第2話 指
私は機械は得意だが、生体はからっきしだ。それも、異種族の体の仕組みは全く知らない。だから、彼が指を喪失したとしても、機械化する事なら出来るが、再生させたりについては期待しないで欲しい。
と考えながら、私は工房で作業をしていた。彼が壊した銃の修理だ。分解し、再利用不可能な部品は捨て、直せる部品は直す。ネジのような部品はいくらでも代わりが利くが、心臓部に近い部品も歪みがひどく、また作り直さなければならないのが痛かった。部品の点数自体は設計段階で出来るだけ少なくなるよう設計してある。分解整備が簡単に出来るようにだ。……彼がそれをしてくれるかはともかく。製造自体はプリンターで印刷するだけなので大した事はないが、それらの組み立てと寸法合わせが面倒だ。部品同士で寸法のバラつきがあるので、それらが組み上げた際に「しっくり」くるよう、部品のここを削って、ここを削って、とすり合わせを行う必要があるのだ。
私の工房は――他の工房を知らないから何ともいえないが――我ながら中々のものだと思う。ほとんどのものはプリンターを使えば作れてしまうが、今のところ電力は十分でほとんど停電しないし、部品の材料もたっぷりある。……弾丸や爆弾以外の消耗しない材料は還元塔があるから、本当は彼がなくさず全て持ち帰ってくれれば減らないはずなのだが。実際は彼が来たときにはほぼ必ず、材料室へ足を運ぶことになっている。
栄養は栄養庫――便宜的にそう呼んでいるだけで、実際は部屋の一角を仕切って大きな漏斗を天井にくっつけたものだ――に溜まってくる。定期的に天井から染み出してくるジェル状のものを漏斗で集めて摂取する。機械にも与えないと、動きが悪くなってくるので、私と機械での共用だ。彼にも一度薦めたが、それ以来摂っているところを見たことはない。ここに滞在する事自体が稀だから仕方ないが。
「……何か?」
考えごとで間を持たせてきたが、いい加減気になるので振り向かずに声をかける。先ほどからずっと後ろに立ってこちらを見ているのだ。何も言わず。気まずい。
「何も」
別に彼を殺す算段をしているわけでもない――指一本と武器程度のハンデでは勝てないだろうし、殺せば私も死んでしまう――のだが、後ろで観察されるととにかくやり辛い。栄養庫の方を指差す。
「栄養は? 溜まってるけど」
「いや……」
部品を組み付けてみる。しっくりこない。だが、どちらを削ればいいのか、分からなくなってきた。普段なら分かるんだが。
深呼吸して、一度部品を分解してみる。まだ背後に気配があった。私の勘もどこかへ飛んだままだ。
退室を促そうと振り返ると、彼はじっと手を見下ろしていた。
彼の手は大きい。というか、彼自身私より頭二つ分ほど大きい。
「指?」
問いかけると、こちらを見返してくる。
指がないのは当然気付いていたが、これまで特に何もしていなかった。私より彼の方が生体の修理は得意だろうし、機械化についても何も言われなかったので。
「機械化する?」
「いや……」
「機械以外は私は知らないよ。そのままじゃ困るだろうから、何とかした方がいいだろうけど」
そう告げて、作業台に向き直る。もう一度部品を組み付けて感覚をつかみなおそうとした時、後ろで兜のフェイスガードがしまる音がした。
彼の兜も私の自慢の一品の一つだ。ある程度の防弾性はもちろんの事、耐ガス、閃光といった非物理的な攻撃に対する防御、更に保護膜を展開すれば電脳へのハッキングも遮断できるようになっている。外界への視界はフェイスガードを閉じた状態では制限されるものの、内蔵されたセンサー類によって視覚的な情報はもちろんの事、透視スキャンもかけることが出来る。これを使えば、相手が背後に隠し持った武器の探知は当然として、もし「隠し腕」のようなものがあってもその存在はもちろん、その寸法までも――
カメラのレンズが音を立て、私の手が止まった。彼の失った第六指と同じくらいの大きさの第一指が。
体ごと振り向くと、目の前に無機質なレンズが迫っていた。
「異種族間での移植はリスクが……」
「歯車を除いてお前は無知」
「キカイね……」
実際は、彼の体は大丈夫だろう。甲冑の寸法を取る時、足の指の一つが明らかに他と違っているのを見た。
「できないのか」
「できるよ。……いや、できない」
普段の条件反射で言い返してしまう。
彼の腰の辺りから空気が漏れる音がする。間違いなくチェーンナイフが排出される音だ。チェーン状に繋がった刃が回転して切断するナイフ。それこそ鉄板などを切断するためのものなのだが。
「やる」
「いや、あんたはやるな。……義肢じゃダメなのか」
「お前のがいい」
「ぐっと来る即答してくれるけどさあ……」
上手く逃げるしかない。近づいた兜から仰け反り、顔を背けて、私は考えた。
「あんた、生えてきたりしないのか」
「生える」
「生成。再生。伸びる。復元」
「ああ……できる。でも、違う。お前のと」
そんなに私の指が欲しかったのか。我が指ながら、形は悪いが感覚は敏感だし、皮膚は厚くて多少の熱や切り傷程度では血は流れない。道具として見れば優秀かもしれない。他の指と水かきのような膜で繋がっているから、栄養も摂りやすい。
「栄養……そうだ、あんた最近、栄養摂ってないだろ。私と同じ栄養摂ったら、私と同じ指が生えてくるかもしれないぞ」
「……」
栄養庫の方を指差すと、彼が数歩引いた。
聞き取れないくらいの小さな音で、カメラのモーター音が響く。
「……?」
反応がないので、少し観察する。彼は固まって、何か考え込んでいるように見える。
何を考える必要があるのか。前薦めたときは、特に拒絶反応があるようにも見えなかったが。
「なんだ。何か問題が?」
数呼吸置いてから、彼が小声で返してきた。
「アレ……マズイ……」
「マズイ……?」
また言語が単語レベルでズレているらしい。マズイは物の良し悪しに関する言葉だ。栄養に良し悪しなんてあるものか。栄養は栄養だ。私はずっと摂っている。
「マズイって、なんだ」
「……」
「他の言葉で表してくれ」
「……」
結局、彼は義肢化する事を選んだ。
栄養に関するやり取りは納得できなかったが、どれだけ追求してもあれ以上の進展はなかった。ともかく、私の指が無事だったので良しとする。異種族同士、どうしても理解できない概念が出てくる事もあるだろう。一瞬、何か分かりかけた気がしたが、ありえないのでその考えは振り払ってしまった。
私は今も摂っている。
無題(仮) @mimonn
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