無題(仮)

@mimonn

第1話 プロローグ

 久々の来訪だった。

 来訪者が彼である事が分かるよう、事前に取り決めた信号を受信したので、私は客間になっている部屋へと移動した。

 扉を開けると、既に彼はカウンターの向こうに立っていた。前見たときと同じ、センサー類を内蔵した艶消しの黒い兜。膝丈のボロボロのマントに、ライフルを片手に提げている。

 親指ほどの大きさの記録チップを空いた方の手でカウンターに載せると、兜の正面のライトが不規則に明滅した。赤と青の二つのライト。

 カウンターを差し挟んで立つと、私は目を閉じて言った。

「まぶしい。信号はやめてくれ。話してくれ」

 プシュ、と空気の抜ける音がしたのを確認して、目を開ける。

 開いた兜の隙間から、無表情にこちらを眺める目が二つ。

「記録。今回、相手……歯車?」

「歯車? ……機械な、キカイ」

 やんわりと相手の単語を訂正する。基底言語が異なるので、たまに相手の話す単語の意味が分からない事があるのだ。先ほどの光の信号の方が、彼の種族では一般的なコミュニケーション手段だったらしく、未だにそちらを使われる事があるが、私は信号言語は一切分からない。

「機械。そういえば機械は初めて……あ」

 独り言を言いつつ、彼の体に視線を走らせる。左手の指が五本しかなくなっていた。


 初めて会ったとき、彼の左手には六本指があった。それは間違いない。後ろの端末の設計図面を見直すまでもない。私が彼の甲冑を設計したのだから。体に爆弾を埋め込まれ、脅されながら。

 どれだけ生きているかもう覚えてはいないが、記憶をさかのぼれる限りにおいて、私はこの地区で鍛冶屋をしてきた。部屋と階段と廊下が延々と続く、私以外定住者のいないこの地区で。私自身は戦闘向きの体ではないので、ロボットやタレットを作って地区の防衛に当たらせてきたが、かなり前にそれらは制圧され、私は奴隷となった。彼の前の主人はそこまで賢くなく、私を単なる労働者として使役していたが、彼は私の鍛冶屋としての能力に目をつけたらしい。彼の生命活動が停止すると爆発するという爆弾を体に埋め込まれ、彼のために武器・防具を製造する毎日が続いている。

 ドン、と床を蹴る音がして、私は我に帰った。この主人は、前の主人と違って無意味な暴力は振るわないが、怒る時は怒る。

「いや……機械相手は想定外だったわけじゃないんだが……まぶしい」

 赤と青の光の暴力が眩しくて、私はうつむき、目を細めた。信号強度、わざと強くしてないか。

「一応、徹甲榴弾も渡して……」

 眩しい光の中、渡しておいたはずの甲冑の装弾ベルトを指差す。光が止んだ。

「……使ってない」

「……」

 一瞬の沈黙の後、彼は残った5本の指でカウンターの上に置かれた記録チップをすばやく掠め取った。

「おい」

「……」

「戦闘記録。見ないと改良できないけど」

 今度はやや長い沈黙。記録チップが再びカウンターの上に載る。続いて、ライフルも。

「……」

「曲がった」

「そりゃ、殴れば曲がるよ」

「次は、曲がらないの作れ」

 銃は基本的にただの筒で、硬いものを殴れば曲がると言わなかった私が悪いのか。それとも、彼の種族では鈍器としても使用できるような銃がスタンダードなのか。確かに、初めて会ったときに持っていたのは銃身が彼の太ももほどもある小径の銃だったが。銃剣というか、スパイクも付いていた。銃としての精度はガタガタで、私の作る拳銃より有効射程が短いような代物だったが。

 頭をかきながら私は唸った。

「装甲を殴っても曲がらない銃……うーん……」

「できないのか」

「いや、できるよ。ちょっと考えさせて」

 これがこの客の怖いところだ。多分、「できない」と言い続けていたら、殺される。何故なのかは知らないが、彼はどんな相手にも勝てる装備を探しているようなところがあった。そのためにこの地区に留まって、多様な侵入者相手に戦い続けている。そして、私が彼の求める最高の装備を作るのを待っているのだ。私が主人である彼に対して横柄な口が利けるのは、「敬意」という概念が彼にないからかもしれないが、私たちの間にある種の信頼関係があるからかもしれない。

「……やっぱり、現場を見ないとなんとも。記録見ようか」

 洗浄液がたまったシンクにチップを漬け、エアブロワーで細かな金属片と洗浄液を吹き飛ばす。チップを端末にセットすると、画面上に戦闘記録が映し出された。彼が無線操作で再生箇所をコントロールしていく。カメラは彼の兜に内蔵されているので、彼の主観と同じ視点だ。

「きったない……始める前にレンズ拭いとけっつったのに……」

「自動洗浄機能」

「分かった。我慢するから改善項目増やさないで」

 映像はどこかの通路。曲がり角の物陰から、遠くにいる四足歩行のロボットを観察している映像だった。大きさは彼の倍ほどか。上半身には、板金でカバーがされたセンサー類。斧のような大型の刃物が取り付けられたアームが一本。

 映像のやや下側から、銃弾が連続で発射される。センサー部を狙ったようだが装甲に阻まれ、効果はないようだった。ロボットがこちらに振り向き、直線的な動きで迫ってくる。ロボットの足が画面に大きく迫り、画像が乱れたところで再生はとまった。

 二呼吸分ほど、沈黙が流れる。

「……アレを殴って壊そうっていうのが、そもそも……」

「でも、壊せた」

「アレを殴って壊して無事な銃器……」

 ちらりと彼の腰に目をやる。

「聞いてなかった」

「いや、言ったね。それに、そっちの方が絶対いい。銃身傷めないし」

「……」

「他はともかく銃身は研磨仕上げだから作るの大変だってのに……」

「……」

「絶対遠距離で処理した方がいいよ。仮に殴っても大丈夫なのができても、アレ二体以上いたら処理しきれないだろ。無事だとしても絶対遠距離での精度落ちるし……前から思ってたけど、道具の使い方が間違ってるっていうか、間違った方向に努力させられてる気がするんだよ。アンタは使って好き放題感想言うだけだから楽だろうけどさあ……なあ聞いてる? おいピコピコすんな!」

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