第42話 東京万博 過去

――東京 藍人 過去

 中華民国情勢がきな臭くなってきたが、東京は平和そのものだった。東京では、これまで各国で開催されてきた万国博覧会を参考にした「東京万国博覧会」通称「東京万博1931」が開催され、世界各国から来場者が訪れていた。


 藍人は産まれたばかりの息子が気になって仕方がなかったものの、東京万博の見学に来ている。彼が最も惹かれたのはブラウン管テレビで、箱の中に映る映像に目が釘付けになった。いずれは一般家庭にも普及するかもしれないと思うと心が躍る。

 テレビがあれば、様々な情報をリアルタイムで知ることができるし、映画だって見ることができる。藍人は未来に思いを馳せ、子供と一緒に見るテレビを想像し口が閉まらなくなってしまう。

 万博会場から出た藍人は、普段より多い警官に眉を顰める。そういえば憲兵は軍事基地内だけの配置になったんだっけか……たしか、四軍に別れる法案が出来た時にそうなったはず。

 

 警察官が警戒する中、藍人は売店で新聞を購入し、地下鉄へと向かう。地下鉄はいくつか支線が存在するが全て軌道は統一されていて、地上の電車も同じ軌道になっている。

 だから、乗り入れが盛んで上手く遠いところまで乗り入れている電車に乗ると、乗り換えなしで郊外に出ることだってできるのだ。

 

 地下鉄に乗車すると、藍人はあることを思い出していた。そうだ。万博開催中に各国は東京で首脳会談を行うと新聞に書いていたな……だから、これだけ警官が居たんだなあ。外国要人に何かあったら国際問題になってしまうし、警察も必死なんだろう。

 災害救助の際には軍人も出て来るが、平時の治安維持は全て警察に任されているから、彼らはあれだけ殺気立って警備にあたっていたんだろうと藍人は考える。

 万博で妻と息子の為に買ったお土産を膝に置き、新聞を広げる藍人。彼の持つ鞄にはレモン味の炭酸水が入った瓶も入っている。どうも東京ではこの飲料水が流行し始めているらしく、珍しさもあり妻と飲もうと藍人はこの飲料水を購入したというわけだ。

 

 藍人は新聞を開き目を通すと、新聞には世界情勢や国内で起こった事件が記載されている。大きく紙面を使っているのは中華民国情勢で、次に多いのはヨーロッパの事。

 フランスでは、社会党が分裂し、共産党が成立したそうだ。ソ連とどこまで関わりがあるのか分からないけど、共産党政権がフランスで成立するとなると隣国との関係はどうなるんだろう?

 例え共産党政権になったとしても、周辺諸国と軋轢なく平和的でいてくれるなら藍人は特に思うところはない。問題は革命や階級闘争だと声高に叫び、隣国に襲い掛かることと国内で内乱を起こすことで、何も共産党だけがそんな凶暴な動きをするわけではないと藍人は思う。

 

 ポルトガルでは独裁政権が成立したのかあ。スペインは国内があれている。内戦が起きるかもしれないと新聞に書いている。

 ざっくりと欧州関連記事に目を通すと、次に藍人はビジネス欄を読み進めていく。

 

 ポーランドと北欧三か国は円ペッグを採用し、日本と経済協定を締結したそうだ。円ペッグ採用国がどんどん増えていくなあ。そのうち会社からポーランド出張を受けるかもしれない……あまり日本から離れたくないんだけどなあ。

 だって響也がさ。藍人は産まれたばかりの息子――響也の顔を想像するとまただらしなく口が開きっぱなしになる。

 息子に会えない期間が長くなる海外出張はなるべく避けたいというのが藍人の正直な思いで、ポーランドや北欧までとなると航空便を使ったとしても相当時間がかかる。直接ポーランドまで航空機で行くこともできないから、何度も乗り継ぎを行ってオーストリアのウィーンまで到着したら、残りは列車の旅になる。

