夢の中まで一途な溺愛王子様!!

古都助

夢の中まで一途な溺愛王子様!!

 なんでこんなに眠いのかしら……。

 自分自身へのその問いは、物心ついた幼い頃からの純粋な疑問だった。

 ……時と場所を選ばず、一日に何度も眠ってしまうこの身体。

 高名なお医者様に診て頂いた事もあるけれど、身体のどこにも異常はない。

 なら、私は健康なの? ただ、人より睡眠をとる頻度が高いだけ?

 納得できない悩みを抱えたまま……、今日も私は一人どこかで瞼を閉じていた。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 またなのね……。沈んだ意識の底で、恒例の夢がはじまる。

 なぜか、一面花畑の乙女チックな風景……。

 愛らしい小動物達が私の周りで、かまってくれとピョンピョン跳ねまわっている。

 そして、花畑の中心で座る私の膝の上には、色とりどりの花々を使った、作りかけの花冠がある。

 ……最初に言っておくけれど、別に私は少女趣味なわけでも、夢見る乙女でもない。蝶々や花に彩られ、あまつさえ、どこからか白馬の駆けてくる足音がする夢なんて……。


「絶対、私の要素に入ってないわよ……」


 はぁ……。

 夢の中の私は、いつもの展開に重いため息を吐き出してしまう。

 遠くから、真っ白な毛色の白馬がこの花畑に向かってやってくる姿が見える。

 これも、いつもの通り……。

 突然襲いかかってくる睡魔。意識を失った後に、必ず見る夢。

 毎回周囲の光景は違うのだけど、花畑の出現率は多いかもしれない。

 まるで、王子様とお姫様が出会う絶好の場所を演出しているかのような、少女趣味全開の世界。

 と、まぁ、ここまではまだ……、許容範囲、かもしれないわね。

 ――問題はここからよ。


「御機嫌よう!! 我が最愛の姫ぎっ、ぐはぁああっ」


 開口一番、膝の上にあった花冠をぶん投げて黙らせる。

 私の夢だからかもしれないけど、ダメージ(少)ぐらいの花冠は、その男の顔面に直撃した瞬間、相当痛そうな音がした。

 ……鉛でも入っていたのかしらねぇ?

 まぁ、少しすっきりしたから、いいとしましょうか。

 白馬に乗って現れた、どこぞの王子姿のこの男……。

 私にとって、精神衛生上、有害としか言えない存在。

 自称・私の王子を気取る空色の髪と、容姿だけは綺麗なこいつは、目下、私の人生においての天敵。

 幼い頃から夢の中に現れては、べたべたべたべた人の身体を無許可で触りまくるし、口を開けば、愛してるだの、僕のお嫁さんになってなどなど……。

 さすがに、3回目での邂逅で身の危険を感じて、右ストレートをかますにいたったのだけど……、全然懲りない。非常に鬱陶しいストーカー男だ。

 その上、十数年に渡って私の夢に現れ続けている、呪いのような存在。

 言っておくけれど、私にこんな強引KY砂糖男を理想の男性として、夢に登場させるような趣味も、無意識の変態さもない……。断じてない……!

