第9話 パリ講和会議とドイツの検討 現在
史実の国際連盟はアメリカ大統領が中心になり、どのような組織にしていくか検討されていったが、大統領は理想主義者だけに国際連盟以外でも融通が利かなくていろいろ禍根を残したと健二は思う。
話を国際連盟に戻すと、アメリカはともかく英仏は今後の自らの国際体制の維持をする組織だと考えていたし、他の国にしても浅い軍事同盟みたいなものと捉えている国もあった。
評価できることは、世界で起きる紛争について多国間で対話が出来る仕組みを不十分ながらも作ったってことだ。国際司法裁判所や国際保健機関など世界的に問題解決に当たる機関も設立されたしなあ。
国際連盟設立時の議題で重きを占めたのは委任統治領。つまり旧ドイツなど敗戦国の植民地をどこが取るかって話。委任統治領って名前になってはいるが、植民地と変わらない。
最悪なのは、提案し中心的立場に立っていたアメリカが加盟しなかったことだよ! 健二はそう憤るが、彼にとってはもう遠い過去の話……今更言っても仕方のないことなのだが……
「父さん、国際連盟自体は悪いことじゃないと思うんだけど」
「そうだな。国際連盟で利害関係の調整を行ったから、国際的な調停機関の必要性も各国が意識したわけだが……」
国際連盟の話になってから、父はどうも歯切れが悪い。何かしら決めかねている様子だと健二には見える。
「父さん、俺でも分かることと言えば、アメリカが未加入だったことは問題だよな」
「うん。それが一番大きな理由だろう。もう一つは日本が入るにはまだ機が熟していないと俺は思う」
「それはどういったこと?」
「国際連盟は俺から見ると帝国主義――植民地と領土拡張の追認にしか見えないんだよな。不満があれば脱退して、戦争になったしなあ」
「イタリア・ドイツ・ソ連・日本と次々脱退していったものね」
「国際連盟なんて脱退しても特に困らない、ただの会議の場と思っているぞ列強は」
「だから、日本はまだ加入すべきでないと?」
「今後の推移をノートの人から聞いて、入るに値する機関になるっているのなら、加盟するでいいんじゃないか?」
「そのほうがいいかもしれないね。国際連盟に無駄なリソースを割く必要もないか。じゃあ父さん。加盟しない理由はどうする?」
確か日本は会議で人種差別撤廃提案を行って否決されたりしてたな。アメリカ大統領の不可解な判決で……参加しない癖に仕切るし、勝手に決めるとか害にしかならない奴だよ。
健二は父が思案している間にそんなことを思い出していた。
「健二、こうしよう。アメリカが国際連盟に加入しなければ日本も参加しないと」
「それはいい案だよ! 父さん」
健二はなるほどと手を叩き、父を称賛する。歴史が変わりアメリカが国際連盟に加入するならば、実行力のある機関になるだろうから加盟した方が良いだろう。逆に史実通りアメリカが加盟しないのなら、先ほどの検討どおり国際連盟に日本が加盟するには時期尚早だ。
「国際連盟に加盟しない方針とはいえ、アメリカとはロシア公国の防衛を理由に同盟関係を結んでおくべきだ」
「アメリカだけではなく、ドイツともいい関係になれれば少なくとも英米独の三か国と繋がりが持てるから国際関係で遅れも取らないだろうって感じかな」
「そうだな。国際連盟に加盟しないのならば、アメリカを巻き込んで議論する場を作れればいい」
「国際連盟はアメリカ次第、加入しなかった場合は米独と関係性を強化だね。じゃあ次は軍縮問題を検討してみる?」
「軍縮問題の話あいといっても、結局ドイツの兵力をどうするかに終始していたしなあ」
健二は軍縮問題について思いを馳せる。
第一次世界大戦後のドイツの兵力は、議論の結果徴兵制ではなく志願制とし、陸軍兵力を十万までとするフランスの強硬案が通ってしまった。そう「陸軍」に限定する。海軍と空軍は別だがほんのささいな量に制限となった。
十万という数字は少なすぎた為、イギリスが陸海空含めて志願制の二十万と案を出した。この数字でも軍人が示した数字より少ないものだったのだが……じゃあ何故イギリスが二十万と数字を出したのか。
最低限「ドイツ」国内を防衛するに必要な数字として二十万を出したのだ。フランスの出した数字では「ドイツを無力化してしまう」と抗議を行った。戦争を起こさないように無力化するのはいいことじゃないかと思うかもしれない。
しかし、無力化されてしまうと今度は周辺国――特にフランスによってドイツが食い物にされてしまった場合、フランスが強大化してしまう。そうなれば困るのはフランス以外の国家だから。
こうした自分勝手な駆け引きが軍縮問題では続く。イギリスもイギリスで、列強の海軍軍縮の話に及ぶとイギリスの海上覇権を脅かす提案については一切妥協しないと言い切っている……
