紫陽花葬送

平坂 静音

第1話 葬式の夜

菅野すがの先生は、今ごろ白玉楼はくぎょくろうへ行ってるかもな」

 隣家の堂上功どうがみいさおにそう言われたとき、私は意味がわからず、ぽかんとしていた。

「なによ、その白玉楼って?」

千夏ちなつってば、知らねぇのか、白玉楼?」

 私はお通夜の手伝いにきててくれた貞子さだこ叔母さんが持ってきてくれたお饅頭をほおばりながら、首をふる。

 今日はお祖父ちゃんのお通夜だ。

 となりの座敷では葬式会社の人たちや、黒いスーツや喪服すがたの大人たちが準備におおわらわだけれど、私はたいしてすることもなく、まぁ、何していいかもわからないので、お邪魔にならないように隅に座って、幼馴染みの功と二人、おやつをいただいている。

「知らないわよ。なに、その白玉楼って?」

 功はちょっと得意気に高い鼻をそらした。こいつの鼻って、もしかしたら私のよりも高くない? 

「昔、昔、な」

「うん」

「中国の唐の時代に、李賀りがっていう詩人がいたんだ」

 功もまたお饅頭を食べながら話す。ぽろぽろと粉が制服の黒ズボンのうえに落ちる。功のお母さん自慢の有名進学校の制服なのに、いいの? 

「こぼれてるわよ」

 注意してやると、功はあごをふった。それを見ろ、というふうに。その顎のさきの、私の濃紺色のスカートの膝上にも、お饅頭のカスが落ちている。あら、いけない。あわてて手ではらう。

 お通夜やお葬式のときは、学生は制服すがたでいいと言われたので、私たち二人とも学校から帰ってきたときのままの制服すがたなのだ。

「その人、どんな詩書いたの?」

 私は話の先をうながした。

「そんなことまで知るか。黙って聞け」

 なによ、あんただってたいして知らないんじゃない、という言葉をお饅頭の餡とともに飲みこんで、とりあえず話のつづきを待った。

「才能はあったんだが、時流に合わなくてあまり成功しなかったんだ」

「ふうん。いるね、そういう人。私の友達の親戚の人、ミュージシャンになりたいって家出たんだけれど、まったく売れないらしくて、二十八になってもフリーターしているらしいよ」

「そいつはもともと才能が無いんじゃないか?」

「うーん。でも理子りこ、その友達によると、歌はけっこううまいらしいよ」

 私たちはお葬式のあわただしい準備を横目に、そんなのんきな話をしていた。

 薄情かもしれないけれど、お祖父じいちゃんが死んだことにそれほど悲しみは感じない。

 お祖父ちゃんはここ七、八年ほど、ずっと介護付き老人ホームで寝たきりの状態で、いつ死んでもおかしくないような様子だったのだ。

 お母さんなんかは、今朝、お祖父ちゃんが死んだことをホームの職員さんからの電話で知って、ホッとした顔になってつぶやいていたのだ。

(これで、やっとお祖父ちゃんも楽になれるわ。今頃、お祖母ちゃんのところに行っているでしょうね)

 享年、九十八歳。白寿に一年足らなかったのが残念だけれど、日本人男性の平均寿命が七十九ぐらいだから、充分生きたよね。私も悲しいっていうより、お祖父ちゃんの往生を祝福してあげたい気持ち。死んで良かったね、なんて言っちゃいけないけれどさ。

「まぁ、それでな、その李賀が死んだとき、天帝のもとへ招かれたらしい。そこが天帝のたてた白玉楼で、天井は光りかがやく玉で埋められていたんだってさ。そこから、詩人、もしくは書家、作家は死ぬと白玉楼へ行くと言われ、作家や書家が死ぬと〝白玉楼中の人となる〟っていうらしい」

 功はいばりちらして言う。昔からだけど、けっこう口が悪いのだ。

「へえ」

 私は一応、感心した顔をしてやった。

 でも、そう言えば、新聞のちいさな記事かコラムで、有名作家が亡くなったとき、「彼は白玉楼中の人となった」とか、なんとか書いてあったのを今思い出した。そうか、そういう意味があったのか。そう納得しつつも、ちょっと気になったことを訊いてみた。

「でも、それって、変じゃない?」

「何が?」

 功があらたにお饅頭をひとつぱくりと口にし、怪訝そうに訊く。

 お饅頭を噛みかけのままの姿はひどく子どもっぽくて、二つ年上なのに、可愛い、なんてつい思ってしまう。

「だって、死んでからその白玉楼ってところへ行ったんでしょ、その李賀さんていう詩人さんは。死んでから経験した……というか、霊魂が体験したことを、どうして他の人が知ってるの? そうやって言い伝えられたってことは、その話を聞いた人がいるんでしょ?」