 一体どれだけ時間がかかるんだ! 藍人は行きもしないのに頭を抱える。

 

 一人百面相をしている間にも電車の乗り換え駅まで着いたので、藍人は別の電車に乗り換える。

 

 自宅に到着した藍人はさっそく息子の響也を抱きかかえ、妻の蜜柑へお土産を手渡す。


「藍人さん。お土産なんていいのに……」


 妻の言葉に藍人は顔がニヤケたまま彼女に応じる。


「いつも家事に育児ありがとう。お土産はほんの些細なものだから……俺だけ万博に行ってごめんね」


 藍人の言葉に妻は嬉しくなってしまい。思わず彼を後ろから抱きしめる。どうやら彼らの仲は悪く無いようだ。

 藍人の土産は、バウムクーヘンという最近東京でも発売され始めたドイツのお菓子とレモン味の炭酸水に黒猫を模した主人公が出て来る漫画だった。


「藍人さん。まだ響也は本を読めないわよ……」


「いやあ。つい。俺達でも楽しめそうだよ。この漫画」


 二足歩行する黒猫が描かれた漫画を手に取る妻に藍人は苦笑いし、妻に言い訳をはじめる……

 

 

――磯銀新聞

 日本、いや世界で一番軽いノリの磯銀新聞っす! こんにちは。磯銀新聞記者の池田壱いけだいちです。みなさんお久しぶりです。今回は叶先輩に代わり僕が執筆いたしますよ。

 叶先輩はチックっていう男性化粧品にハマっているみたいですよ。髪の毛を固めて「カッコいいだろ?」とか聞いてきますけど、正直微妙っす! おしゃれしても似合わないからやめて欲しいっす!

 そういえば、叶先輩はレモン味のソーダ飲料がお気に入りでしたけど、僕はアメリカから来た黒い炭酸水が大好きです。みなさん飲んだ事ありますか? 癖になる味ですよ! 一度試してみてください。

 

 日本経済は外国の不況などなんのその、好景気が続いてますが、政府は予定を繰り上げて赤字国債の償還を始めると発表しました。また公共投資の額を「列島改造論」前に戻し、公定歩合も引き上げるそうです。

 公共投資は工事中と着工予定のものは予定通り予算を出すと言ってますので、今少し「列島改造論」の需要は続くものと思います。最も終わったからといって公共投資が無くなるわけじゃないですけどね。

 

 日本政府が何で大規模投資や赤字国債の発行を止めて、舵を切ったのかというと、予想以上の好景気の為です。金本位制に復帰しないと宣言したにも関わらず、国際円相場は高値傾向にあり、世界の投資家は日本の金融市場に殺到しました。

 日本の友好国であるドイツやオーストリア連邦の株価も高値更新されているみたいですけど、日本の株価上昇はそれ以上です。

 不況にあえぐ英仏米と違い、好況を維持している日本やドイツに投資家の資金が流れるのはまあ、当然といえば当然です。その為、予想を超えた景気過熱となってしまった日本経済。

 好況であることは歓迎なんですけど、加熱し過ぎるとまた問題みたいで、政府は赤字国債を買い戻し外国――特にアメリカとイギリスの外債を購入することで対応しようとしました。さらに流れ過ぎる紙幣流通を抑える為、公定歩合の引き上げも行いました。

 それでも、まだまだ資金は流れてきているようですが……そのうち落ち着いてくると思いますけどね!

 

 日本は先日から協議していた経済協定をポーランドと北欧諸国との間で締結しました。これらの国は円ペッグを採用し、暴落する自国通貨に歯止めをかけ経済の回復を行いたい考えのようです。

 日本政府はこれらの国へ投資を約束しました。これで彼らの経済が上向きになればいいんですけどね!

 列強諸国はイギリスが金本位制を離脱したのが先日の事ですけど、列強各国も金本位制の停止を発表しています。一番最後になるフランスの金本位制からの離脱も今年いっぱいで終わりなんですよ。

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