二箇所目 読書空間みかも 自由が丘

 東急東横線自由が丘駅南口を出て、緑道をぬい、小さな店の並ぶ通りへと進み、奥沢教会の四つ角を渡って進んでいくと、突き当りに、すっくと立った樹木が見えてきます。

 その樹木をはじめとした濃い緑の木々の間に、洋風木造建築の家がのぞいています。


 門柱の表札には大きく「読書空間 みかも」と記されています。


 奥沢駅へもほど近いこの界隈は、戦前、海軍士官の方が多く住んでいたそうで、海軍村と称されていました。

 この家も、築90年を超えているとのこと。

 玄関脇にひょろっと伸びた棕櫚の木が、南進に湧いていた往時を忍ばせます。


 始まりは、2006年3月、会員制私設図書館としてスタートしたそうです。

 現在は、一箱古本市、各種講座の教室、展示会などが開催できる貸空間として展開しています。

 ボランティアスタッフさんが常駐してるとのこと、心強いですね。

 

 イベントが入っていない時は、「読書空間みかも」として、オープンしているそうです。

 ホームページに、定期開催として「読書空間」の説明があります。


 それによりますと、


―「読書空間」は、どこでもない場所どこにもない時間。

  やりたいことを、自分で決める空間と時間です。自由に過ごしてください。―


 とのことです。

 

 とても贅沢で、うれしくなってしまいます。

 

 初めて訪れたのは、今から三年前のクリスマスシーズン。

 「一箱古本市」が開催された、とある日曜日。

 かわいらしい手描きイラストのチラシが、読書空間へ導いてくれました。


 訪れた際の一箱古本市では、翌新年の干支、「ヒツジ」の文字が入った名前の作家さんのエッセイ文庫を買いました。

 あと、焼菓子と、レモンと。


 さて、おうちの中へは、玄関で靴を脱いで入ります。

 靴を脱いで、よそのおうちへ入る。

 それだけで、イベント感があります。

 

 



 「おじゃまします」


 上がりかまちに脱いだ靴を、母の見よう見真似で揃えておきます。

 黒いエナメルの共リボンのついたお出かけ用の靴。


「いらっしゃい、久しぶりね。四月から中学生ね。今日はゆっくりしてらしてね」


 母の姉はこなれた和服姿に割烹着で、私を年上のいとこの部屋に案内します。


 年上のいとこの部屋は、こげ茶の板張りの床に毛足の長い丸い敷物が敷かれていて、出窓にかかるレースのカーテンは、裾にカットワークが入っています。


 年上のいとこは、私に気付くと、読みかけの文庫本を閉じて、べっ甲ぶちの眼鏡をはずして立ち上がり、にっこりと会釈をしてくれました。

 私もつられてぺこりと頭をさげました。

 

 机に置かれた文庫本には、クロスステッチの小鳥やバラが散らされたリネンのブックカバーが掛かっています。

 私がかわいいと目を見張ると、うれしそうに年上のいとこは、お手製なのと、引き出しから小鳥とスズランの図案のを出して、進学のお祝い、と、掌にのせてくれました。


 どことなく、よそよそしかった気持ちが、少しずつ、ほぐれていきます。

 

 運ばれてきた紅茶とシュークリームで、おやつをしているうちに、私は、すっかり年上のいとこのいる空間に、なじんでいました。


 風に揺れるカーテンに、ほころびはじめた桜が淡く映っています。


 街中では聞いたことのない小鳥のさえずりが、静けさをいっそう引き立てます。


 小学校の図書室にも、自分の部屋の本棚にも、文庫本はありません。

 

 私は、小鳥とスズランにふさわしい一冊を、探してみたくなりました。


 



 かつて、海軍提督も住んだのかもしれないこのおうち。 


 紅茶インストラクターさんのイベントもあるそうです。


 提督には、紅茶がふさわしい……


 それはさておき、カレーつき読書会など、本まわりのユニークな企画も開催されています。



 古き良きものを保存していくには、使い支えることが大事なのだと、静かに伝わってくる空間です。



<読書空間みかも>

最寄駅 東急東横線・大井町線「自由が丘」駅

    東急目黒線「奥沢」駅

読書空間みかものホームページで、詳細をご覧いただけます。


<今日買った本>

『カモイクッキング くらしと料理を10倍たのしむ』

 鴨居羊子著

 筑摩書房

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