三十七箇所目 神奈川近代文学館 横浜


 横浜、港の見える丘公園。


 ここがこんなに花が多いとは思いもよりませんでした。


 みなとみらい線ができる前は、JR根岸線の石川町で降りて、元町をぶらぶら通り抜けて、坂の上のこの公園へ歩いていったものです。


 そんなことを思いながら、公園の手間の交差点で、左手にマリンタワー、山下公園はあちら方だなと眺めながら横断歩道を渡って、港の見える丘公園へ。


 ここがこんなに花が多いとは思いもよりませんでした。


 展望台へと続く道の右手に咲き乱れる色とりどりの花々……春の盛りは過ぎていましたがまだところどころ残っている薔薇、華やかな丈の高い白百合、紫陽花のこんもりとした茂み、夏のきざしのラベンダーやダリア、アーティチョークは巨大なアザミのように咲き、重そうに顔をもたげています。


 以前訪れた時の記憶には、薔薇の美しさは刻まれています。

 けれど、薔薇の季節を少し過ぎたこの時期に、この公園で花園に出会えるとは、うれしい誤算です。


 聞けば、この花園が整備されたのは、最近とのこと。

 

 花を楽しむのは後ほどゆっくりと、と思い、まずは、ベイ・ブリッジへ挨拶に展望台へ。


 港は、海と陸の出会う場所。

 横浜の港は、日本が世界に心を開いた、歴史を育んできた場所。


 展望台から一望。


 眼下に広がる港、そして、ベイブリッジの威容。


 ベイブリッジを通る時と眺める時では、横浜の街の感じ方が違うように思います。


 ただ、いずれにしても、ヨコハマは、港という間口の広い、人の手で開かれ招き入れ、人の営みで育まれてきた土地なのだなと、そのにぎわいに思い至ります。


 開国、そして、上陸してきたのは遠い異国の人、文物、文化、異国の人それぞれのもっている歴史、背景。

 それらすべてが、横浜の地に根付き、街になじみ、異国情緒を醸成してきたのが、そこここに感じられます。


 ベイ・ブリッジに挨拶を済ませたら、噴水のある庭を通り抜けて、黒猫がすまし顔で門番をしている大佛次郎記念館の前を横切り、左手に薔薇越しのベイブリッジをもう一度眺めて、霧笛橋を渡って文学館へ。



 神奈川近代文学館は、神奈川県が設立し、公益財団法人神奈川文学振興会が管理、運営しています。

 常設展や企画展の開催される展示館と、資料の閲覧室のある本館があります。

 

 では、展示を見て行きましょう。


 入り口を入り、受付を済ませて、案内に従って右側の展示室へ。


 展示室へとつながるエントランスは、ゆったりとしていて、ハイビジョン「神奈川 文学の風景を歩く」、マルチビジョン「神奈川の風景1994」が上映されています。


 エントランスには、来館記念スタンプが三種類ありました。

 文学館の外観、エントランス部分が描かれた長四角のスタンプ、本とカモメがデザイン化された丸いスタンプ、漱石山房の刻印篆刻のスタンプ。

 しっかり三つ押して、第一展示室へ。


 ――資料保存のために、展示室の照明は暗めです――


 第1展示室では、まず、夏目漱石が名作を生みだした早稲田南町の漱石山房の再現書斎と、館蔵の夏目漱石コレクションの一部が紹介されています。


 山手・関内文学散歩地図模型では、桜木町から山手にかけての文学ゆかりの事柄がランプで表示されます。


 第一展示室の壁面に沿って、常設展1として「神奈川の風光と文学」と銘打たれた展示が展開されます。

 横浜、川崎、県央・県西、鎌倉、三浦・湘南、鎌倉の5つの地域ごとにそれぞれの土地のゆかりの作品が紹介されています。


 第2・第3展示室は、特別展開催時はテーマにそった展示がされ、普段は常設展2として、神奈川にゆかりのある作家を3部門に分けて構成し、各会期ごとに1部ずつ展示されています。

