四十四箇所目 静岡県立美術館 静岡市

 美術館や博物館の企画展、特別展というのは、行こうと思い立った時に行かないと、そのまま時が流れ去って行きそびれてしまいがちです。

 昨年の秋、その危機を回避すべく、重い腰を上げました。

 訪問先は、静岡県立美術館、そして「めがねと旅する美術展」。

 この展覧会は、トリメガ研究所というメガネのよく似合う三人のメガネ好き!? 学芸員さんたちのユニットによる企画です。


 では、日程を調整して、いざ静岡へ。


 まずは、あやかし和菓子物語の追加資料を集めに、物語の舞台三島へ。

 三嶋大社、三島楽寿園の菊祭、三嶋暦師の館とまわってから静岡へ。

 予定を詰め過ぎの感もありましたが、なんとか友と約束の時間に静岡駅に降り立つことができました。


 駅ビルのパルシェから地下街へ出て、ひとしきり友と語り合いながら地下道を歩いていき、松坂屋の地下食品売場を抜けて地上に出て新静岡センターを横ぎり、静鉄新静岡駅に到着。

 正式名称静岡鉄道清水線の改札を抜けると、出迎えてくれたのは『ちびまる子ちゃん』。

 故さくらももこ氏を偲びつつ、まる子ちゃんとたまちゃんの顔出しパネルを撮影し、友に急かされて電車に乗り込みました。


 美術館の最寄駅は静鉄の県立美術館前駅。

 友と並んで腰かけて、またひとしきり、おしゃべりです。


 県立美術館前駅で降りると、掲示ボードには、近隣の美術館博物館コンサート会場のポスターが一面に貼ってありました。

 静岡市立芹沢銈介美術館の彼が収集した世界の仮面と衣装のポスターが印象的で、時間があれば立ち寄りたかったです。


 駅からバスで美術館まで行くこともできますが、おしゃべりしながら彫刻プロムナードを歩いていくのもおすすめです。

 最も、上りは少々たいへんかもしれませんので、行きはバス、帰りは歩きがいいかもしれません。


 プロムナードへ至る途中に、静岡ならではのお茶にちなんだものがあります。

 それは、甘みとふくよかな香りの「やぶきた茶」の原樹です。

 「やぶきた」品種は、日本のお茶の約80%を占める品種だそうです。

 生みの親の杉山彦三郎氏が、原樹がやぶの北にあったことから命名しました。

 意外にシンプルな命名理由ですね。


 プロムナードを、友と四方山話をしながら、ゆっくりと上っていきました。

 思いの外、ゆるやかとはいえ長い坂道で、到着する頃には、いい運動になっていました。 

 そういえば、以前来た時も、最初のうちは、「秋の空気って気持ちいいねー」「歩くのにいい季節だよね」と言い合っていたのに、なかなか美術館に到達しないので、「長いねー」「着くまでに疲れちゃうねー」などと、息をきらしていたのを思い出しました。