 大体、私の夢に勝手に紛れ込んでくるあたり、こいつには絶対何かあるのよ。


「リデリア姫……、貴方の愛の深さ、この痛みに刻み込みました……っ」


「……いっそ、一生目が覚めないように……、痛めつけてあげましょうか?」


「あぁっ、それも……イイっ……かもしれません。是非、僕の身体に貴方の深い愛をっ、ぐはあぁぁぁっ」


 ……ちっ、相変わらずの変態ね。

 気持ちの悪いことを喋り続けるので、今度は立ち上がって回し蹴りをお見舞いしてやった。私の右足が華麗に自称・王子の横腹に決まり、少しだけ気が晴れる。

 勢いに乗った回し蹴りの威力は、自称・王子を花畑の遥か彼方へとふっ飛ばしてくれた。よし、これで一安心。暫くは起き上がってこれないわね。

 私はそのまま、花畑以外の場所に行こうと歩みを始めた。

 もう何度も何度も繰り返し見て来た世界だから、この辺の地理やスポットに詳しくなっている。

 確か、そうだ、この花畑の丘を下って森に入れば、泉があったはず。

 あそこなら、夢が覚めるまで静かに過ごせる。

 私は迷いなく泉の湧いている森の中までやってくると、泉の側にどっかりと腰を据えている、大きな大きな切り株の表面に腰を下ろした。

 ふぅ……、やっと一息つけたわね。

 いつ覚めるかもわからない夢の中、あんなド変態な男と一緒に過ごし続けるのは耐えられないわ。


『リデリア様、こちらにおいででいらしたのですね?』


「げ」


『大丈夫です、王子はまだお目覚めになってはおりません』


 ゆっくり休憩出来ると思ったら、森の茂みを掻き分け現れた、一頭の白馬。

 あの自称・王子がいつも連れている馬だわ。

 まさか、もう追いついてきたんじゃないでしょうね!? と警戒したものの、どうやら違うようで……。あの男の姿がない事に、ほっと胸を撫で下ろす。

 ……しかし、……なんで『馬』が、『喋っている』のかしらねぇ?

 パカパカと動く白馬の顎と口が、予想外の低音美声を発している光景。

 馬の構造的に、人語は無理じゃないのかしらね……?

 あぁ、でも、私の住んでいる世界には、獣と人、どちらの姿も有して生まれてくる種族がいるから、その類だったりするのかしら? ……夢の世界だけども。


「ま、小さなことを気にしてたらキリがないわよね……。で、馬がなんの用?」


『ヴェルガイアと申します、リデリア姫様』


「ふぅん……、ヴェルガイアね……。それで? ご主人様を痛めつけられた文句でも言いに来たのかしら?」


『いいえ、我が主の行き過ぎた無礼を謝罪させていただきたく……』


 行き過ぎた……ねぇ?

 幼い頃、最初の夢の中での出会いからして強烈な溺愛アピールをかましてくれたあの男のどこに、今まで行きすぎない行為があったと?

 いつものことじゃないの。もううんざりするくらい、いいえ、そんなもの、とっくの昔に通り越してるわ。

 私は手をひらひら振って、馬を追っ払う仕草を向ける。


「あの自称・王子の変態さ加減は、今に始まったことじゃないでしょーが。さっさと、介抱しにでも行ってあげなさいな」


『いえ、大丈夫です。夢の世界ですから……、多少のダメージは現実には影響いたしません。それよりも、私は貴方に大事なお話があるのです……』


「話?」


『今まで、リデリア姫様の夢を通じ、お会いして参りましたが……。王子の不憫な御様子に、臣下である私はそろそろ潮時かと思いまして』


 不憫? 誰が?

 私は、じーっと、『本気で言ってる?』という意味合いを含ませた視線を馬に据え、自分を指差した。片手は腰に当てている。

 ずいっと前に身を乗り出す。


「勘違いしないでくれる? この夢のせいで、一番面倒な目に合ってるのは、私!! あの好き放題しぃーの自称・王子のどこが不憫なのよ!!」


 この十数年、過度なスキンシップを含めたセクハラ行為。

 並びに、甘い台詞の数々……、精神的被害は計り知れない。

 被害者は私。加害者はあの最悪級に迷惑な自称・王子!!


『申し訳ありません……。リデリア姫様にはもう謝罪の言葉もありませんが……。どうしても、リデリア姫様に聞いて頂きたいことがございまして……』


「なに?自称・王子の赤裸々データ情報とかだったらいらないわよ?」


『似たようなものではあるのですが……』


「じゃあ、聞かない。帰って」


 くるっと背を向けて、切り株に座り直すと、もう話は終わりだと相手に告げる。

 私には関係ない。あの自称・王子の話なんて……。

 だけど、断固拒否している私の腕に、ふいに、かぷり! と、何かが噛みつく感触がした。え? と思い、視線を下に落とすと、馬が私の腕に甘噛みを仕掛けていた!! ちょっ、こ、この馬何してんのよ!!

 しかも、大量の大粒の涙まで零しているという始末!!


『お願いでふからぁ~、聞いてくだふぁいぃ~』


「いやああああああ!!」


 突然の出来事に、私は腕を全力で振って馬を引き剥がそうとするけれど、流石、馬!! 甘噛みでも獲物は離さないのね! 草食のくせに!!

 どうあっても離さない気なのか、馬は前足まで持ち出して、目の前で『お願い☆』の形にすり合わせてくる。

 だから……、アンタは馬でしょうが!! なんで、身体の構造を丸無視してんのよ!! 


『お願いでふぅぅ~!!』


「わ、わかった!! わかったわよ!! だから、離しなさいっ」


『はわぁ~!有難うございます!!リデリア姫様~!!』


 ぱかっと離れた馬の口。

 痕に残ったのは、ほんのりと赤くなった馬の歯型つきの私の腕。

 ……ちょっと、涎までべっとりつけてんじゃないわよ!! この駄馬!!

