第5話 ロシア公国成立 過去
日露戦争が終結し、ポーツマス条約を結んでからの日本は本当に変わった。藍人はポーツマス条約について父と新聞を見ながら話しをしていたことを懐かしく思う。
あれから八年と少し……連日「量より質を」「工業力こそ日本の生命線」と新聞が毎日のように紙面に書いている。外国の優れた技術の紹介が成され、追いつこう追い抜こうと煽っていた。
そのかいあってか、日本の工業力はここ八年で信じられないほど上昇する。経済規模においてもフランスを追い抜き、今や世界第四位にまで成長した。最もトップ三位は強大だが……この調子でいけば米英独に追いつける日も来るかもしれない。
一方で大陸からは完全撤退してしまった。これまで清の意向なぞ知らぬ存ぜぬで列強と土地を取り合っていたのに、そんな金があるなら全て国内へと完全に舵を切っていたのだ。
日本の経済規模がこれほどまでに大きくなった一因は大陸からの撤退も一部あると思う。
彼は学校を出たら貿易会社に就職しようと考えているようで、理由は世界を見たいという子供っぽい夢だった。あの時父と会話した藍人は、世界の広さを感じた。世界ってどうなっているんだろう?
アメリカは? イギリスは、ドイツってどんな国なんだろう? 幼心でワクワクしたものだ。大人になろうとうする現在、彼はその夢を叶える為選ぼうとしているのが貿易会社だったといわけだ。
日本の経済発展は目覚ましく、貿易会社ならば彼の願いはきっと叶えられるだろう。
今日本は空前の好景気に沸いている。ヨーロッパで起こった大戦による特需景気が発生していたからだ。国民は作れよ売れよと、作ればどんどん商品が売れていく。濡れ手に粟とはまさにそのことだった。
藍人は新聞を毎日読む。日本から遠く離れた欧州で戦争が起こっているというのに、日本はいたって平和なものだ……そう考えながらも彼は新聞を読む手は止めない。
平和といっても先日、日本海軍がドイツの植民地であった大陸の青島を取り囲んで降伏させたり、南洋諸島の占領に動いたりしていた。日本は現在はインド洋へ艦隊を派遣しているが地中海へ移動すると記事に書いていた。
新聞にはロシアで革命が起こり、日本もロシアへ出兵すると記載されていた。寒いロシアで日本兵が戦えるのだろうか? 藍人は徴兵された友人のことを思い浮かべた。
藍人も二十歳になった時、徴兵検査を受けるが結果は乙種。徴兵検査では甲乙丙……と五段階に身体検査によって振り分けられるが、戦地に出る者は甲種の中でも選ばれた者に留まる。
藍人は乙種だから、まず徴兵されることはないだろう。あいつみたいに体格が良くないからな……俺は……藍人は自嘲気味に呟く。
乙種という事情もあり、彼は就職先を捜したりと日本でノンビリ過ごしているわけだ。
春が過ぎ夏が来て、藍人は貿易会社への就職が決まったので帰郷し、実家で就職の報告を父にしていた。いつかのように新聞を持った父と縁側に並んで。
「父さん、こうして父さんと縁側に座るのって懐かしいな」
「ああ。お前とは良くここで新聞を見ながら話をしたんだっけ」
父は熱いお茶をゴクリと飲むと空を見上げる。空には綺麗な三日月が輝いていた。
「俺、父さんに日本がどうしてポーツマス条約で方向転換したのか、秘密を探るって言ったけど。ごめんな」
「あ、ああ。そんなことを思っていてくれたのか。お前がそれを覚えていてくれただけでも俺は嬉しいよ」
かつて藍人は父とポーツマス条約のことをこの縁側で話した時、何故日本は突然利権を売ることになったのか裏があるという話をしたのだ。その際に藍人は「大きくなったら俺が秘密を暴いてみせる」と子供ながらに父へ主張した。
藍人は貿易会社に就職したことで、政府中枢の情報を得ることはまずないだろう。だから、彼は父へ謝罪したのだ。父の気持ちは全く正反対ではあったが……
「父さん、まだここで新聞を読んでるのかい?」
「ああ。そうだ。今日は何が書いてあるんだろうな」
父が新聞に目をやると、藍人も同じく父の新聞を横からのぞき込む。新聞には衝撃の事実が記載されていた。
<ロシア公国建国宣言。日本との密約により北樺太を日本へ譲渡>
「と、父さん。凄いことになったな……」
「ああ。これまで旧ロシア地域での争いは激化していた。その結果がこれだろう」
藍人は新聞から得た情報を整理する。
