三十六箇所目 三嶋大社宝物館「あやかし冥菓見本帖」資料探索篇 其の二 静岡県三島


 では、本殿で参拝を済ませて、境内を散策しましょう。


 三嶋大社は、鎌倉幕府源頼朝が崇敬した神社です。


 境内にも、頼朝ゆかりの場所があります。


 面白いのは、神馬を祀ってある神馬舎の横にある腰掛石です。



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「流鏑馬の射手は、みなさん凛々しい顔立ちでかっこいいのよね。スキー場効果?みたいな?」


 美美がそう言うと、その言葉をひきとるように井桁が声を発した。


「そうだな、流鏑馬、カッコよかったぜ、な、政子さん」

「え?政子さんって?」


 美美は、井桁がするっと美美の脇から神馬舎の右脇に流れたのを見た。

 そこには、石が二つ並んでいた。


 石の後ろの木札には、腰掛石とあり、その由来が記されていた。

 由来によると、源夫妻が、平家討伐源氏再興祈願で参詣にきた時に、この石で休憩をしたのだという。


 大きい方が頼朝で、小さい方が政子のだと伝わっている。


 その小さい方に、神社の境内には似つかわしくない、尼僧姿の女性が腰かけていた。 


<第三十話 政子さんと朱紅の乙女心>より

https://kakuyomu.jp/my/works/1177354054884556736/episodes/1177354054884967066



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 頼朝が座った方のは、まあ、そうなのかもなと思えますが、政子さんの方の石は、あまりにちんまりしていて、なんだかとってつけたようなのが気になります。 

 二つ並べて置くことで、政子さんが頼朝ラブだったのを強調したかったのかもしれません。


 うかうかしてると見逃しそうな石の椅子を眺めてから、この物語の影の!?ヒロイン緑珠姫が宿る天然記念物指定の金木犀を見に行きましょう。


 九月頃であれば、二里は香るといわれる馥郁たる金木犀の香りを楽しめたのですが、今回はそれはかなわず深まる秋の菊祭の頃の訪問でした。


 実はこの「緑珠」という名前は、ちゃんと金木犀と関係があります。


 金木犀、桂花は、花が散りやすく、そのことから、散りやすいもの、はかないものの象徴とされていました。

 中国晋代の政治家で大富豪の愛妾だった緑珠は、主人に緑珠を所望した政敵の手にかかるのを良しとせず、主人に操をたてて高殿から身投げをします。

 その悲劇的な最後の様子が、はらはらと舞い散る金木犀の花びらのような、はかなさであったと、人々の涙を誘ったとのことです。


 言い伝えでは、はかない悲劇の美女ですが、この物語では、わがままいっぱいの愛らしい幼姫として、緑珠姫は登場します。



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 少女は、立派な角をした牡鹿おじかの背に、横すわりに腰かけていた。


 年の頃は、5、6歳だろうか。


 せいいっぱい大人ぶっているのか、うず高く結い上げた髪には、黄金色の金木犀の花簪はなかんざしがゆらゆら揺れて、うなじにかかるおくれ毛はほわほと、子鹿の産毛うぶげのような愛らしさを見せていた。


 身にまとっているのは、四弁の小花が全体に散らされた艶やかな友禅の振袖で、ところどころに金糸銀糸で仮名手かなでの和歌が刺繍されている。


 少女が身じろぎするたびに、振袖の下に見え隠れする牡鹿の背に据えられたくらは、漆塗りに螺鈿らでんで金木犀の咲きこぼれる様子が施されていた。


 とりあえず、少女が乗っている鹿は、明神さまの神鹿苑しんろくえんの神鹿であろうことは推察できた。


 神鹿苑には、奈良の春日大社から大正時代にやってきた鹿たちがいる。

 その鹿の中には、実は、春日山の薬草を食べて不老不死になった神鹿が混じっているという噂があった。いつまでも精悍なその牡鹿の角を削った粉を飲むと若返るとまことしやかに囁かれていた。


 さて、少女の乗っている牡鹿のくびに付けられた手綱たづなは五色の絹紐で、それを握る手は、柔くぷっくりとしていて、爪は桜貝のようだった。


 幼いながらもどこぞのお姫さまといった風情だ。



<第九話 月の香りの幼姫と恋のまじない菓子>より

https://kakuyomu.jp/my/works/1177354054884556736/episodes/1177354054884647048



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 緑珠姫は、思いのほかよく動いてくれて、愛らしさをふりまいて物語をひっぱっていってくれました。


