六箇所目 金沢三文豪――泉鏡花 徳田秋声 室生犀星――の記念館 金沢
願いが天に届いたのか、昨夜からの雨は止んで、雲間に日が射し込み始めました。
金沢へ降り立った私は、浮き立つ気持ちを抑えきれずに、鼓門を仰いで、よしっとこぶしを握りしめました。
兼六園と金沢城址公園を中心に東と西、金沢ゆかりの文学記念館を4分の1日すなわち6時間で制覇する計画をたてたのは、都下の桜が盛りを迎えようとしていた頃でした。
都心のように縦横無尽に地下鉄が通っているでもなく、土地勘もなく、桜の季節で人混みの予想される時期に、人気の観光地への訪問。
今から考えれば、無謀としか言いようがなかったような気もします。
それでも、作業に必要な資料を求めに、どうしても現地に行かねばならなかったのです。
一年近く前からわかっていたことでした……
と、反省会はさておき、さっそく街に繰り出しましょう。
まずは、北鉄バスの1日フリー乗車券を購入して、ひがし茶屋街方面へ行く城下町金沢周遊右回りルートのバスへ乗り込みます。
平日だというのにバスはほぼ満員でした。
外国の方も多く、古都金沢の人気のほどがわかります。
降りるバス停は「
ところが、アナウンスに耳をそばだてていましたら、「橋場町」は二箇所あるらしいのです。
交通オンチな私は、そこで、はたとフリーズです。
観光案内地図とバスの路線図を見比べて、ますます混乱の極みに。
慌ててスマホをいじるも、バス停に到着。
観光客が大勢降りるので、ままよ、とばかりに降りてしまいました。
とりあえず降り立ったバス停は、橋場町(ひがし・主計町茶屋街)。
浅野川大橋を渡ったところにあるのが橋場町(金城楼前)。
同じバス停名が二つあるというのは、初めてです。
うまい具合に目的地寄りに降りられたので、泉鏡花記念館、徳田秋聲記念館、どちらからまわろうかと地図を眺めながら浅野川大橋へ。
のどかな春の陽気にぶらぶらと、橋を歩いていたところ、思わず足が止まりました。
淡いピンク色の花模様の小高い卯辰山を背景に、鏡花作品の舞台となった界隈の梅ノ橋が花霞もおぼろに浮かび上がっているではありませんか。
常には流れもやさしく女川と称される浅野川の流れが、春の長雨のせいか早瀬と化して勢いがよく、流されぬようにと鴨の夫婦が子鴨を守るように岸辺に羽根を休めています。
これが金沢の春……
花に導かれるように、川沿いの鏡花のみちを歩いていきます。
さて、梅ノ橋を渡りながら、今度は、両岸の桜に彩られた浅野川大橋にカメラを向けてみました。
と、桜に縁どられた秋聲のみちから菜の花ゆれる川原へと、人力車がすーっと入ってきました。
乗っているのは、花嫁御寮。
記念アルバムかはたまた式場パンフレットの撮影でしょうか。
スタッフに囲まれ、ポーズをとって、春昼夢幻の花嫁絵巻。
絵巻の向こう、桜吹雪の幕が開き、暗がり坂から
そうでした。
旅の目当ては、金沢文豪の資料集めです。
あやうく金沢地霊の幻霧にまかれてしまうところでした。
それでは、最初は、梅ノ橋を渡って目の前の、自然主義文学の大家徳田秋聲の記念館へ。
受付で、記載の場所を三箇所以上まわると記念品がもらえるとの言葉につられて、ミュージアム周遊券を購入。
そして、うっかりクイズラリーににチャレンジしてしまったのが運のつき。
全問解けるまで気になってしまい、小説に登場する明治婦女子の“あらくれ”ぶりが面白くて、ついつい解説を読み込んでしまっていました。
二階へあがれば、そこはかとなく流れてきたのは蓄音機の音曲。
これはワルツ?
