三箇所目 恵文社一乗寺店 京都

 新幹線を降りて、JRへの乗り継ぎ改札を抜け、階段を昇り、素早くを視線を走らせて奈良線へ。

 観光地へ向かう外国人さん増えたな、と思いつつ揺られて一駅、東福寺で京阪に乗り換え、途中、特急券のいらない特急へ移り、一分でも早く出町柳へと向かう朝。


 京阪の終点で降りたらエスカレ―ターで地上へ出て、目の前の叡電の改札を抜け、出発を待っている電車へ足早に乗り込みます。息せききって乗り込んだので、とりあえず空いている席に座り水筒のお茶をごくり。

 始発駅の鷹揚さなのか、乗っている人たちは、てんでにくつろいでいます。


 ゆっくりと電車が動き出しました。


 がたんごとん、がたんごとん、のどかな音と、早起きしたからだに心地よすぎる揺れ。目的地へは、ほんの三駅。うっかりすると寝過ごしてしまいます。10分もたたないうちに、叡山電車一乗寺駅に到着。降りるのは一番前の車両からです。


 ホームを来た方に歩いていくと、手作り感のあるその場所の案内看板があります。

 駅を出てすぐ左手に遮断機、渡ってまっすぐに行けば閑寂な佇まいの詩仙堂、そちらに立ち寄った日のおみやげにはもっちり甘い鳩餅を、っと、今日はそちらは後まわしです。


 遮断機を背に、てくてくと西へ歩いていきます。途中の四つ辻で立ち止まり、右手を見ると、奥の山に夏の名残りの送り火の痕が見えます。


 ひょいっと目線をとばすだけで、古から続く行事の何がしかを感じられるのが京都です。


 そして、そこから少しのところに、その場所が現れます。


 恵文社一乗寺店。


 その場所を知ってから、私の京都歩きの始まりは、出町柳へ足を向けることからになりました。


 ホームページによると、「本にまつわるあれこれのセレクトショップ」とのこと。

 本をめぐる複合施設といった趣です。


 さて、到着。

 道路に面して、横長に扉が並んでいます。


 まずは、恵文社の扉を開けると、そこは本屋さんのスペースです。棚の高さも形も大きさも、本の並び方も、思い思いで整い過ぎずなところが、長居を誘います。歩いて撮って記した京都のコーヒーショップの本、文芸工作と名付けたくなる繊細なハンドメイドの紙もの、工夫を凝らしたフリーペーパー、耽美的な本のディスプレイ、本まわりのもの、ローカルマガジン、リトルプレス、などなど。


 初めて訪れた時に買ったのは、もうずいぶん昔ですが、諸星大二郎の文庫本でした。

 伝奇ものは一通り読んで持っていましたが、寓話ものは未見でした。

 乙女の京都歩き本や、少女好みの紙もの雑貨などと一緒に並んでいた諸星大二郎が印象的でした。


 次に、生活館の扉を開けると、そこは生活雑貨や食の本のスペースです。恵文社オリジナルブレンドのコーヒー豆もあります。衣食住のこだわりが並んでいます。

 

 それから、Gallery enfer アンフェールの扉を開けると、そこはギャラリーと雑貨屋さんのスペースです。作家さんのハンドメイド作品や、輸入ものの手芸雑貨、イラストレーターさんの絵葉書、つい欲しくなる文具類。

 冬の大古本市も、開催されます。


 COTTAGE コテージへは、アンフェールを突っ切って進むとたどり着きます。恵文社から奥の庭へ出てそこからもたどり着けます。イベントスペースです。キッチンもあります。

 

 そして、お庭。

 自然光のやわらかさにほっとします。


 本屋さんの扉を開けるか、生活雑貨店の扉をあけるか、ギャラリーの扉を開けるか、もしくは、いずれかの扉から入って、中を突っ切って、奥のスペースと庭へ向かうか。

 それぞれのスペースを行き来するだけでも、すぐに時間がたってしまいます。

 いつも滞在予定時間オーバーです。

 

 では、ここらで、小休止といたしましょう。


 庭のベンチで、日なたぼっこ。

 和の暮らしのフリーペーパーに目を通すうちに、自然とまぶたが落ちてきて、誰もいないのをいいことに、すらりと横倒しに流れ伏せていき……

 


 

 その日は、いつになく、気配に満ちた夜でした。

 ほんの数十年前まで、洛北の府立植物園の辺りは、田んぼが残り、深泥池へほど近いいとこの家のある辺りは、夜は子どもはあまり出歩かない方がよいと、伯母からことあるごとに聞かされていました。 

