第4話 ヴェルサイユ条約の空想 現代
「健二、分かりやすいところから行こうか。まず賠償金の金額だよ」
「確か賠償額が大きすぎて、にっちもさっちもいかなくなったんだっけ」
「ああ。アメリカが戦後介入して改善されていくものの、あれで全てパーになった」
「ええと、世界恐慌かな」
「よく覚えていたな。その通りだ。厳しい案を出し過ぎて結局回収できていないんじゃ、英仏も考え無しだよな」
父は朗らかに微笑むものの、健二は一つ考えがあった。賠償金の額って国内を納得させるのと、ドイツをとことん弱体化させることが目的だったんじゃ?
健二は父に彼の考えを告げると、父もそういった理由もあっただろうと答える。しかし過酷過ぎたため、ナチスドイツが生まれた……ナチスドイツの誕生は第二次世界大戦への引き金となる。
ナチスの誕生は何としても避けたいところだなあ。健二は思考をそこで一旦止める。
「賠償金問題へ介入するのが一つ。できればドーズ案を最初から持っていきたい」
父の言葉に健二が不思議そうな顔になる。「ドーズ案」? なんだそれは。
「父さん、ドーズ案って?」
「簡単に言うと、ヴェルサイユ条約の賠償の軽減措置だ。合計金額の減少と賠償金の支払いをドイツマルクに変更した」
なるほど。ドイツマルクの変更になったってことは、当初外貨で支払っていたのか。それならドイツ経済に関係なく、ドイツに支払いを迫ることが出来るってことか。
ドイツマルクでの支払いにすることで、ドイツ経済に少しは配慮する必要が出る。だって通貨崩壊したら全てパーだからさ。
「金額よりドイツマルク建てってところが大きいんだね」
「そうだな。他にも軍事問題やらいろいろあるが、大きなものとしてはオーストリアについてだ」
「オーストリアって確か、当時オーストリア=ハンガリー帝国だったっけ」
「オーストリア=ハンガリー帝国の解体を止めれないかと思ってる」
「えええ。勝手に崩壊したんじゃないの?」
「オーストリアはすでに斜陽国家で、大戦に至るまで幾度も敗北して勢力を縮小していた。それに止めを刺したのが第一次世界大戦とシベリア出兵だな」
父は健二に説明する。
大戦中、英仏側はオーストリア=ハンガリー帝国の解体を意図していなかった。しかし、ロシアで革命が起きオーストリア=ハンガリー帝国の支配に不満を持っていたロシアに居たチェコ人捕虜を利用して、チェコ軍団を創設した。この軍団と英仏のやり取りの中でチェコの独立の密約が交わされたのだ。こうした理由もありオーストリア=ハンガリー帝国は戦後解体する。
一方オーストリア=ハンガリー帝国自身はドイツとロシアの革命政府間で平和条約(ブレスト=リトフスク条約)が結ばれると、戦争理由が無くなり英仏側と講和しようとしたが失敗する。
ここに介入し、なんとか講和を成立させるか、出来ないにしてもチェコ軍団とのやり取りを改変し、オーストリア帝国の解体を阻止できないかというのが父の考えだった。
「父さん、いろいろ問題があるよそのプラン。そもそもオーストリア=ハンガリー帝国が解体しないことのメリットってあるの?」
「オーストリア=ハンガリー帝国の解体によって当該地域は動乱がずっと続くんだ。そして、ナチスドイツ・イタリア・ソ連の草刈り場になる」
「戦争を引き起こす火薬庫みたいになるのかあ。うまくオーストリア=ハンガリー帝国が存続すれば、ヴェルサイユ条約後のあの地域で起こった戦争が回避できるかもってことかな?」