展示ケースのガラス越しに、shall we ソシアルダンス?なモダン紳士が、パネルの中からウインクしたではありませんか。
女性の社会問題も取り上げた自然主義文学の秋聲先生、歳の差サーティーンの若妻を含め、幅広い世代の女性を実地で知っていたからこそ、リアルに描くことができたのですねと、優雅なステップの紳士に脱帽です。
企画展をざっくりと見学し、来館者ノートに一筆したためているうちに、滞在時間は大幅にオーバー。
受付横のミュージアムショップで、図録を求めてさあ次へ。
徳田秋聲記念館を出て、ひがし茶屋街をちらっとひやかして、晩酌のアテにたぶんここでしか出会えない、フグの顎――ホーラ――の粕漬を購入。
にやにやが止まりません。
さて、浅野川大橋を再び渡って、今度は川沿いに右に折れて、主計町茶屋街を歩きます。
友禅染めを干しているところに行き合い、しばし眺めてから、細い路地を入ると、唐突に、その陽だまりは現れました。
満開の桜が風に舞い、その奥に、現世へともどる階段が段々と。
暗がり坂。
宵闇に紛れてこの道を、旦那衆が行き来するのが見えるようです。
日本の文豪界屈指の幻想小説家泉鏡花の記念館では鏡花作品のゆるキャラ?(『化鳥』の鮟鱇博士)と思しきパネルと記念撮影、それからスタッフさんと鏡花談義に花が咲き、企画展の干支と裏干支のあれこれと、引き出しの挿絵を一段ごとにじっくり見すぎて、ここでも滞在時間オーバーです。
さらに、ミュージアムショップでは、麗しい絵の絵葉書を選ぶのに時間がかかり、お香と図録を求めて、ようやく館を後にしました。
さて、ランチタイムをやや過ぎておりますが、格館割当滞在時間オーバーしまくりなので、食事はとれそうにありません。
では、のどだけでも潤すとしましょう。
「鏡花」と名のつくお茶があるとの事前情報で、鏡花記念館の前の道を進んでいったところにある茶舗へ。
お包みの間お席でお待ちくださいと、親切なおじさま店員(店主?)さんにお茶を出していただきました。
ひと口含めば、聴こえてくるのは松ヶ枝を渡る風。
朝から座る間もなく動き回ってきた身に、おもてなしがしみわたります。
これぞ三昧境。
などとしているうちに、ここでも時間が止まってしまいました。
残り時間はあと2時間ちょっと。
急がねば、です。
巡回バスに飛び乗り室生犀星記念館へ。
バスは兼六園と金沢城の間を抜けて行きます。
降りずともお花見気分満喫です。
右手に二十一世紀美術館。
野外展示も楽しそうです。
バスは進みます。
小高い丘を越えて、にし茶屋街方面へ。
鈴木大拙館も寄りたいから歩いて行こうなどと思っていた自分を思い返すにつけ、冷や汗もの。
あの長い坂の丘越えは、徒歩ではとても無理であったと、バスの窓から眺めながら胸をなでおろしました。
犀川にかかる桜橋を渡り、寺町寺院群のそばを通り、再び犀川を渡り、片町バス停で降りました。
そこから犀川に向かって道をもどります。
犀川大橋にたどりつき、渡りながら川の上流を見やれば、空は晴れ渡り、遠くに白雪をいただく連山が。
手前に桜が満開で、荒ぶる男川と呼ばれる犀川とは思えぬ、春の昼下がりののどかな光景でありました。
いけません。
ここでうっかりカメラタイムに入ってしまうと、完全に、次の移動に間に合わなくなってしまいます。
麗しい雄大な景色に名残りを惜しんで、橋を渡って右へ折れると、犀星が幼い頃に育った雨宝院。
往時の川辺の風情が偲ばれます。
住宅地を進んで行くと、格子越しに和猫があくびをしているのがみえました。
そういえば、犀星は猫好きだったな、となごやかな心持ちに。
抒情的作風にやさしさと哀しさの溢れる作家室生犀星の記念館へ入館です。
受付でリーフレットと一緒にもらった「室生家の犬猫年譜」。
「年月日、名前、毛並み(身体的特徴)、生い立ち、犀星との関係、住まい」と、写真入りで記されていて、犬猫と戯れる犀星が思い浮かんできて、なかなか楽しい資料です。
ミュージアム周遊券三箇所目ということで、チケットを景品と交換しました。
犀星記念館なのに、なぜにか、泉鏡花のクリアファイル。
鏡花さん、憑いて来ちゃった?と肩の辺りをはらいつつ、まずは、常設展へ。
金沢で生まれ育った犀星ですが、「ふるさとは、遠きにありて思うもの」の境地に達したのもさもありなんと思えるほど、幼少期に辛酸をなめたようです。
そのせいなのか、人への思いやりが深かったようで、人望があり、犀星を中心に文学者が行き来集いしていた様子がうかがわれます。
季節テーマの企画展を流して、二階のミュジーアムライブラリースペースで、一句をひねりだしているうちに、またまたまたもや時間切れ。
慌ててミュージアムショップで、犀星の文学碑のガイドブックやら室生家直伝の料理本やら、愛猫グッズを買いあさり、ひたすら歩いて金沢の繁華街香林坊へ。
さて、金沢三文豪の記念館は、いずれも建築自体は新しく、瀟洒で、街並みに馴染んでいます。
展示内容やちょっとした工夫が楽しい文学の館です。
残すところ、あと1時間ちょっと。
金沢ではここもはずせない!な“館”へ、間に合うでしょうか。
――つづく――
<金沢三文豪――泉鏡花 徳田秋声 室生犀星――の記念館>
最寄駅 北陸新幹線「金沢」駅
各記念館のホームページで、詳細をご覧いただけます。
<今日買った本>
『総合図録 秋聲』
徳田秋聲記念館発行
『第28回慶應義塾図書館貴重書展示会 鏡花の書斎 「幻想」の生まれる場所』
村松友視 鈴木彩 富永真樹監修/展示図録執筆
『犀星~室生犀星記念館~』
金沢市 室生犀星記念館発行
『室生犀星文学碑 ガイドブック』
室生犀星記念館発行
『をみなごのための室生家の料理集』
室生洲々子著
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