第136話 外伝41.1966年頃カリブ海

――1966年頃 カリブ海 キューバ島 牛男

 カリブ海に浮かぶ熱帯雨林の島であるキューバと日本は地理的にも政治的にも疎遠な国であった。キューバの歴史を紐解くと、スペインのコンキスタドールによるキューバ島の征服により現地住民に対する収奪が始まる。

 長らくスペインの植民地であり、砂糖のプランテーションが発展する。十九世紀半ばには世界最大の砂糖の生産地となるまで生産量が伸び、これに加えて葉巻の輸出も増えた。

 富が集まり始めたキューバに対し宗主国であるスペインの抑圧が強まり、ついにスペインからの独立を目指し独立戦争が勃発。この闘争は十年にも及び、最終的にスペインがキューバの自治を認め終結する。

 しかし、キューバは完全独立を目指しスペインとの戦争を再熱させ、順調にスペイン軍の支配地域からキューバ島を開放していく。このまま後数年闘争を続ければ、キューバ島の全開放、完全独立も可能と思われた矢先に事件は起こる。

 

 アメリカのある戦艦がキューバの最大都市ハバナで撃沈されてしまう。誰がアメリカ戦艦を爆発炎上させたのか今を持って謎ではあったが、これに対しアメリカ世論はキューバ独立戦争への介入を決定する。

 アメリカ軍がキューバへ入ると、キューバ独立派はなすすべもなく敗れ、同時期に起こっていたアメリカ・スペイン戦争(米西戦争)に勝利したアメリカはキューバを軍政下に置く。

 

 こうして二十世紀初頭にキューバの支配者はスペインからアメリカに変わる。対外的には1902年、キューバはスペインからの完全独立を果たし「キューバ共和国」として独立する。しかし前述の通りアメリカに支配者が変わっただけであった。

 キューバ共和国になり名目上の独立を果たして以来、アメリカ資本がキューバにどんどん流入し、基幹産業をアメリカ資本に抑えられることになった。

 「独立」の結果誕生したキューバ政府は不安定な島内事情に拍車をかけるように混乱し、政治は安定せず、国民の不満は何度となく爆発し反乱やクーデターが幾度も起きた。そのたびにアメリカ軍が鎮圧を行うのだった。

 

 1930年代に入り政治は一定の安定を見せ始め、1940年代にようやく新憲法が公布されキューバは順調に発展していくものと国際社会は期待した。しかし、1950年代に入るとクーデーターが発生し独裁政権が築かれる。

 この独裁政権は寡頭支配が明確になり、国民は抑圧されてていく。富の構造が独裁者、アメリカ政府、アメリカ企業、アメリカマフィアだけに流れる構図となっており長く続くアメリカの経済支配がここで頂点に達する。

 

 アメリカの支配を断ち切り、真の独立を目指そうという動きが芽生え1956年に独裁政権に対する反抗作戦を実施、そして1958年に独裁者を追い出しキューバで革命が起こる。

 革命新政府はこれまでの支配者層を徹底して追い出し、アメリカ企業も排斥する。これに反発したアメリカとの関係性が最悪になり、アメリカはキューバに対する経済制裁を実施。

 革命新政府はアメリカの経済制裁をむしろ歓迎し、アメリカに対する輸出入を完全に断ち切ることを決定すると、ソ連の政治形態を参考にした法整備に着手する。


 革命政府が成立して八年が過ぎた現在……アメリカとの関係は依然として冷え込んでいるものの、対話の動きも出始めていていずれ多少の関係改善は起こるだろうというのが大方の見解である。

 他の国家とキューバの関係性はどうなっているのかというと、ソ連の政治形態を参考にしただけにソ連の顧問団をキューバに招いていることから、ソ連との関係は良好であった。

 キューバ島の南にあるギアナに植民地を持つ英仏とは経済的な結びつきを強め始めている。独墺との関係は疎遠であるが、敵対関係ではない。

 

 日本はどうか? 日本とキューバはこれまで政治的に全く関わりが無かった。日本とキューバの国交自体は欧州大戦後から開かれていたが、日本が多少の砂糖を輸入する程度であった。

 しかし、革命政府の議長が大の日本好きであることから日本へコンタクトが取られた。

 議長は日本の野球に興味があり、1965年に来日し野球観戦を行った後、京都、東京を巡り日本庭園の美しさに魅了された。議長は自宅に日本庭園を造営すると公言しており、いずれ完成することだろうと噂されている。

 

 議長の来日をきっかけに、年一回「日本対キューバ」野球が日本で開催されることになり、ようやく民間レベルでの交流が始まる。

 日本のあらゆる民間業者は新しく交流が始まったキューバを歓迎し、実際にキューバへ足を運ぶ者も出て来た。それは生物学者達も例外ではなく、「熱帯雨林」かつ「島嶼」であることで「固有種」がさぞたくさんいるだろうと彼らは色めき立つ。

 

 動物好きで日本だけではなく、世界でも有名になっていた牛男へとある生物学者が声をかけ、牛男は遠くキューバまで足を運んでいた。

 とある生物学者からの依頼は「キューバソレノドン」の調査だった。

 

 話を受けた牛男はハインリヒに声をかけると、彼は牛男の誘いに喜んで自身もキューバに行くと彼に告げた。もちろん通訳はハインリヒが手配すると申し出てくれる。

 牛男はキューバの首都バハナに降り立ったものの、「キューバソレノドン」がどんな生き物なのか実のところ把握していなかった。現地に先に入っていた日本人の生物学者からキューバソレノドンの写真と判明している生態について説明を受ける。

 

 どうやらキューバソレノドンはここ十年間ほどその姿が確認されていないようで、絶滅が危惧されているそうだ。日本の調査チームの目的はキューバソレノドンの発見と捕獲という。


「ええと、ネズミみたいに見えますね」


 牛男は調査チームの一人に質問を投げかけると、問われた男は牛男に会えた喜びからか大きな声で応じる。

 

「ええ、見た目はねずみのように見えますが、キューバソレノドンの体長は三十センチほどあります。唾液に毒が含まれる珍しい生物なんですよ」


「大雑把にですが先ほど、キューバソレノドンについて聞きましたけど、変わってますよね」


 牛男は写真を手に取り、写真にうつるネズミのような形をした、モグラそっくりの顔のキューバソレノドンに眉をしかめる。

 

「モグラのような顔をしてますけど、鋭い爪で木に登るんですよ。頑張って見つけたいですね」


 調査チームの男は牛男の見る写真を覗き込み、キューバソレノドンの顔を指さす。


「哺乳類で唾液に毒を持ち、モグラのような顔で木に登る。いやあ。見るのが楽しみですよ」


 もう発見した気持ちになっている牛男はキューバソレノドンの動いている姿を想像し顔をほころばせるのだった。

 

 この後、ハインリヒが到着し二週間ほど経つころ……キューバソレノドンは発見されたという。

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