第66話 ドイツ・ポーランド戦争 過去

――日本海洋上 藍人 過去

 藍人は朝鮮半島から帰る船に乗船していた。朝鮮半島から直接日本までの定期便は無く、民間人が朝鮮半島へ行くならば一旦香港にまで飛行機か船便で移動してから、船で朝鮮半島行の便に乗船する必要がある。

 非常に回りくどいが、朝鮮半島と取引があるのは現在イギリスだけなのだ。済州島と鬱陵島うつりょうとうは日本の領域ではあるが、一般人の立ち入りは禁止されており、軍事拠点として余り機能していないと聞く。

 

 藍人はこれまで近くて遠い国である朝鮮へ行く機会が無かったが、イギリスの石炭を扱う会社が特別に石炭運搬の様子を見せてくれるというので、彼は朝鮮半島へ向かうことになる。イギリス以外の民間人は香港から朝鮮行の船便へ乗船しようとすると、香港政府の許可が必要だと藍人は香港に行って初めて知る。

 とはいえ取引先の会社が全て手配してくれるから、藍人がすることは何も無かったんだが……

 

 帰りの船の中で藍人は朝鮮半島での出来事を思い出していた。彼は朝鮮半島の港まで行ったに過ぎず、港町の中でさえ観光したわけではない。それでも藍人にとって朝鮮半島は衝撃的だった。

 港に降り立ち驚いたのは、物資集積所である倉庫以外に背の高い建物が一切ないことだ。遠目で見る限り、平屋の建物が少し目に入ったがそれ以外に目に入る建物はない。

 鉄道が港まで引かれており、取引先の会社の人の説明によると鉱山から貨物列車に鉱石を乗せて、ここまで運んでくるそうだ。線路はそれ以外に施設されておらず、鉱山以外の域内の様子は取引先の人でも知らないらしい。

 

 港だけがコンクリートでつくられ、イギリスが建築したであろう倉庫と鉄道……それ以外に目立つ建物がないという異様な光景に藍人は身震いした。

 イギリスは朝鮮半島へインフラ資金の投下を行ったが、鉱山と港湾施設に留まったようだ……それがこのいびつな風景の原因だろう……藍人はこの時、植民地支配の闇を見た気がして戦慄したのだった。

 

 そんな体験があった後だから藍人の気持ちは帰路の船上でも余り優れたものと言えなかった。取引先の人とは先ほど別れ、彼は船内に与えられた客室でコーヒーを飲んでいる。

 

 香港は中華民国で国民党と民国党の争いが起こった後とは思えないくらい落ち着いた雰囲気で、近代的なビルがそこかしこに建っている都市だったというのに……藍人はコーヒーに口をつけ、ソファーに深く腰掛ける。

 休憩時間はまだ数時間残されているので、藍人は日本から持ってきた新聞を開き読み始めた。

 

 新聞には欧州情勢の記事が紙面を大きく取っていて、中国大陸の記事はごく少数だ。それもそうだろうと藍人は思う。中華民国内で内戦が起こり、共産党の人民解放軍が結果的に裏切られた形で中華ソビエト共和国へ戻り、原因を起こした国民党は姿を消した。

 この内戦では壊滅した国民党はともかく、国民党に協力し中華民国で民国党と対決した共産党に何ら得るものがなく、最終的には民国党に共産党は中華民国から追い出されてしまった。

 これをこのまま共産党が放置しておくはずがないと藍人は思っていたが、不思議と静寂を保っている。だからこそ、新聞記事でも紙面をごくわずかしか割いていないのだ。

 

 藍人だけでなく、共産党はすぐにでも攻めたいと考えているだろうと思う人が殆どだ。というのは民国党は組織されて日が浅く、軍組織も未だ不十分な状態で時間を与えれば与える程力をつける可能性が高い。

 その前に攻め込み中華民国を占領までは行かずとも、先の内戦では得ることが出来なかった取り分を少しでも回収したい腹つもりだろう。

 では何故、共産党は動かないのか。これにはソ連の意向があるんじゃないのか? と藍人は考える。ソ連は東プロイセンを占領しドイツの様子を伺っている最中だ。欧州では他にもルーマニアやブルガリアでの紛争もある。