 さて、緑珠姫の乗騎は、神鹿です。


 ここ、三嶋大社には、奈良の春日大社からおくられた神鹿たちの住まう神鹿園があるのです。

 宝物館の裏手に広がる、ゆったりとした広場が、神鹿園です。

 ぼんやり見物していると、柵からカバンや洋服をくわえられてひっぱられますので、注意が必要です。

 神のお遣いにしては、いたずら好きなのです、彼らは。


 おや、社務所に、見覚えのあるツインシニョンが。

 あれは、雛まつりに遊びに来た、大陸の桃源郷の桃花姉妹の妹君、碧桃花のようです。



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「やばっ、かぶってる」


 井桁は、緑珠姫りょくじゅひめ碧桃花へきとうかを見比べて思わず声が出た。

 二人とも、多少形は違えども、ツインシニョンだったのだ。


「どうしたの、井桁」


 碧桃花は、小首をかしげて井桁を見つめた。


「いや、花のかぶりもの、どうしたのかな、って思ってさ」


 井桁は、さりげなく話題を変えようとした。


「ああ、あれは、美美さんに預けてきたわ。テーブルの中心に置くお花の代わりにしてもらってもいいので」


 碧桃花は目立たないようにと、わざわざ花冠をとってまとめ髪のお団子をツインシニョンにしたのだ。

 緑珠姫は、大抵アップにして盛り髪にしているので、姫より派手にならなうよう、かぶらないようにとの配慮からだった。

 ところが、見事にそれが仇となってしまったのだった。


 井桁は、こちらには気付かずに、髪飾りを直したり、手鏡をにらめっこしている緑珠姫の姿を見て碧桃花は金木犀の大樹の横にある解説の立て看板の影に碧桃花をとどめた。


「そのケープマント、フード付いてたよな、それ、ちょっとかぶってみ」

「こう、かな」


 井桁に言われるままに碧桃花はフードをかぶった。

 とりあえず、ツインシニョンの猫耳は隠された。


「お、似合うじゃん、フードかぶると謎の少女っぽいし」

「そういう風に見えるのって、今、必要なの?」


 碧桃花が不審そうに言った。


<番外編 雛まつり姫まつり 七>より

https://kakuyomu.jp/my/works/1177354054884556736/episodes/1177354054885559132



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 そういえば、井桁といっしょに緑珠姫を迎えに来た時に、碧桃花、巫女に興味津々でした。

 巫女の衣装も、なかなか似合っています。


 おや、門前和菓子屋の法被を着て、ねじり鉢巻きをして、岡持ちをしょってぴょこぴょこやってきたのは、月うさぎの玉兎です。


 宝物館のわきで遊んでいる親子連れに、明神さまの草もちを渡しています。

 子どもに頭を撫でられて、にこっと笑って、あ、子ども泣いちゃいました。

 自分と同じくらい大きなうさぎが、にやりとしたら、それは、こわいですよね。

 玉兎、おろおろしてます。


 碧桃花が気がついて、社務所から出てきました。

 かわいい巫女さんに、ハンカチで涙をふいてもらって、子どもはしゃくりあげながらも、泣き止んだみたいです。

 


 では、今一度宝物館へ立ち寄りましょう。


 話の種としては、地元の教育委員会が編纂している冊子が、案外面白かったりします。

 正確な情報が過不足なく掲載されている場合が多く、そこから、想像の翼を広げていくのも楽しいものです。


 『静岡県文化財ガイドブック――中世以降の史跡――』


 今回は、この一冊を求めました。



 さて、最後になりましたが、『あやかし冥菓見本帖』本を買いに行きました篇に、おつきあいいただきまして、ありがとうございました。


 「冥菓道」の修行をほとんど描ききれないまま、本編が終わってしまいましたのが何より心残りでありまして、折をみて、書き足すか書き直すか何かしたいと思っております。


 その折には、よろしかったら、また遊びにいらしていただきましたらうれしいです。


 心よりお待ちしております。




<三嶋大社宝物館>

最寄駅 JR東海道線 東海道新幹線 伊豆箱根鉄道駿豆線 各三島駅

三嶋大社のホームページで詳細をご覧いただけます。


<今日買った本>

『静岡県文化財ガイドブック――中世以降の史跡――』

静岡県教育委員会文化課編集

静岡県教育委員会発行





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