欧州での戦争がはじまり、戦費に耐えられなくなったロシア帝国でついに革命が起こる。革命の余波はロシア全土に波及し、旧帝国勢力と革命軍が対峙する展開になるが、十月革命でソビエトの一党独裁へと舵を切ったソビエト率いる赤軍に抵抗する者たちが白軍となる。
白軍には旧勢力のいくつかも合流したが、赤軍と戦うも劣勢。ソビエト(社会主義)に脅威を感じた列強はロシアで起こった革命に介入する。しかし、日米の介入はロシアの中心地であるウラル山脈西のヨーロッパ部分ではなく、極東に目を向けていた。
当初より白軍へ赤軍の強さを盛大に宣伝していた日米は、革命後すぐに彼らのうち日米に同調した者を極東へ結集させることに成功する。日米はバイカル湖以東を防衛陣地とし、白軍と共に赤軍と交戦する構えを見せた。
防衛拠点を構築し、バイカル湖以東と防衛領地を限定したお陰か日米白軍の連合軍は赤軍を追いかえすことに成功する。ロシア内部ではまだ革命の余波による粛清や戦争が続いているが、バイカル湖以東の地域においては日米の協力があり比較的治安が落ち着いているようだ……もっともいつ赤軍が攻めて来るか予断は許さない状況ではあるが。
そしてついに、彼らは旧体制の公爵を立憲君主としたロシア公国の建国を宣言したのだ。政体は民主主義の資本主義国家だ。日本と同じ立憲君主制の国になる予定とのこと。
ロシア公国の成立は朝鮮に利権を持つ英国にも歓迎され、同盟国であるフランスもそれに乗っかる。英仏と戦争中の独墺は無言を貫いたが、欧州の戦争が終わればなんらかの動きは見せるだろう。
日米英仏はロシア公国をロシア帝国の後継国家として承認する。こうしてロシア公国は成立したのだった。
今後赤軍からロシア公国を防衛できるかが日米の腕の見せ所か。
日本はロシア公国との密約により北樺太を獲得する。日本は赤軍との戦闘にそれなりの兵を出し血を流したが、北樺太が得ることが出来た。これで日本と陸続きで接する国は無くなり、洋上での防衛に力を注ぐことができるだろう。
政府はことさら、日本は海洋立国であるべしと宣言している。今回北樺太を獲得したことで、ますます海洋立国論が過熱することだろう。
「北樺太か……新しいビジネスチャンスかもな」
「おお。お前も一人前の事言うようになったじゃないか」
「欧州大戦がまだどうなるか分からないけど、欧州にもいずれ行ってみたいな」
「行けるさ。お前ならどこへだって。貿易会社のエリートになるんだろう?」
「父さん、買いかぶり過ぎだよ。俺まだ働いてもないんだぜ」
「ははは。そうだったな」
父と息子は和気あいあいと息子の将来について語り合ったのだった。空の三日月は優しく彼らを包み込むように輝いていた。
――ワクテカ新聞
おっはー。日本、いや世界で一番軽いノリのワクテカ新聞だぜ! 今回執筆するのは編集の叶健太郎。よろしくな。
何? 北樺太のオハにかけておっはーから初めてみたんだが……痛いって? ほっといてくれよ。俺と君たちの仲じゃあないか。
欧州大戦の様子は予断を許さないようだが、まさか電撃的にロシア公国が成立するとは思ってなかったぜ。ロシア革命はまだはじまったばかりの様子があるんだが。ロシア公国だけ今のところ切り離された感じだな。
ロシア帝国の後継国家と日米英仏がロシア公国を承認したが、もちろん欧州大戦を戦うことなんてできないから、戦線は離脱している。ってか彼らは赤軍からの侵入をどう防ぐのかで手いっぱいだよ。今は旧ロシア帝国領土内で赤軍がドンパチやってるからいいものの、情勢が落ち着いた時に一戦あるぞ。きっと。
ロシア公国の防衛は満州に勢力を持つアメリカ。樺太と北海道の海を隔てた先にロシア公国がある日本にとっては、赤軍――ソビエトからの防衛に無くてはならない緩衝国。だからこそ、今後も日米露で協力して赤軍に当たっていくんだってさ。
今欧州大戦中で出てこれないイギリスも少しは噛んで来るんじゃないかな。まあ、余り期待はできないけどな!
ええと何だっけ、そうそうおっはーだよ。オハ。もういいって? 分かった分かった。そう怒るなって。日本はロシア公国から北樺太をもらったから、念願の樺太統一が出来たってわけだ。
これで陸続きの国が無くなったわけだ。今後は政府の主張する海洋立国論が強くなってくるだろうから、海軍が重視されていくんだろなあ。
欧州大戦も今後どうなるか。分かり次第お伝えするぜ!
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