 悲鳴を上げそうになった私の事なんかお構いなしに、馬は勝手に語り始める。

 昔、昔の……、ある一人の、少年の初恋の話を。


『王子がまだ幼い頃のことでございます。王宮にて、母君である正妃様が病に伏し、王子もまた失意の底におりました』


「え? あの王子、モノホンなの?」


『はい……。リデリア姫様と同じく、れっきとした現実世界に命をもつ御方にございます』


「夢から覚めたら、一発殴りにいくわ」


『あ~、半殺し程度でお許し頂ければ、と。……で、話を戻しますと、王子は、臣下達の連れてきた同世代のご友人にも馴染めず、正妃様の部屋に籠り続ける日々が続いたのでございます……』


「ふぅん……、つまり、内気な王子がさらに引きこもり段階までいったってことね?」


『はい、それからの王子は、誰の言にも耳を貸さず……。そこに、リデリア姫様のお父君、アルパーノ公爵様が現れたのです』


「お父様が?」


 アルパーノ公爵……。私の父であり、現国王陛下の従兄弟。

 今は、公爵として遠方の領地と王都を行ったり来たりしている、多忙なお父様。

 私も最近は、あまりその顔を見ていない。


『アルパーノ公爵様は、何日も王子の元に通い、扉の外で声を掛けられ続けました。そして、その訪問を繰り返すうち、貴女も一緒においでになるようになられたのです』


「私が? 王宮に行ったことなんて……、あったかしら?」


『とても幼い時でございます。おそらく、リデリア姫様がこの夢をごらんになり始める少し前ぐらいかと』


 中々開かない記憶の蓋を、思考の中で、必死に引っ張って中身を取り出そうとしてみる。夢を見る前……、王宮……、大人しい王子……。

 馬から与えられたキーワードを頼りに、少しだけ開いた蓋の隙間から、記憶をごそごそと掘り返す。


「そういえば、お父様のお仕事についていきたいと言って、駄々をこねた時期があったような……」


 そうだわ……。いつも留守をしがちなお父様に、幼い私は泣きついたのよ。

 今度王都に行く時は、私も絶対に連れて行って……、と。

 それで、お父様の王都行きにくっついて……、それから。


「……あ」


『思い出されましたか?』


「ええ。断片的に、だけど……。大きな扉の前で、お父様が何度も誰かに呼びかける声。そのあと、少しだけ開いた扉の隙間から……、空色の髪の男の子が」


『それが……王子殿下にございます』


「お父様に、一緒に遊んでもらいなさい、って言われて……。小さかった私は、あの男の子と遊ぶ為に結構な取っ組み合いをして、外に連れ出したわよね? 私」


 そうそう。お父様の声で僅かに開いた扉の隙間に駆け寄って、『一緒に遊ぼう!』って声を、あの子に掛けたんだけど、なかなか出てこなくて……。

 お父様に開いた隙間から、無理やり扉を開けてもらって……、お互いに取っ組み合いの押し問答をやったのよ。

 で、最終的には私が勝って、傷だらけになったあの子を庭に連れだして、無理やり遊んだような……。


『そのことがきっかけで、王子殿下はリデリア姫様に恋をするようになったのです』


「いやいや!! それおかしいでしょ!! 無理やり乗り込んできて、取っ組み合いまでやって、自分の遊戯に付き合わせた子供よ、私は!! 普通、怒ってもう遊ばないんじゃないの!?」


『そうですねぇ……。その時は、なんて強気でサルみたいな子だろうと思われたようです』


「ほぉー……」


『ですが、リデリア姫様と過した一日は、何も感じる事のなかったあの方の日常に確かな刺激をもたらしたのです。たとえ、ごっこ遊びに付き合われたとしても、逃げようとする度に、リデリア姫様に泣かされても。……それでもっ、誰かと共に時間を過ごした。それが王子にとっては大事なことだったのです』


『なぜかしら? 感動できない内容と言い方に、ちょっと腹が立ったわ』


 幼い自分がしでかした、王族への不敬も罪悪感を少々感じるけれど、この馬に好き放題言われているのも、なんだか癪だわ。

 でもまぁ……、大体のことはわかった……。


「それで、その王子殿下は、何がどうなって私に恋しちゃうことになったわけ?」


『あの日を境に、リデリア姫様は領地にお帰りになり、アルパーノ公爵様もお忙しくなられた。多忙な時間の中で、僅かな時間を使っては王子殿下にお会いに来てはくださいましたが……。そこに、一緒にいないリデリア姫様の存在を、王子は気にかけるようになったのでございます』