 欧州と中国大陸の情勢を見てソ連が「いつ攻め込むのか」のタイミングを計っているんじゃないのかと思ったわけだ。

 

 藍人が新聞を読みながら考えにふけっていると、いつの間にか船が香港近海まで移動しているようだった。

 


――磯銀新聞

 どうも! 日本、いや世界で一番軽いノリの磯銀新聞だぜ! 今回もエッセイストの叶健太郎が執筆するぜ! やばいぜ。こたつから出れねえ。快適過ぎるのもダメだな。動けなくなる。

 こたつでミカンを食べてるとこれがまた格別なんだぜ。ん? 運動不足になるんじゃないのかって? 大丈夫だ。もうすぐ暖かくなるからな。

 

 ポーランドはドイツの指定する西プロイセンからの退去期限が過ぎても動こうとしなかった。それどころか戦争に備え陣地まで準備する始末だ。ドイツはついに西プロイセンへ陸軍を進駐させる。これを見たポーランドはドイツへ宣戦布告を行いドイツ軍へ攻撃を開始する。

 攻撃を受けてドイツもポーランドへ宣戦布告。こうしてポーランドとドイツの戦争が始まる。

 

 ポーランドの名目は自国領土の防衛であったが、ドイツ領西プロイセンはドイツ領なわけで、すでに主張は無茶苦茶だよ。ポーランドの主張によるとドイツ領西プロイセン南部は自国領土なんだろうな。

 ポーランドが主張する領土を承認していた国はこれまで無かったが、ドイツとポーランドの戦争が開始されるとソ連がポーランドの領土主張を支持する。ソ連が何を思ってポーランドの領土主張を支持したのか分からないが、足並みのそろわない列強に対する動揺を誘うためという説が有力だぞ。

 戦争がはじまって三日が経過すると、フランスが突如ポーランドフランス相互援助条約に基づき対独戦を始めるとドイツに宣戦布告を通告。

 懐かしい名前が出て来たが、ポーランドフランス相互援助条約は欧州大戦後に結ばれた条約で、ポーランド又はフランスがドイツに侵攻された場合にはお互いに援助しあうという内容だ。

 フランスはドイツが「ポーランド領へ侵攻した」とみなし、ドイツへ宣戦布告を通知したわけだ。確かにドイツはポーランド軍が控える「ドイツ領」に進駐したが、この対応は意外だった。

 

 ラインラントにフランスと同じで進駐していたベルギーもドイツへ宣戦布告を行い、翌日ドイツ領域を侵食しはじめる。誤解を生む表現だったから、補足しておくけどラインラントはドイツ領だからな。

 

 さて整理しようか。ドイツに対しポーランド、フランス、ベルギー、ソ連が宣戦布告を行っている。ソ連は東プロイセンを占領しているがドイツ軍と衝突はまだしていない。他は実際に戦争が行われている。

 思わぬ二正面作戦を強いられることになったドイツは再軍備したばかりと整っていないなか苦しい戦いが予想されたが、オーストリア連邦がポーランドへ宣戦布告を行う。

 参戦義務のない三か国防衛協定ではあったが、ドイツが倒れた後ソ連とポーランドは確実にオーストリア連邦のガリツィア州とトランシルバニア州を狙ってくることが明らかだとオーストリア連邦は主張し、ポーランドへ宣戦布告を行ったというわけだ。

 

 オーストリア連邦の宣戦布告を受けてポーランドはオーストリア連邦へ宣戦布告。フランスとベルギーもオーストリア連邦へ宣戦布告を行った。

 イギリスとアメリカは日本とフランスへ配慮し中立宣言を行い、ドイツとフランスどちらにも支援を行わないと述べる。英米の中立宣言の翌日、日本はポーランド、フランス、ベルギーへ宣戦布告を行う。

 

 ソ連が今後どう絡んで来るのかによって戦線は大きく変わって来るだろうが、ソ連はポーランドと不可侵条約を結んでいるのでポーランド領内へ侵攻する可能性は低いと思う。いやでも、ソ連のことだ、ポーランドの情勢次第でポーランドへ侵攻する可能性もあるな。

 一番有力なのは、静観だと俺は見ている。ソ連は虎視眈々と漁夫の利を狙っていると俺は思うね。

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