「えーと、それは」

 功はこまった顔になる。すこしだけ茶色に染めた前髪のしたで目を困惑にひそめる表情は、昔の映画『タイタニック』で見た若いときのレオナルド・ディカプリオみたいで、私はけっこう気に入っている。それを親友の理子に言うと、「痘痕あばたもえくぼね」って笑われたけれど。  

「うーん。それは……、そこらへんの事情はくわしく知らねぇけれど、もしかしたら、李賀は死んでからまた生きかえったのか、幽霊となって知り合いのところへ化けて出て話したのかも」

 なんてまぁ、いい加減。

「まぁ、つまりだな、だからおまえの祖父ちゃんは、きっと白玉楼へ招かれているぞ、今頃」

 お祖父ちゃんは書道家で身体を悪くするまでは、この家で近所の子どもたちにお習字を教えていたのだ。

 私も小学二、三年生ぐらいまでは教えてもらっていて、そこへ功も来ていたけれど、功は習字の練習よりも、もっぱら遊んでばかりいて、いっつも私にからんでくるので、お祖父ちゃんには私がいっしょにふざけているように見えたらしく、私までいっしょに叱られることもよくあった。

「そういえば、功のせいで私までお祖父ちゃんに怒られたんだよね。二人で廊下に座っていろ、とかって」

 私は横目で睨んでやった。

「あれ、そんな事、あったけ?」

 思い出すと、ちょっと腹がたつ。

「あったわよ。なのに、あんたは一人でコンビニへお菓子買いに行っちゃったわね。私だけ縁側で正座していたのよ」

 功はちょっと決まりわるげに唇を噛む。

「なんだよ、お前だって、俺の買ってきてやったガム食べたじゃないか」

 そうだ。本当は反省して正座してなきゃいけないのに、中庭の青紫の紫陽花のそばで、二人でガムを噛んでいたのだ。ガムの味は苺味だったかな? 梅雨の合い間の、よく晴れた土曜の午後だった。おかげで私は、今みたいに庭に紫陽花が咲いているのを見ると、口のなかにほんのり苺の味を思い出す。

「あんたが、私を悪の道に引きずりこんだんじゃない?」

 そのときの事を思い出したせいで、私は頬が熱くなってきた。

「何言ってんだよ。だったら、ガム食わなきゃいいだろう?」

「やだ、髪、ひっぱらないでよね!」

 ポニーテールの先をひっぱられた私は、功をまた睨みつけてやった。功は幼児のように唇を突き出す。その顔がおもしろくて、笑ってしまう。

 私から見たら功はいつもやんちゃで面白いことばかり言ってる、年上だけれどちょっとお馬鹿な男子という印象だった。だから、その功が都内有数の進学校を受験して、みごと受かったと聞いたときは驚いた。

 正直、今でも不思議な気持ち。だって、功の受かった高校って、うちの地元の中学からは上位三人までしか受験できなくて、それで受かったのが功一人だけ。人は見かけによらないってことを、私は中学一年生でつくづく思い知らされたのだ。

 ちなみその後私は電車で四十分ほどのところにある私立の女子高に入学したけれど、レベルで言うなら、とても功の高校にはおよばない。おなじ中学からいっしょに進学した理子には「今から唾つけておきなさいよ」なんて言われたけれど、どうやってつけるのよ? そう言うと理子は悪戯っぽく笑った。

(千夏はけっこう可愛いんだから、その気になったら絶対だいじょうぶだって)

 私は理子の台詞を思いだして、やや気恥ずかしい気持ちになってうつむいた。

「まあね。お祖父ちゃんは一応書道家だからね」

 私の言葉に、功はちゃぶ台のうえの湯飲みにのばした手を止めた。

「あれ、おまえ知らねぇの? 菅野先生は書道だけじゃなくて、小説なんかも書いていたんだぜ。うちの祖父ちゃんが言ってた」

 功のお祖父ちゃんは、うちのお祖父ちゃんより二十歳ちかく若くて、今でもご健在だ。最近、さすがに体調がすぐれなくて、あまり外に出ないって聞いたけれど。

「え? そうなの?」

 それは初耳だった。お祖父ちゃんて、小説なんかも書いていたの?