 内気だった王子……。拠り所である母親は病に倒れ、貴族の子供とも仲良く出来ない……、そんな大人しい少年。

 そんな彼が出会ったのは、少々強引で、おさるさんみたいな無邪気な女の子。

 まぁ、インパクトは……、残るわねぇ……。


『勿論、アルパーノ公爵様に、リデリア姫様は来ないのかとお聞きになられました。しかし、リデリア姫様は領地にお戻りになってしまい……。会えない日々に想いが募り、それから数年後、王子の中でストレスが爆発しました』


「は?」


『何故、会いに来てくれないんだ、と。少々子供ながらの癇癪を起こしまして、王子は自身の抱く魔力、『夢』を操る力を使い、リデリア姫様の許に押し掛けてしまったのでございます』


「……」


『リデリア姫様?』


 今、なんて言ったの?

 夢を操る能力? それを使って、幼い王子は私の夢に自分の意識を……、無理やり繋いだ? つまり、今までの尋常でない眠りと、この意味不明な夢は……。

 昔遊んだ女の子、つまり、私と会いたいがために、人の迷惑も省みずあんなことを? ……そのせいで、私はこの十数年、悩んでいたと……?


「ごめん、やっぱり、現実に戻り次第王都に行くわ」


『リデリア姫様、王子に会いに!?』


 馬が嬉しそうにカツカツと笑う。傍目には、馬の口と顎が連続でカパカパカパカパ状態にしか見えないのだけど。馬の反応は間違ってはいない。


「いっぺんシメる……、あの馬鹿王子っ」


『や、やめてくださいぃぃぃぃ!! 王子は繊細なんですーっ!! やっと外で政務もこなせるようになったのに、そんなことされたらああああああああああ)」


「どこが繊細よ!! 無茶苦茶ゴーイングマイウェイじゃない!! 記憶の中の子供と似ても似つかないわよぉ!!」


『それはぁ~!!夢という世界は、自分の本能を解放しやすい場所でもあるのです~!! ですから王子は、姫に素直に愛を伝えられるようなご自身をイメージしてあのようにぃいい!!』


「それこそ、大迷惑よぉおおおおお!!」


 何をどうやったら、あんな方向性大間違いのアホ仕様になるのよ!!

 人の夢や睡眠時間を滅茶苦茶にしたことといい……、絶対に、許さん!!

 もう一度あの花畑に行き、まずは手始めにあの夢の中仕様の王子をぶん殴ってやるわ!! だけど、そう決心し走り出そうとした私の足を、馬が前両足ですがりついて止めにかかってきた!!

 だ・か・ら!! 馬の構造を考えろって言ってんでしょうが!!

 馬と私のすったもんだの押し問答。その最中、どこからか場違いな台詞と声が響き渡ってきた。――まさか!!


「僕のリデリア姫~!! 探したよ~!!」


「……手間がはぶけたわね」


『あぁっ、王子ぃ~~!!』


 私達に追いついた、自称・王子、じゃなくて。

 正真正銘、現実では王子殿下をやっている男が、にこやかに駆けこんできた。

 キッと睨むと、王子は気にした風もなく、両手を広げて私を捕獲しにかかろうとしてくる。勿論、捕まってやったりなんかしない。

 幼い頃の印象とは似ても似つかないその煌びやかなノリに苛々としながら言ってやる。


「捜しに来てくださって光栄ですわ、王子様……。いえ、……セレイン王子殿下とお呼びすればいいのかしら?」


「……!!」


「全部、この馬から聞いたわ。アンタがあの時の王子様で、私の眠りや夢を好き勝手にしていたこと……」


 私の指摘に、王子様改め、セレインが大きく目を見開く。

 それまでもテンションが嘘のように、その表情が一瞬で曇る。

 小刻みに震えだした身体と、一歩引いた足。

 どうやら、夢の世界仕様の王子様ごっこは終わったようね。


『申し訳ありません、王子……』


「……勝手に話すなと、そう命じておいたはずなんだけどな。仕方ない」


「謝罪はある? されても許す気はないけれど。……十年以上も悩ませてくれたんだもの。報復は受けてもらうわよ」


「謝罪……、か。そうだね、僕は、君に酷いことをしたんだろうね……」


「ところかまわず眠くなってたのは、アンタのせいなんでしょ? 私の夢に自分の夢を繋げるために」


「……そうでもしないと、君に会えないじゃないか」


 ボソリと呟かれた言葉は、微かに聞える程度だった。

 聞きとれた最後の方の言葉に、私は眉間に青筋を立てずにはいられない。

 私に会いたいがために、そんなことのために、この男は私の大切な時間を奪い続けてきた。精神的苦痛を与えられたこっちは、冗談じゃないってのよ!!