 夕食後、大人たちは外に送り火を見に行くことになり、子どもたちは留守番をすることになりました。その頃珍しかったアイスクリームを作る機械で、伯母がアイスクリームを作ってくれました。バニラビーンズのエッセンスが鼻をつき、高級な味がしたのを覚えています。

 手作りアイスを食べながら、京都の夏の蒸し暑さをしのぎ、私といとこたちは、二階の窓から、外を眺めていました。 

 観光バスが田んぼの脇に止まり、送り火を見学する人々が、ぞろぞろとバスを降りて歩いていくのがて見えました。ここからは、妙法の妙の字がよく見えるんや、と伯母が言っていました。住宅があるのを気遣ってか、人びとは、おしゃべりをするでもなく、旗を掲げたガイドさんに、送り火の見やすい場所へと案内されていきます。風向きのせいか、足音も聞こえてきません。

 夏の日はいつまでも茜色が墨流しに残り、日没後も暗闇はなかなか訪れません。

 薄闇の中を、人びとは、静かに進んでいきます。


 親戚の子どもたちの中で一番年のいっていた私は、何かにつけ子守り役をさせられていました。きかん気のいとこと調子にのる弟がけんかをしないようにみていなければならなず、十歳になったばかりの私は、めんどくさいなと思っていました。幼い妹が寝入ったのに夏掛けを掛けて、私は、いとこと弟の間に立って二人を離し、一緒に二階の部屋の窓から北の空を眺めました。

 送り火が闇に浮かびあがりました。

 漢字が燃え上がるのが面白くて、私は、人差し指で、宙に文字を記していきました。

 と、


 がらがらがら


 ふいに、雷鳴が轟きました。

 稲光はありません。


 私の指は止まりました。


 がらがらがら


 また、音が鳴りました。

 閃光もありません。


 今度は、少し近くなったようです。

 

 「なんか、雷が鳴ってるみたい」


 いとこと弟は、おかしなこと言うてんな、と顔を見合わせて笑っています。

 どうしよう。

 聞こえたのは私だけなのだろうか。


 がらがらがら


 ああ、思い出しました。

 これは、振り向いてはあかんやつです。

 

 輪入道。


 大きな車輪の中に、髭もじゃの坊主がどでんとした顔だけの姿を見せているのです。

 車輪は炎に包まれ、騒がしく不吉なきしみ音をあげて、大路を転がっていくのです。

 音に驚き何事かと振り向いて、うっかり目が合おうものなら、おしまいです。

 魂を抜かれてしまうのです。


 昼間読んでいた妖怪漫画に出てきたその絵姿が、ありありと目の前に浮かんできて、私は固まってしまいました。

 起きながらにして、金縛りになってしまったのです。


 いとこと弟は、闇に浮かぶ炎の文字に目を奪われ、はしゃいでいます。


 誰も私のこの惨状に気付いてくれない、でも、気付いて振り返ってはだめなのです。

 振り返って、あれを見たら、連れていかれてしまうのです。

 よりによって、いいえ、送り火の日だからこそ、やって来たのでしょう。

 あやかしは、今でもこの土地にいるのだと、今夜の満ち満ちた気配に気付くべきだったのです。

 ただの物見遊山ならよいのですが、冥途の土産を持たずに帰ってくれるでしょうか。

 

 車輪の軋む音 そして、首筋を撫でるきな臭ささ。  


 あかん!


 


 「あかんゆうたやろ」


 女の人の声に、伯母さんやろかと我にかえると、目の前に、母親に叱られている子どもがいました。

 口のまわりにべったりと、アイスクリームをつけています。

 母親の買い物が済むのを、待ちきれなかったのでしょう。


 

 暑くもないのに、額に汗をかいていました。

 のどがからからです。 

 そろそろ、おいとましたほうがよさそうです。



 読書の友に、コーヒー豆とコーヒーにまつわる本を数冊求めて、その場所をあとにしました。


 次に訪れる時は、どんな現幻うつつまぼろしを、見せてもらえるでしょうか。


 そう思うと、つい通いつめてしまうのです。



<恵文社一乗寺店>

最寄駅 叡山電車 本線・鞍馬線「一乗寺」駅

恵文社一乗寺店のホームページで、詳細をご覧いただけます。


<今日買った本>

『グリムのような物語 トゥルーデおばさん』

 諸星大二郎著

 朝日新聞出版

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