 正午をまわっていたので、到着後、まずはランチをとることにしました。

 ミュージアムレストラン「Rodin*TERRACE」


 そう、ロダン。


 静岡県立美術館の大きな特色が、ロダンコレクションです。


 静岡県立美術館は、県議会100年記念事業の一環として設立され、1986年4月に、開館しました。

 17世紀以降の世界の風景画を収集することを目的とし、常設展、収蔵品展、さまざまな企画展が開催されてきました。

 1994年3月には、新館として「地獄の門」をはじめとしたロダン作品に特化したロダン館がオープンしました。

 エントランスホールにロダンのカレーの市民を設置したところ、フランス国立ロダン美術館と友好関係を築くことができました。


 ロダンとの関係をお話している間に、ランチメニューがやってきました。

 美味しいうちに、いただきます。


 友は、ころんと小さくて赤くて色鮮やかな静岡「あかでみトマト」とベーコンのトマトソース。 

 私は、オイル&ペペロンチーノゴロゴロ野菜と厚切りベーコンの抹茶ジェノベーゼ。茶葉をバジルの代わりに使用した静岡スタイルのジェノベーゼです。

 茶葉ジェノベーゼは初めてです。

 茶どころ静岡を感じる一皿です。

 注文票と共にテーブルにちょこんと置かれたのは、「考える人」のミニチュアオブジェ。

 ペーパーウエイトの役割を、しっかり果たしてくれます。



「前に来た時は、パンを買って県立大学の芝生広場で食べたんだよね」

「そうそう、戸外でランチ。ちなみに、広場じゃなくて芝生園地ね。ピクニックみたいで楽しかった」

「おしゃれなパン屋さんだったよね、パン買ったとこ。イチジクのデニッシュとか、美味しかった」

「もうなくなっちゃったんだよね、あのパン屋さん」

「そうなんだ、残念」

「ほんと残念。美味しかったんだけどね。お店すぐ変わっちゃうんだよね」

「そうだね、どこもかしこも、いいお店って続かないよね」

「なんでだろうね、いいお店なのに」

「なんでだろうね」



 友とだらだら話していると、どんどん時間が過去に巻き戻されていくようです。

 だらだらしてるのが楽しかった時代を共有した友。

 旧友って、いいものです。



 食事を終えて、では、いよいよ見学です。



 トリメガ研究所の企画展は、今回で三回目です。

 一回目は、「ロボットと美術」2010年開催

 二回目は、「美少女の美術史」2014年開催

 三回目は、「めがねと旅する美術展」2018年開催

 と、なんともキャッチ―な時代性を捉えた面白いコンセプトで開催しています。

 いずれも、タイトルからして興味をひきます。


 展示物の詳細については、美術館及びとりメガ研究所のホームページでご覧になっていただければと思います。

 というだけでは何ですので、アンケートに答えていただいた絵葉書(「押絵ト旅スル男」絵/やぼみ+塚原重義)の裏面に記されている展覧会紹介文を引用しますね。



「めがね、それは見えないものを見るための、(2010年)、「美少女の美術史」展(2014年)を手がけた視覚文化研究チーム「トリメガ研究所」が、「視覚」をテーマに取り組む新しい展覧会。レンズ、だまし絵、遠近法、ジオラマ、顕微鏡、人工衛星……。彼らは何をうつし、私たちは何をみてきたのか?アートとテクノロジーがあぶりだす人間の夢と欲望の世界を、あなたも「のぞいて」みませんか?」



 さて、では、展覧会を体験しての感想を少々。

 多方面の多彩なクリエイターたちの作品が、観るだけでなく、触ったり、体感したりと、五感、六感までも刺激してくれる、ものの見方や、感じ方、果ては思考回路まで、転換させてくれる、とても興味深いものばかりでした。


 桑原弘明作のミニチュアスコープは、延々とのぞいてそのまま中の部屋の住人になりたくなる蠱惑的な作品でした。

 稲垣足穂のきらめき回転していく軽妙な眩惑世界を思わせます。


 江戸川乱歩の『押絵と旅する男』を原作とした塚原重義監督のアニメ『押絵ト旅スル男』も良かったです!

 小説という文字と言葉で紡がれた世界を、ぎゅっと凝縮されつつ動いていく映像という形で“見る”というのは、新鮮でした。

 かつての浅草のランドマーク浅草十二階こと凌雲閣も効果的印象的でした。

 ちなみに、美少女展の時のアニメーションは太宰治の『女生徒』です。

 

 図絵と呼ばれる風景画も、その大きさ、広さに、圧倒されました。


 画家それぞれの“目”が捉えた日本の風景、俯瞰した日本の形、地図的な絵、インターネットの切り取った全体像とは違った、全体像をどーんと捉えようとした画家の感覚の空恐ろしさに、ぞくぞくしました。