「どうなるか分からないけどなあ。まとまっていれば列強も口を出しずらいし、経済発展も史実よりするだろうから悪くない話だと思うぞ」
第一次世界大戦での目標は、オーストリア=ハンガリー帝国の存続と賠償金問題の軽減を目指す。オーストリア=ハンガリー帝国が存続したら彼らにも賠償が乗っからないか? と思ったが、かの国の大戦中の動きを見るとなあ……英仏からの賠償対象にならないと思う。戦った相手はロシアとイタリアだしな……
「まあ、日本からだと出来ることが限られてるし。どこまで上手くいくかは不透明だね。父さん」
「そうだろうなあ。どうなったかノートの人に聞くのが楽しみだ。第一次世界大戦よりよっぽど問題が大きいのはロシア革命とシベリア出兵だぞ。健二」
「ええと、シベリア出兵って……ロシアの革命政府を潰そうとしたんだっけ」
父は要領を得ていない健二に簡単な流れを説明してくれる。
第一次世界大戦中の1917年二月にロシア帝国のロマノフ王朝は倒れる。その後の十月革命で二月革命で起こった臨時政府が倒されソビエトが実権を握る。十月革命の成功によって、社会主義の国が誕生したが、国内にはソビエトに対抗する勢力がもちろん残っていてソビエト(赤軍)と対抗勢力(白軍)との内紛が起こるのだ。
この内紛は1917年に始まり、終結するのは1922年と長期間に渡る。その間に第一次世界大戦は終結している。
「だいたい理解できたか?」
「うん。ありがとう父さん」
「伝えたいのは、革命政府は列強が思う以上に精強だってことだ」
「そうだね。結局ソ連になっちゃったわけだし。共産党がソ連から外に出て行ってるし」
「うん。日本が注目するのはやはり極東だな。満州にアメリカもいるから、十月革命後白軍と旧ロシア帝国の有力者を東へ逃がし、日米協力の元ソビエトから彼らを防衛できないだろうか」
健二は先ほど父から説明を受けた言葉を思い出しながら、口を開く。
「また大胆な作戦だね。たしか1917年二月の革命で帝国首脳が倒され、十月の革命でソビエトの一党独裁に移行したんだっけか」
「上手くソビエト以外の勢力が残存してくれれば、ソビエトとの防波堤にもなるだろう」
「緩衝国があれば、樺太に直接ソ連が来ることもなくなるよね」
「ああ。防衛成功の暁には北樺太を取れるように交渉するとよりいいな」
「まあ、彼らがそこまで追い詰められたら、失う物もないし乗って来る可能性は高そうだね」
「あ、健二忘れていた。実際臨時政府はいくつか出来ていたんだよ。対抗勢力白軍のね」
「え? そうなの? 極東にも臨時政府はあったの?」
「ああ。あった。シベリア共和国ってのがな。ただ……すぐ崩壊した」
革命後の1918年に極東でシベリア共和国が成立するも、内紛ですぐに潰れてしまったそうだ。父のプランでは、革命勃発後白軍に呼びかけ勢力を極東に集めれるだけ集める。
史実の白軍は利害関係と地理的・民族的要因からバラバラでまとまりを欠き、ソビエト(赤軍)に各個撃破されていったらしい。また赤軍は人口密集地域や工業地帯を抑えていた……
日米の支援の元、極東が赤軍に支配される前にシベリア共和国のような国を打ち立て、防衛できないかというのがシベリア出兵に対する改変か。
最初から極東に防衛ラインを引き、白軍を出来る限り集め、日米が支援する。まあ、防衛できるかは半々ってところなのかな?
