二十四箇所目 紅ミュージアム 南青山

 江戸時代、女性の顔を彩っていたのは、白、黒、赤の三つの色でした。

 

 白は白粉、黒はお歯黒、眉墨、赤は口紅、頬紅、目はじき(アイシャドウ)、爪紅の紅化粧。


 この三色のうち、紅は、流行を取り入れるのに欠かせない色でもありました。


 江戸時代後期、文化文政時代(1803~1833)頃に流行したのは、なんと、緑色の口紅だったとか。


 葉緑素でも混ぜたのかって?

 いいえ、そうではありません。


 これは、笹紅といって、良質な紅のことで、これを塗り重ねると、玉虫色に煌めく効果があったのだそうです。


 リップグロスの効果も兼ねての紅化粧。

 シャイニーリップは、さぞ蠱惑的だったことでしょう。


 さて、紅色は、赤い色が魔除けになるということから、人の一生を彩り守る色でもあります。


 帯祝いの腹帯には、安産祈願の「寿」「戌」の紅文字。

 誕生した赤ちゃんをくるむ湯上りの端を紅で染めた魔除け。

 お宮参りの赤ちゃんの額に紅で描く健康祈願の文字。

 雛祭り、七五三、婚礼などのお節供やお祝いには、紅化粧、赤い被布や打掛、紅白の祝い菓子。

 還暦の紅いちゃんちゃんこ。


 こんな「紅」の人生を知ったのは、とあるミュージアムでのことでした。


 では、人生を彩る「紅」と出会いに、出かけるといたしましょう。



 地下鉄表参道駅で降りて地上に出て、青山通りを渋谷方面に向かって歩いていきます。左手にスパイラルビルを見ながら、まだまだ進みます。右手にKINOKUNIYAが見えてきて、交差点に到達したら、左折します。

 骨董通りですね。

 そこを直進していきます。

 生け花の小原流会館を通り越して、岡本太郎記念館へ入っていく道も曲がらずにひたすら進んでいきます。

 やがて、根津美術館の裏門に出ますが、そこも通り越して、このまま行ったら西麻布かなと思ってると、着きました。


 伊勢半本店 べにミュージアム。


 紅ミュージアムは、文政八年(1825年)に江戸日本橋に紅屋として創業した伊勢半本店が、広く皆様に、紅の魅力を発信し、体験してもらうためにつくった「紅」に特化したミュージアムです。


 ミュージアムには、紅化粧に関する珍しいコレクションがあります。

 資料室では、「紅」の歴史と文化を知ることができます。

 コレクションは、常設展や企画展でお目見えします。


 例えば、代表的な紅コレクションとして、「紅板」があります。

 これは、携帯用の紅入れです。

 現代でいうところのリップパレットのことです。

 5cm四方の箱型や二つ折りの板状、円形、小判型、六角形などさまざまな形状で、素材も象牙、金属、木製、紙製、凝った装飾で、おしゃれ小物の趣です。


 また、サロンでは、特別な紅の笹紅・小町紅を、実際に水で溶いて、玉虫色の光沢の緑から、赤への変化を試すことができます。



 さて、訪れた時は、企画展「近代香粧品なぞらえ博覧会 舶来エッセンスと使った和製洋風美のつくりかた」が開催されていました。


 企画展の観覧料を支払うと、図録がついてきます。

 図録だけでも買うことができます。

 これがまた、薄手ながら、カラー写真満載の見応えのある資料集です。


 この図録によると、明治維新後の日本近代化は「視覚」と「嗅覚」から始まったとのことです。

 その考えに基づいて、明治の文明開化で急速に西洋化した日本人の暮らしの中の香粧品が紹介されています。


 明治時代、「嗅覚」の文明開化は、「スミレ」の香りが牽引しました。

 このスミレの香りは、ニオイスミレから抽出される天然香料ヴァイオレットの香水の香りです。

 とくに人気の香水会社ロジェ・ガレ社のものは、「ヴァイオレット懐中香水」として広まっていました。


 明治時代で、ロジェ・ガレ社といえば、ヘリオトロープの香水です。

 ヘリオトロープの香水といえば、夏目漱石の『三四郎』のストレイシープこと美禰子さんですね。

 大流行のスミレではなく、ヘリオトロープをヒロインにもってきたのには、この花の意味することが関わっているのかもしれません。

 ギリシア神話のヘリオトロープは、叶わぬ思いの相手に焦がれて、ひたすらにその人を追って顔を向けていく悲しい性の持ち主です。

 


 話は変わりますが。


 呉藍――この漢字は、色の名前です。

 さて、どんな色を表わしているのでしょうか。


 くれあい、と呼んで、呉の国、すなわち大陸からやってきた藍色のこと……違います。


 くれない、と呼んで、紅色、すなわち、赤系統の色……正解です!


 紅とは、紅花の花弁にほんの少し、1パーセントしか含まれていない赤色色素のことです。

 あざみのような花の形、オレンジ色のドライフラワーのような花の形。


 奈良時代には、韓紅――からくれないと呼ばれ、和歌の世界ではおなじみの言葉です。


 呉や韓の色だと言われながら、実は、紅花は、インドやエジプト,アザミ類の野生が多いアフリカのエチオピア、ナイル川流域 生まれだと言われています。

 4000年以上前のミイラのまとっていたのは紅花染の織物だったとか。


 つまり、その地域から大陸を通って、日本に伝わってきたのですね。


 今年の春は、紅化粧でお花見など、いかがでしょうか。

 



<紅ミュージアム> 

最寄駅 地下鉄千代田線・銀座線・半蔵門線「表参道」駅

関連ホームページで、詳細をご覧いただけます。



<今日買った本>

『近代香粧品なぞらえ博覧会――舶来エッセンスを使った和製洋風美のつくりかた――』パンフレット

伊勢半本店 紅ミュージアム 編集・発行 

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