十五箇所目 東京大学消費生活協同組合農学部店 文京区弥生

 大学というのは、卒業したら滅多なことでは行かないところだと思っていました。

 

 母校ならいざ知らず、そうでない大学であれば、なおのこと。


 いざ卒業してみて、その限りではないことは、みなさんもご存じではないでしょうか。


 サークル絡みで、事務手続きで、オープンキャンパスで、通信制の資格取得のスクーリングで、大学で開催されるシンポジウムやセミナーへの参加で、といった具合に、母校でも、母校以外でも、大学を訪れる機会は、思いの外あります。


 大学は学び舎ですので、その大学内での本の販売コーナーには、講義で使われる教授の著書や、学部関連書籍など、一般の書店では入手し難い本が、ぞろぞろ並んでいたりします。


 よーっく、眺めていますと、その分野の門外漢であっても、ちょっとおもしろそうだな、という本が見つかったりします。


 本を買いに行けるのです!


 さて、では、今日は、大学に本を買いに行きましょう。

 


 その日、今年は戌年だから、そうだ!彼らに会いに行こうと、思い立って出かけたのは、東大農学部、弥生キャンパスです。


 地下鉄南北線の東大前駅で降りて、地上に出るとすぐに、農学部正門、木曽ヒノキの荘重な農正門があります。


 門の右手の煉瓦塀には、「農正門」と記された、北海道演習林のイチイの木の銘板が、どーん、と掲げられています。


 守衛さんに軽く会釈して門を入ると、右手に農学資料館、そして、左手に、彼らが!


 「近代農業土木の祖」上野英三郎先生と飼い犬の忠犬ハチ公。


 手を差し伸べた先生のもとへ、うれしそうに駆け寄り飛びかかるハチの姿もいじらしい銅像が建っています。


「ここで会えたんだね、よかったね、ハチ」


 と声をかけると、北風の冷たさに涙目になった視界に、ハチのしっぽが、ぶんぶん振られたように映りました。


 振られたしっぽに目を奪われて、気が付けば、ハチが枯葉を踏みしだいて駆け回っています。


 かさかさと枯葉のすれる音、それから、はっはっはっ、と、走り回った後に舌を出しておすわりしているのか、流れてくる吐息のあたたかさ。


 涙目のレンズに浮かぶ忠犬ハチ。


 そばへ寄り、しゃがんで目線を合わせて、よしよしとハチの頭をなでようとしましたら、北風が一陣、枯葉を舞い上げ、ハチを連れていってしまいました。


 ハチがもどったのかと、銅像に目をやると、散策に訪れた老夫婦が、しみじみと語り合いながら、写真を撮ったり、傍らの碑文を仲良く辿っていました。

 


 ハチの思い出に触れたところで、農業資料館へ。



 農学資料館には、鎌倉末期に成った国産の牛の図説「国牛十図」や、ハチに関する展示がありました。



 館内に設置された木のベンチで休憩してから、本日の所用を済ませに外へ。


 違う専門分野の話をきいて脳が活性化したところでキャンパスを歩くうちに、午後の陽ざしは夕暮れに向けて薄れていき、寒くなってきました。


 暖をとるのにコーヒーを飲もうと、生協へと立ち寄ることに。


 農学部生協があるのは、東京都選定歴史的建造物に指定されている3号館です。

 農正門からまっすぐ正面に見えます。


 戦前に建設されたという風格と味わいのある館の地下に、生協はありました。

 入り口を入って突き当りが生協食堂、左手が購買部です。

 

 農学部ならではの本はないかなと、ハチ公グッズなどを横目に見ながら探していくと、ありました、本のコーナー。


 身近でない専門用語の並ぶタイトルはスルーして、あ、これなら写真がいっぱいで楽しそう、日本の生きもの好きにぴったりかな、といった本が目に入ってきました。


『“森たび”東京大学演習林の見どころ100』

 東京大学演習林出版局編集発行

 

 演習林は、大学教育や社会教育、森林を中心とした自然環境関連の研究のフィールドとして提供する目的で設置されたもので、東大の演習林は、千葉演習林、北海道演習林、秩父演習林、田無演習林、生態水文学研究所、富士癒しの森研究所、樹芸研究所、企画部・教育研究センターなど、全国に七箇所あるそうです。


 本書は各演習林が、豊富な写真とともに、現地での活動の様子も含めて紹介されています。


 千葉演習林の二ホンホンジカとヤマビル、北海道演習林のクマゲラ、秩父演習林のニホンカモシカなど、演習林に棲息している生きものも紹介されています。


 自然景観、名所旧跡、学術的施設など森の魅力に触れて人生をより豊かなものにしようという体験活動を、“森たび”というそうです。


 そんな“森たび”を推奨する本書では、演習林を利用するに当たっての情報が、見学時の注意点、アドバイス、見どころのカテゴリー、見学のしやすさ、おすすめの季節などともに、わかりやすく解説されています。


 森林歩きのポケットにしのばせておきたい一冊です。



 本を求め、コーヒーで暖をとってから、まだ春は遠いのかなと思いながら、3号館の脇を、言問通りを外にちらちら眺めながら、歩いていくと、ふいに、ピンク色のそよぎが見えました。


 農学生命科学図書館の入口の横に佇むしだれ梅。


 ここには、春の気配が訪れていました。




<東京大学消費生活協同組合農学部店>


最寄駅 地下鉄南北線「東大前」駅

    地下鉄千代田線「根津」駅

    地下鉄丸の内線「本郷三丁目」駅

    地下鉄大江戸線「本郷三丁目」駅


※関連ホームページで、詳細をご覧いただけます。


<今日買った本>


『“森たび”東京大学演習林の見どころ100』

 東京大学演習林出版局編集発行



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