「なるほど、父さん。だいたい分かったよ」
話がまとまったところで、健二は父に見てもらいながらノートに筆記を始める。
<お待たせ。賢者と話をしたから書き込んだよ>
<おお。賢者殿は大事なかったか?>
<うん。いたって元気だったよ。どうしようか先に予言から話をしようか?>
<……覚悟を決める。暫し待ってくれ……>
ノートの人にとっては、歴史を聞くのは覚悟がいることらしい。最近健二は思うのだ。本当に過去の人と繋がっているのではないかと。相手の反応にリアリティがあり過ぎるから……
では、俺の助言で歴史は変わって行ってるのか? いやいや。そんな馬鹿な。……不安になって来たから、この後ウィキペディアを見よう……
健二がそんな益体もないのことを考えている間に、ノートに書き込みが行われた。
<よし、話をしてくれ>
<まずこれから起こる戦争のことから。1914年にヨーロッパ全体を巻き込んだ戦争が起こる。終結は1918年>
<先週話題に出た内容だな。本当に起こるのか? そのような大戦が……>
<サラエボでオーストリア=ハンガリー二重帝国のフランツが暗殺される。それをきっかけに大戦が起こる>
<続けてくれ>
<どの国も不本意だったが、軍事同盟があり、総動員令を一度発動してしまうと止めることが困難だ。一度停止すると、再度総動員令をかけていると戦争が出来ないから>
第一次世界大戦は列強同士で全ての国力をかけた総力戦となった。国家が戦時体制に移行し、総動員令をかけ兵員を集合させる。国家の経済体制を全て戦争に振り向け遂行するのだ。
日露戦争での日本はまさに総力戦体制だった……これが列強間で行われるんだ。その規模と犠牲者の数は甚大になる。
<そ、総力戦が列強間で起こるのか……>
<そういうこと。戦争の推移を簡単にこれから書くよ>
<ああ>
俺は、第一次世界大戦の簡単な概略をノートに筆記する。日本が第一次世界大戦で成した戦闘についてはある程度細かく書いた。
健二は大戦後のヴェルサイユ条約までと戦後の各国についても簡略ではあるが追記する。
<西欧への艦隊派遣、ドイツ植民地――南洋諸島と中国大陸の青島が主な戦闘になる>
<日本は日英同盟の元、参戦するのだな。朝鮮半島はどうなる?>
そういえば、朝鮮半島は英独で分割していたんだったな……
<朝鮮半島は半分イギリスが入り込んでいるし、日本が目の前だから戦争にもならず降伏するのでは?>
<確かに、杞憂だったな。もう一つ、青島はどうする?>
<青島は無理して占領する必要はない。無力化さえすればいいんじゃないかな>
<大陸だものな。南洋諸島は占領する>
<うん。それで問題ないよ>
<他の推移も把握した。欧州への工作はあるのか?>
<ああ。戦争中狙うのはオーストリアのことだ>
健二は先ほど父と決めた内容をノートに筆記する。ノートの相手はオーストリア解体を書いたときから驚いていたが、オーストリア=ハンガリー帝国の存続について書くと、何度も<なるほど>と言葉を返して来た。
<作戦了解した。感謝する。戦後体制についてもあるのだな?>
彼も分かって来たようだ。ヴェルサイユ条約についても健二は父との戦略をノートに書き込み。ノートの人物へ理解を促す。
<もう一つ問題は、これまで何度も話に出ているロシア革命なんだ。これについても方針を記述するね>
<了解した>
ロシア革命の推移は、革命軍の強さをことさら強調して記載していく。同時に日本の戦略について書くと、ノートの相手は興味をかなり惹かれた様子だった。
<革命軍がこれほど強いとは驚きだが、賢者の戦略こそ天啓だな。彼はここまで見越してアメリカを満州へ入らせたのか>
<そうだね。賢者はここまで見越していたよ>
<期待に応えれるよう動いてみようではないか。結果はすぐに報告する>
<経済のことも忘れないでくれよ。1914年から戦争が始まる。これに合わせて戦争特需が来るけど、1918年で特需は終わるから。上手く売りぬいてくれよ>
<把握している。経済の重要さは私もよくよく分かっている……>
ものすごく重たい雰囲気を出してくるノートの人……経済関係でよほど痛い目にあったのだろうか……健二は推測するも、筆記続きで疲れてきていたので彼に問いただすのをやめておいた。
余り字を書く時代でもないから、健二はここまで字を書いていると腕が痛くなってきたのが、聞かなかった一番の理由だろう。
参考:オーストリア=ハンガリー帝国の領土
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%AA%E3%82%A2#/media/File:Austria_Hungary_ethnic.svg
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