結論、どっちもどっち。
「父さん、俺としてはイギリス案のほうがまだましに思えるけど」
「そうだな。兵力が少なすぎると国内の安定もままならないだろう。一応日本にはイギリス案を押してもらうか」
「たぶんそれでも少ないんだろうけど……」
「まあ、英仏は今回のドイツとの戦争で脅威を感じているから、なるべく無力化したいのは正直なところだろう」
「やり過ぎたから、次の戦争が起こっちゃったんだけどね……」
「それは言っても仕方ないさ。今はより戦争が起こりずらい未来を考えて、考えられることを提示しよう」
「了解。父さん」
「健二。戦争前にもノートの人に言ったが、賠償金問題も大きな懸念点だ」
「そこはすでに日本が押してくれてると思うけど……」
賠償金かあ。健二は莫大な賠償金額を思い出しため息をつく。ドイツの想定では支払える限界が二百億マルク。講和で提示した金額は当初二百億マルクを支払い、分割して無利子で残り八百億マルクを支払う。
最終的にはなんと千三百二十億金マルク! 純金四万七千二百トン! これを外貨で払えとなった。外貨建てにしたのは、ドイツ経済が崩壊し極端にドイツの通貨価値が変動しても問題ないようにだ。
此処までされたらドイツとしては、国内を抑えきることはできないだろう。無謀ともいえる賠償金支払いに対し、アメリカが英仏の債権を回収できないことを懸念し、ドーズ案・ヤング案と改善案を出し採用される。
その努力も1929年の世界大恐慌で破たんし、ドイツでナチスが出て戦争へと向かって行くのだ。恐慌後にドイツは賠償金の支払いを止めているし……
「ドーズ案――つまり自国通貨建の支払いの了承と、賠償金額をできれば二百億マルクに近い金額に抑えたいところだな」
父さんは賠償金について再度確認を行った。
「でも父さん。ドイツの領土がどうなるかで、ドイツの経済力も変わってくるよね」
「そうだな。アメリカがやっちゃってくれたところが大きいんだが、オーストリア=ハンガリーの例を見る限り、そう無茶はしないと思うんだが」
「確かポーランドに西プロイセンとポーランド回廊を割譲したんだっけ」
「ああ。フランスにもアルザス=ロレーヌ地方を割譲している。まあアルザス=ロレーヌは、一つ前の戦争でフランスからドイツが獲得した領土だからいいんだが……」
「フランスと言えば、ザール地方だっけ」
「ザール地方は炭鉱がある地域だったから、フランスが狙っていたんだな」
話を戻すと、ここでもアメリカの大統領が出てきてポーランドに海への出口をとか言い始めたから、ポーランド回廊の割譲が決まったわけだけど。西プロイセンの北側の住人のほとんどはドイツ系の住民だったから、ポーランドに割譲ってのは無茶があった。
事実ドイツが提示した講和条件でも、西プロイセンのうちポーランド系住民が多い南部については住民投票を行い帰属先を決めるとあった。ポーランド回廊をドイツが割譲したことで、ドイツは東プロイセンと分断されてしまう。しかも、ポーランド回廊を含む西プロイセン北部はほとんどドイツ人ときたものだ。
これは将来的にドイツが侵略しろと言ってるようなものだぞ。そこまで影響はなかったけど、ドイツ北部のデンマークと近い地域にあるシュレジェン(シュレシュヴィヒ)北部についても割譲した。
「父さん。西プロイセンのポーランドへの割譲は考慮しないとだね」
「少なくとも、西プロイセンの北部を割譲すれば後の禍根となる。これは避けたい」
「オーストリアやチェコのドイツ系住民居住地域――スデーデン地方の問題はどうなるかな?」
「そこはオーストリア=ハンガリーが保たれるのなら、出てこないだろう」
「それもそうだね。ドイツの方針はこれでいいとしてトルコはどうなんだろう?」
「史実通りに行きそうだが、ギリシャの要求――トラキアと小アジアについては割譲に反対する立場を取ろう。アルメニアは放置。中東は……手を出したくないな……混沌とし過ぎて」
「日本は現状一切入り込んでない地域だよね。できれば後々にまで残る中東問題を何とかしたいけど」
「それは日本の影響力が今より強くならないと、どうにもならなさそうだな。残念ながら……」
「了解。国際連盟の方針・ドイツ・トルコのことをノートに記述するね」
健二はノートを開き、父と検討した内容を書き込んでいく。果たしてパリ講和会議はどのような推移を見せるのだろうか。
彼は思う。パリ講和会議を顧み、内容について検討するほど第二次世界大戦は必然だったと思えてくる。第一次世界大戦は多大なる惨禍をもたらしたのに、さらに戦争を誘発させる条約を結んでしまう。
業が深いものだなあ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます