十二箇所目 我孫子市白樺文学館と手賀沼湖畔のブックカフェ 我孫子


 ここに一篇の詩があります。


「志賀と僕」


 志賀直哉と僕。


 僕は、武者小路実篤です。


 僕たち二人は、大正時代を代表する文芸活動白樺派の作家です。


 理想主義、人道主義を掲げ、僕たちは創作活動にいそしみました。


 僕は、我孫子あびこ手賀沼てがぬまのほとりに居を構えた志賀を追って、この地へ越してきたのです。


 二つ年上の志賀は、二つ年下の僕に、悩みごとを打ち明けてくれたりもしました。


 志賀は寂しがりやで、僕や、有島や、里見や、木下や、長与や、白樺の仲間たちが寄り集うのを喜んでいました。


 志賀には家族がいて、僕は家族を伴って、湖畔で暮らしていたのです。



 ………………



 さて、最初から妄想に彷徨ってしまったのは、冒頭にあげたタイトルの詩に感化されたからかもしれません。


 常磐線我孫子駅の南口を出て、バス道路沿いにしばらく歩いていくと、緑豊かな木立の向こうに、手賀沼が現れます。

 手賀沼沿いに沿って、西へ歩いていけば、我孫子市鳥の博物館へ辿りつきます。

 水辺の生きもの、そして、野鳥。

 我孫子は、自然豊かな土地です。


 我孫子の手賀沼の湖畔には、民藝運動家の父柳宗悦やなぎむねよし、イギリス出身の陶芸家バーナード・リーチを中心に、志賀直哉、武者小路実篤などの白樺派の文人たちが集い、理想を掲げ、文学を語り、芸術を語り、恋を語り、美しい友情を育んでいました。


 その若くて青い時代を、実篤は、なつかしむように詩っています。


「志賀直哉と二人

 向いあって

 腰かけに腰かけて話している

 ふと自分は昔のことを思い出した

 四十年前に

 自分達がまだ若かった時

 こうして話していたことがあった。

 当時は二人とも若かった

 希望に燃えて

 文学の話をしたり

 画の話をしたり

 未来の希望の話をした。

 当時の二人はまだ学生だった

 恋の話もした。」


 この詩の後半は、すっかり老いてしまった自分たちのことを、滔滔と記しているのですが、最後の方では、長年連れ添った者同士のようでもあります。


 一方、志賀は、実篤のことを「武者小路と私」の中で、こんな風に記しています。


「私が我孫子にいて、『和解』という中篇を書いていた時、半みちほど離れた根戸という所に住んでいた武者が毎日のように遊びに来た。その頃、私は仕事は夜していたが、〆切ギリギリ、半月で漸く百五十枚を書上げ、丁度来た武者に見せたら、いいというので、遂に自分は原稿に目を通さず、待っていた記者に渡してしまった事がある。私としては唯一の珍らしい場合であった――中略――武者に仕事の邪魔(?)をされた時はいつも出来栄えがいいのは不思議だった。」


 武者はやんちゃなところがあったようで、明け方まで仕事をして朝寝をしている志賀を、枕元にまで押しかけて、早く遊ぼうと起こしたこともあったそうです。


 気心の知れたもの同士、交流の日々を楽しんでいたのでしょう。


 志賀は、我孫子に、大正四年から十二年までの八年間住み、その間に、『和解』、『城の崎にて』、『小僧の神様』、『暗夜行路』の前編及び後編の大部分など代表作と言われる作品を書き上げました。


 志賀本人が設計した志賀邸は、大正期に建築され、生活の場としての母屋、崖の上の離れ「二階家」、そして書斎で構成されていました。


 志賀邸のそばに、我孫子市白樺文学館があります。


 常設展では、「白樺派と我孫子」「民藝運動と我孫子」の2つのテーマ展示がされています。


 訪れた時は、志賀直哉の銘入りの額皿、有島武郎ありしまたけおの全集未収録の書簡など、白樺派文学好きには貴重な展示物が展示されていました。


 民藝運動は、柳宗悦が提唱しました。

 それは、日本の手仕事をはぐくんだ、自然、歴史、固有の伝統の意義を説き、手仕事で作られた品物の健康な美しさ、用の美への思索を重ね、未来へとつなげていく準備をしなければならないという活動です。

 こちらの展示では、染色家芹沢銈介けいすけの着物が衣桁に掛けられていました。


 1階にある白樺サロンには、柳宗悦の妻で声楽家だった妻兼子が晩年愛用したグランドピアノが置かれています。

 

 柳の妻兼子は、白樺派の文人たちに、カレーをふるまったそうです。

 隠し味に味噌が使われていたカレーは、洋食のハイカラさに和の味噌がブレンドされて、不思議にまろやかで美味しかったようです。 


 1階には図書室もありました。

 白樺派や、民藝運動の関連書籍を、自由に読むことができます。


 受付で書籍も販売していたので、白樺派の文人に関する本を買いました。


 地下には音楽室があります。


 一渡り見学してから、文学館をあとにしました。


 手賀沼のほとりの散策路をはずれて車道に出ますと、店舗の前に本が並ぶブックカフェが見えてきます。


 North Lake Cafe & Books  ノースレイク・カフェ・アンド・ブックス

 

 コーヒーと本のお店です。


 ランチを待ちながら、すっきりとしたディスプレイの店内の本棚を眺めてみれば、必ず手に取りたくなる本が見つかります。


 白樺派散歩をしていたせいか、ぱっと、志賀直哉についてのエッセイが目に飛び込んできました。

 迷わず買いました。


 コーヒーの香り、ページをくる音。


 ひと息ついて、再び棚を眺めると、また一冊、手にとりたくなる本が光って見えます。



 本棚を見る、本を買う、コーヒーを飲む、本を読む、本棚を見る、本を買う、コーヒーを飲む、本を読む、本棚を見る、本を買う、コーヒーを飲む、本を読む……



 相性のよい湖畔のブックカフェでのエンドレス。


 


<我孫子市白樺文学館 North Lake Cafe & Books>

最寄駅 JR常磐線「我孫子」駅

それぞれの関連ホームページで、詳細をご覧いただけます。


<今日買った本>

『白樺派の文人たちと手賀沼 その発端から終焉まで』

 山本鉱太郎著

 ろん書房発行

『志賀直哉先生の台所』

 福田蘭童著

 旺文社発行


*作中の引用は下記の文献からの抜粋です。

『武者小路實篤集 現代日本文學大系33』「詩」 武者小路實篤 筑摩書房

『志賀直哉随筆集』「Ⅳ師友回想」 高橋英夫編 岩波書店


*追記

手賀沼のほとりには、我孫子市鳥の博物館があります。

鳥に関する各種出版物が充実しています。


近くに公益財団法人山科鳥類研究所があります。

鳥の博物館の裏手にあって、予約すると所内の見学ができます。


手賀沼のほとりでは、毎年11月上旬に、鳥をテーマにした日本最大級のイベント「ジャパンバードフェスティバル(Japan Bird Festival/略称:JBF)」が開催されています。


鳥好きの人は、ぜひ訪れてみてください。


ご当地グルメ白樺派のカレーは、市の生涯学習センターアビスタの1階にある飲食室「喫茶ぷらっと」で食べることができます。


コーヒーと本の店North Lake Cafe & Books(ノースレイク・カフェ・アンド・ブックス)は、近くにあれば日参したい棚のあるブックカフェです。


書いていたら、本を買いに行きたくなりました。

コーヒーを飲みに。

野鳥に会いに。



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