十四箇所目 鬼子母神通りみちくさ市と絵本の店 目白界隈2


 山手線目白駅で降りて、右手へ。


 前回は学習院の手前で右折して坂を下っていきましたが、今回はそのまま直進します。

 

 学習院の敷地沿いに目白通りをてくてくと歩いていきますと、やがて都電荒川線の上にかかる橋が見えてきます。


 千登世橋。


 橋の手前に、海外絵本とカフェの店、Book & Cafe EHON HOUSEがあります。

 きれいな青色の縁取りが、すっきりと美しい佇まいの洋書の絵本屋さんです。

 英語、ドイツ語、フランス語etc

 原書の絵本が見たい時に、立ち寄ります。

 

 千登世橋を越えて、道路を横断して左側に移ります。

 それから、副都心線の雑司が谷駅の出入り口を見ながら今少し進んで行くと、左手に現れるのが鬼子母神通りの商店街の入り口です。


 ここで、古本マーケット、ミニ古本市、ミニ雑貨屋さんと、楽しい個人露店が並ぶ一般参加型フリーマーケット、鬼子母神通りみちくさ市が開催されます。


 このイベントは、早稲田、目白、雑司が谷界隈で本に関する仕事をしている人たちのグループ「わめぞ」が運営しています。


 一般書店では見かけなくなってしまった本を見つけることのできるのが、こうした古本絡みイベントのいいところです。


 日程によっては、鬼子母神通りを抜けて、都電荒川線を渡って、けやき並木を抜けて、鬼子母神や大鳥神社の境内で開催されているハンドメイドマーケットの手創り市や、旧高田小学校で開催される文房具好きさんたちのイベント「ブングテン」も楽しむことができます。


 ブングテンでは、出展者さんこだわりの面白い文具の展示や、紙巻鉛筆を作ったり、消しゴムはんこを作ったりする、文具ワークショップも体験できます。

 廃校になった小学校の校内を歩くのも、なつかしさが感じられます。


 雑司が谷界隈といえば、雑司が谷墓地や、椿山荘界隈なども散策スポットです。


 バスケットに這入っている沢山のサンドウィッチをつまみながら、たつとき珈琲で昼下がりの憩いなど。


 そうして、雑司が谷墓地で眠る作家さんたちと、読書会も楽しいですよ……!?


 さて、以前みちくさ市を訪れた時には、童話や手芸の本が豊富な露店本屋さんの前で、足を留めました。


 ここで購入したのはトルストイの『3びきのくま』(福音館書店刊)。


 たまたまその日、電車で読む用に持っていた司馬遼太郎の『街道をゆく15 北海道の諸道』に、トルストイに会ったという人物の話が載っていたので、なんとなくつながりを感じました。


 このトルストイに会った人物というのは、明治の文豪徳冨蘆花とくとみろかです。


 彼は、ロシアの文豪トルストイに影響を受けて、東京郊外の自然豊かな武蔵野に移り住み、農民の暮らしを実践しながら生涯を過ごしました。


 トルストイにどれくらい私淑していたかというと、現在と比べて海外旅行がたいへんだった明治という時代に、わざわざロシアに会いに行くくらい、です。

 

「睡眠不足の旅の疲れと、トルストイ翁に今会ひに行く昂奮とで熱病患者の様であつた彼の眼にも、花の空色は不思議に深い安息いこひを与へた。」


 この一文は、彼がロシアで目にした「碧色」の花、矢車草について記したものです。彼は、この花の良さは、「……外国の小麦畑の黄ばむだ小麦まじりに咲いたのが好い。」と、補色の黄色と青色の組み合わせの美を見出しています。


 彼は、ことのほか碧い花が気にいっていたようで、つゆ草に至っては、「つゆ草を花と思ふは誤りである。花では無い、あれは色に出た露の精である。姿脆く命短く色美しい其面影は、人の地に見る刹那の天の消息でなければならぬ。」と、この世ならぬ碧、天上の青、「碧色の草花として、つゆ草はすゐである。」と、誉めそやしています。

 

 植物を農産物のような実利的なものとして捉えずに、精神の養分になるようなものと捉えているところには、彼に沁みついている作家のロマンティシズムを感じます。


 旧居を含む一帯は、現在、蘆花恒春園という公園になっています。

 京王線蘆花公園駅で降りて、世田谷文学館を訪れた時に、足を伸ばすのがおすすめです。


 話をもどします。


 『3びきのくま』を子どもの頃に読んだ時は、くまたちのスープがどんなスープなのか、とても気になりました。

 今でも、です。

 多分、きのこのクリームスープでそばの実入りではないかなと想像しています。


 ロシアのスープとトルストイといえば、晩年のトルストイが記した『文読む月日』に氷のスープというのが出てきます。


 冷たいボルシチや、ライ麦の発泡飲料クヴァースの冷たいスープというのはロシア料理の本に載っていますが、氷を入れるとは書いてありませんでした。


 気になります。


 熱々に氷を入れるのか。

 凍らせてしゃりしゃりにするのか。

 食べたことのある方、いらっしゃいませんか?


 などと、くまのスープを思い描きながら、目白駅にもどります。


 もどる前に、旅猫雑貨店へ寄ってみるのもおすすめです。


 旅猫雑貨店は、和雑貨と古本という、素敵な組み合わせのお店です。


 あそびゴコロがたなゴコロにいっぱいのっかっているような、楽しいところです。



 さて、目白界隈には、絵本にまつわる感じのいいお店があります。

 

 駅前目白通り沿いに左手進んで行ってに、絵本の古本と木のおもちゃのお店貝の小鳥があります。


 立ち寄ったのは、ずいぶん昔なので、今は違う風景かもしれませんが、玄関先にディスプレイされた古書の上に、ちょこんと白い貝がらが置いてあったり、色紙の凝った切り絵がガラスに飾ってあったりと、絵本の居場所なんだなと思わせてくれました。


 店内の採光もほわりと温かくて、時を経た絵本をやさしく包んでいる、といった雰囲気がとても素敵です。じっくり棚を眺めているうちに、そのままそこに根を生やして、お店の一部になってしまえるような、物語のある絵本屋さんです。


 もう一軒、目白通りから右手に折れて徳川通りを直進して、西武池袋線を渡って、右左と折れたところにある「ブックギャラリー ポポタム」も、目白の本散歩には欠かせません。

 こちらは、お店の奥にギャラリーがあります。

 絵本だけでなく、個性豊かな小冊子やアートグッズなどのセレクトショップです。

 通りがかったら、ふと足を止めて、中に入りたくなるようなお店です。


 古いというだけで、見向きもされなくなってしまった絵本があります。

 昔出回ったけれども、今は絶版になっていたり、少部数で手に入れることのできなかった絵本があります。

 絵本の古本屋さんは、そうした絵本が、まだ読んでほしいという自らの役割を全うさせてくれる誰かとの出会いの場所なのかもしれません。

 


<鬼子母神通りみちくさ市 絵本のお店各種>

最寄駅 JR山手線「目白」駅

それぞれの関連ホームページで、詳細をご覧いただけます。


<今日買った本>

『さんびきのくま』

 トルストイぶん バスネツォフえ おがさわらとよきやく

 福音館書店


*作中の引用は下記の文献からの抜粋です。

『現代日本文學大系9 徳冨蘆花 木下尚江 集』「みみずのたはこと」筑摩書房

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