「こっちはねぇ、全然原因がわからなくて、何年も悩んだのよ! なのに、アンタは何よ、実際に会いにくればいい話じゃないっ。それを、人の迷惑も省みずにっ」


 叩きつけるように怒りをぶつけてやると、何故か……、震えの止まったセレインの口元には、――笑みが浮かんでいた。

 私の罵倒に……、嬉しそうに……、微笑むその顔。

 なに……? なんで、そんな顔になるのよ。全身にぞっとした感覚が走る。

 気づくと、馬の頭で突き飛ばされた私は、セレインの腕の中に飛び込まされていた。――この馬!! 何してくれてんのよ!!


「ちょっ……!!」


「ねぇ……、僕は……、『俺』は……、どんな怒りの感情や蔑みの感情を君が俺に向けても……。心がね? ゾクリと…… 歓喜するんだよ……。君の感情全てが……、今は俺のものだと思えるから」


「は、離してよっ、このっ、変態っ!!」


「ふふ、もっと言ってよ。俺にだけその心を向けて……。嫌われても憎まれても、それが君だから、俺は欲してしまう……」


 痛いくらいに抱き締められ、鎖骨に顔を埋められる。

 静かに紡がれる低い声音は、ある種の危うい熱を秘めた艶めいたもので……。

 私の身体が、その声に捕らわれるのに時間はかからなかった……。


「今は……、この『夢』だけで我慢してるんだよ? こうやって、君に会えるだけで……、俺は俺でいられる。夢の中で会いすぎたせいかな……。君への想いは日増しに強くなっていくようだ」


「……っ、やめっ、離しな、さいっ!!」


「さっきさ? 実際に会いに、って、言ったよね? 会いに行ってもいいの?……ん……、現実の君を前にしたら……、俺は……」


 顔を少しだけ上げて、胸元に散る赤い痕に私は息を呑む。

 大人しく内気な王子……。夢の世界仕様のどうしようもないアホ王子……、

 そのどれとも違う、狂気を秘めたような気配を纏うこれは、誰……?

 互いに会っていたのは、夢の中でだけ……。

 現実の世界で、互いがどんな成長を遂げ、どんな育ち方をしたのかまでは……。

 今にもセレインの施す熱に浮かされそうになるのを堪え、私はその身体を思いきり突き飛ばした。


「アンタの……好き勝手にされてたまるもんですか!! 大体ね、夢の中とかなんでもありな世界なんて、フェアじゃないのよ!!」


「俺にとっては……、永遠にいたい場所だけどね?」


「こっちは御免なのよ!! 本当に腸煮えくり返る男ね、アンタって奴はっ!! もういい、ここじゃ埒が明かないわ。決着は、現実でつけようじゃない!!」


「君に会いに行ってもいいの……?」


「来なくていいわ!! アンタのその面(つら)、現実世界で、私自身の手でぶっ飛ばしに行ってやるっ」


「……会いに、来てくれるの……? 本当に?」


 だからっ、そこで期待に満ちた目で、私を見るなっつの!!

 私はぎゅっと拳を握り込むと、決意の表情を宿してセレインに指を突き付けた。

 奪われた貴重な青春の報いは、絶対に受けさせてやるわ!! 絶対に!!


「せいぜい、首を洗って待っていなさいな!! アンタなんか……、けちょんけちょんにしてやるんだから!!」


「ふふっ、いいね……。リデリアが俺を求めて王都に来てくれる……。夢のようだよ……っ」


「だから! 求めてない!! 変な誤解と妄想しないで!!」


「無理だよ。俺が君を想うのは止められない。それこそ、夢の中でも、現実でも……、想像の中でも、ね?」


 そう不敵に笑んだあの顔で、何をどう想像の中でしでかしてくれやがっているのか……!! 瞬時にその内部妄想劇を思い浮かべてしまった私は、絶対にその妄想ごとセレインに引導を渡してやることを心に誓った。



 ――絶対、その妄想は現実にはさせないっ(涙目)

 

 かくして、私の旅は幕を開ける。

 ド変態な溺愛王子との、まさに命懸けの攻防戦の、その幕を。

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