、貝類は一般的になってきて、ロシア公国人が運営する日本の洋食や和食のレストランも増えてきた。

 

 少年が悩んでいるうちに夕食の時間となったらしく、母親からご飯ができたと呼ばれ食卓へ向かう。

 今日の料理は日本風で、焼き魚、ワカメと豆腐の味噌汁、白米、肉じゃがだった。

 

「うああ。ワカメかあ……」


 少年は味噌汁の具を見て眉間に皺を寄せる。

 少年はワカメが苦手で、昔からワカメが食卓にのぼるたびに我慢して食べている。

 

「好き嫌いせずに食べなさい。ワカメを食べられるなんて日本とロシア公国くらいよ」


 少年の母親は自慢げにワカメがヘルシーで素晴らしいことを語るが、少年にとっては栄養価ではなく味が問題なのだ……

 母は少年の様子を気にもせず、缶に入った焼きのりを取り出して醤油をつけてご飯に乗せている。

 

「ワカメの食感が苦手なんだよなあ……」


「モズクは平気なのに不思議な子ねほんと……ところで、選択科目は決めたの?」


 母親の問いに少年は頭を抱える。

 

「うーん、まだなんだよな」


「どうせ、ナターシャちゃんとアレクセイくんに決めてもらうんでしょ」


「……」


 たぶんそうなるだろうなと思っていた少年はドキリとし、顔を真っ赤にする。

 

「好きな事が見つかるといいんだけどねえ」


 母はぼやくように呟くが、少年は最近興味があるものがあったのだ。きっと将来的にそれは爆発的に普及するものだ。

 

「母さん、コンピューターって知ってる?」


「ああ、電卓みたいなものかしら?」


「……ま、まあ、近いかな。僕は将来コンピューターを扱う会社に行きたいと思ってるんだよ」


「へえ。よくわからないけど興味があるってのはいい事よ。しっかり勉強しなさいね」


「はあい」


 少年はワカメを口に含むと、水で一気に流し込んで飲み込む。

 やはりワカメは苦手だ……少年は改めてそう思うのだった。

 

 翌日少年は友人と憧れのナターシャに相談すると、彼らが少年の好みの教科を選んでくれたので、あっさりと教科が決まったのだった……もちろん、彼は日本語も選んでいる……

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