「ん。若いころの話らしいけれどな」

「全然知らなかった。どんなもん書いていたの? ミステリーとか?」

 小説といえば、まず推理小説のたぐいを思い出す私に、功は首をひねった。

「いやぁ、なんか、そういうもんじゃねぇみたい。時代が時代だし。なんか、向こうでの経験を文書にしたみたいなやつらしい」

「え? 向こうって?」

 意味がわからずとまどう私に、功は長い眉をつりあげた。

「あれ? おまえ、知らねぇの? 菅野先生は、若いころ中国に住んでいたんだぜ。俺の祖父ちゃんとも一緒に」

 私は本当にびっくりした。

「ええ? そうだったんだぁ」

 功のお祖父ちゃんが、うちのお祖父ちゃんの経営する会社で働いていたっていうのは知っていたけれど。

「びっくり。全然知らなかったぁ。中国のどこ、どこ?」

「上海。おまえ、本当に知らないんだなぁ」

「お祖父ちゃん、あんまり自分のこと話さないから」

 お祖父ちゃんは無口な方で、自分のことは孫の私にもあんまり話したことがない。多分、一人娘のお母さんにだって話したことないと思う。

 お祖父ちゃんと、私が小さいときに亡くなったお祖母ちゃんとのあいだには、お母さんの他にもう一人、友行ともゆきさんという息子がいて、私の叔父さんになるんだけれど、この人は気の毒なことに三十歳にもなる前に病気で亡くなってしまって、私はほとんど覚えていない。

 叔父さんが亡くなってから、お祖父ちゃんはすっかり元気が無くなってしまったと、お母さんはいつか嘆いていたことがある。

 お祖父ちゃんは、もっと若いころは、とても活動的な人だったそうだけれど、私の覚えているお祖父ちゃんは、いつも家の書斎にこもって本を読んだり習字をしたり、ときどきお仏壇のまえに座って、お祖母ちゃんや、叔父さんのためにお線香をたてている後ろ姿だけだ。お祖父ちゃんといえば、墨の香か、お線香の香につつまれている陰気そうな後ろ姿しか私のなかには残っていない。

「あのお祖父ちゃんが、若いころ中国行っていたなんて……。そのころって、もしかして、戦争中?」

「戦争の話はあまり聞いたことないけど。うちの祖父ちゃんは、丁稚みたいなもんで、ただ言われるままにそこで菅野先生の世話役みたいな事していたらしいから。本人も言ってたんだ。当時の情勢とか国際問題なんて、今思うと不思議だけれど、あまり興味なかったって。ただ、周囲の日本人や中国人がいつもばたばたして、何か言っていたのを、ぼんやり見ていたぐらいだって」

 そんな話ですら、私にはちょっと驚きだった。

「お祖父ちゃんたち、戦争を経験したのかな?」

 歴史にくわしいわけじゃないけれど、当時の中国に日本人がいたら、相当危ないんじゃないだろうか。

「あまり経験してないんじゃないかな? 上海は比較的安全だったみたいだし、そもそも、戦争で行ってたわけじゃなくて、勉強のために行ってたんだし」

「そうなの?」

 功は首を縦にふった。

「菅野先生は、若いころは中国の文化とか文学を勉強していて、学者になりたかったんだってさ。けれど、長男だったから会社を継がなきゃならなくて断念したんだそうだ。それでも、どうしても諦めきれなくて、将来は会社を継ぐことを親父さん、つまり、おまえのひい祖父ちゃんに約束して、大学卒業後、二年だけっていう約束で遊学したんだってさ」

 お祖父ちゃんは、そんなことは一言も話してくれなかった。たしかに、うちは、ひいお祖父ちゃんのころからけっこう大きな印刷会社を経営していて、戦時中や戦後は大変だったっていう話は、親戚があつまるお盆のときなんかに聞いたけれど、それ以外の話なんて何も聞いたことがない。

 功は自分のお祖父ちゃんから聞いたんだろうけれど、私以上にうちのお祖父ちゃんの事情を知っているのかと思うと変な気持ち。

「それでさ……」

 功の目が面白そうに光る。悪戯を考えだした悪ガキそのものの目だ。

「そこでさ、菅野先生、思いもよらずいいロマンスを経験したんだぜ」

「ロマンスって、何?」

 私は眉をひそめていた。お祖父ちゃんにロマンスなんて言葉、まるで似合わない。

 私のお祖父ちゃんに関する記憶は、お習字を教えてもらったり、功といっしょに叱られたりしたころが最後で、それからは入院したり、退院したりで、死ぬまでの数年間はずっとホームで寝たきりだったから、正直、私はそんなお祖父ちゃんを見るのが悲しくて、怖くて、冷たいようだけれど見舞いにもほとんど行かなかったぐらい。そのお祖父ちゃんにロマンスなんて、なんだかひどくそぐわない。

「へへへ。あのな、」

 笑う功の顔は、小学校時代、女の子のスカートをめくっていた馬鹿な男子を思い出させて、私はちょっと厭な気分になった。苺の香がかすんでいく。

「菅野先生、そこで好きな人ができたんだぜ」

 一瞬、私は無表情になってしまった。

「嘘ぉ……」

「ほんと。相手はな、中国人」

「嘘でしょう」

 お祖父ちゃんに好きな人がいた。お祖母ちゃんとは別の人。しかも、外国の人。

 やや衝撃だ。

 でも、自分でもちょっと不思議になった。どうして衝撃なんだろう?

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