 3部門の内容ですが、第1部が夏目漱石から萩原朔太郎まで、第2部が芥川龍之介から中島敦まで、第3部が太宰治、三島由紀夫から現代までとなっています。


 今回訪れた時は、横浜フランス月間にちなんでの企画展「生誕150年記念 詩人大使ポール・クローデルと日本展」が開催されていました。


 彫刻家の姉カミーユ・クローデルの影響で、日本に興味を持つようになったポール・クローデルは、大正十年に駐日大使として横浜へやって来ました。

 駐日大使としての彼の大きな功績は、関西日仏学館開設に寄与したことです。


 ポールは、能や歌舞伎といった日本の古典芸能に影響を受け、代表作の戯曲『繻子の靴』を書き上げ、エッセイ『朝日の中の黒い鳥』では、『古事記』『日本書紀』『枕草子』『徒然草』にも言及しています。


 このエッセイで特筆すべきなのは、関東大震災の震災の記録です。

「炎の街を横切って」では、被災した横浜の様子が、目の前の事象そのものだけの記録ではなく、実際その場にいた大使であるとともに詩人である彼の目を通して記録されることによって、その言葉から震災の悲惨さ、恐ろしさ、嘆きがはっきりと伝わってきます。


 文学館などの施設での教育活動としては、楽しみながら学ぶツール、展示物に関するクイズのワークシートがこちらの文学館にはありました。

 

 展示内容の理解を深めるために、取り組んでみました。

 質問は、展示物をじっくり見ていけば、きちんと回答できるようになっています。

 普通に流れに沿って見ただけでは、意外に記憶に残っていなかったりするので、このワークシートはやってみてよかったです。


 もちろん、ゆっくり眺めて楽しむのもいいものです。


 人通り見学し終えてから、ミュージアムショップへ。

 こちらでは、フランス語・フランス文化専門の雑誌『ふらんす 6 juin 2018 特集:生誕150年ポール・クローデルと日本』を求めました。


 今まで、フランスのクローデルといえば、映画化もされている悲劇的な人生をおくったカミーユ・クローデルをまず思い浮かべていたのですが、展覧会を見て、ポールの日本文化、文学への傾倒に親密さを感じ、カミーユとともにポールもクローデルの印象に連なったのです。



 文学館を出て、ひと休みしたく思い、大佛次郎記念館併設のカフェ霧笛へ。

 ネコ、ねこ、猫。

 大佛次郎が愛した猫。


 ここは、たくさんのネコグッズが出迎えてくるカフェです。

 港の見える窓際に案内されて、座りました。


 湿気の多い午後には、コーヒーが欲しくなります。

 これが、陽射しのある日であれば、きっと、ソーダやスカッシュ。

 チーズケーキがおすすめときいていたので、コーヒーとチーズケーキを味わいました。


 帰り道は、イングリッシュローズの庭を抜けて。

 もう二週間ほど早ければ、満開の薔薇を楽しめたことでしょう。

 薔薇の代わりに、背の高い白百合が芳しく咲き誇っていました。


 薔薇の名残り、紫陽花の七変化、百合の誘い。

 初夏から夏への移り変わりを捉えた庭。



 遠く海を渡って、大正から昭和初期の日本を見聞し、日本文化に親しみ、記録を残した詩人大使ポール。

 抗いもがき溺れ尽きた、才ある彫刻家の姉カミーユから感化され、ジャポニスムに心惹かれたポール。



 潮風になぶられることはさほど気にかけないのか、鮮やかに咲き誇る花たち。

 ベンチに腰掛けて、花と港と船と橋を眺めながら過ぎていく午後。


 待ってるよ、と呼びかける霧笛に、秋薔薇の頃にまた来るね、とつぶやくように答えて、ハマからマチへと舵をとりました。


 





<神奈川近代文学館>


最寄駅 東急東横線直通・みなとみらい線「元町・中華街」駅他

神奈川近代文学館のホームページで詳細をご覧いただけます。



<今日買った本>


『ふらんす 6 juin 2018 特集:生誕150年ポール・クローデルと日本』

鈴木美登里編集

白水社発行

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