 そうした画家の中で印象的だったのは、大正から昭和期にかけて活躍した吉田初三郎の俯瞰図。

 実際にその図絵の前に立った時、まずは、まん中に立って全体を眺め渡し、次に、左端に、そして、右端に、と、行ったり来たりして、すっかりあやしい人のようでした。



 余談ですが、この展覧会では、触れる作品ごとに、その人の持つ“あやしさ”が抽出されて、表出されるような仕掛けがあるように思いました。



 もう一人、日本の洋風画家の草分けと言われいている画家、司馬江漢。

 彼の描いた江戸時代の駿河湾越しの富士山には、近代物質のないだだっ広いだけの自然の向こうの霊峰という何か永遠に変わらない“核”のようなものを感じました。

 

 司馬江漢の作品には、印刷美術館の「天文学と印刷展」で再び邂逅しました。

 日輪真形(太陽真形)の図、天球図表、デザインといい色彩といい素晴らしいです!


 VR体験や、自分がオブジェの一部になれるコーナー、手持ち柄付きのリペット眼鏡、鼻あて眼鏡、頭痛押え眼鏡、鼻にはさむパンスヌ、貴婦人用の長い柄の手持ち眼鏡ローネット、明治20年代初め頃に普及していた青眼鏡など、実物の眼鏡の変遷も展示されていました。


 展覧会の図録を求めました。

 図版も多く文学における視覚性などのコラムもあり、読み応え見応えがありました。



 物珍しさ、面白さ、楽しさ、美しさ、その多彩さ。

 絵画、イラスト、彫刻、オブジェ、動画、体験スポット。

 メジャー感、マイナー感、すべてごたまぜで、それが相乗効果となって展開されていくのを体感できる展示物。

 半日では時間が足りなかったです。

 滞在時間をたっぷりとりたい、再訪、再々訪したくなる展覧会でした。



 さて、こうした展覧会もですが、創作物というのは、受け取り手の意識や感受性がとても重要なのだなと思いました。

 受け取り手の意識、感受性によって、創作物からどれだけのものを得られるのかは、まるで違ってきます。

 それでも、まるで興味のない人がその創作物に触れた時に、何らかの感触を得られるようなものを提供できるというのは、創作者の力なのだと思います。

 興味のない人を、まず、入口に連れてくる。

 そして、好き嫌いなんでもいいので、「感じ」を得てもらう。

 人に動いてもらう、自分のところに来てもらうのって、Web小説サイトでも大変さを感じています。



 力が欲しいなー、創作の根源に触れる力、それを形にできる力が!



 再び電車に揺られて静岡駅に着く頃には、辺りは真っ暗になっていました。

 友とのおしゃべりは尽きず、静岡駅北口地下広場通称ちずチカ内の日本茶カフェ「喫茶 一茶」で“お茶する”ことに。

 上生菓子付き急須出し静岡茶を頼んで、友と尽きることのないおしゃべり、です。

 静岡って、本当に、お茶するんです。

 急須抱えて。

 お茶が日常だったんだな、と、しみじみ……

 

 美術館のある草薙の辺りは、車でまわると隠れ家的なカフェやケーキの美味しいお店に行けるおしゃれな界隈とのこと。


 今度は外カフェも楽しみたいね、と、友と次の約束をして静岡を後にしました。


 



<静岡県立美術館 静岡>

最寄駅 静岡鉄道清水線「県立美術館前」駅


静岡県立美術館のホームページで詳細をご覧いただけます。

http://spmoa.shizuoka.shizuoka.jp/

トリメガ研究所のホームページで展覧会の詳細をご覧いただけます。

http://torimega.com/megane/torimega/



<今日買った本>

『ねがねと旅する美術 見えないものを見るための、世界ののぞき窓』

めがねと旅する美術展実行委員会編

  川西由里(島根県立石見美術館)

 工藤健志(青森県立美術館)

 村上敬 (静岡県立美術館)

青幻舎刊


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