第22話 夜を舞う妖精


スキュアは右近との戦いを片手間にアルの様子を見ていた。見事な回避から一転して空間を裂くような一閃。アルの王道パターンにしてもいいのではと思うほど、その動作は初めよりもどんどん洗練されているのは一目瞭然。


既にスキュアの右腕といって差し支えない。…と言うのが身内びいきを含めたスキュアの意見だ。ただ、もう1つインパクトが欲しい。


自分の首筋に迫る人外の強さ…詰まるところアルでいう雷成だ。回復したアルはただの斬撃でさえ必殺の威力がある。


だがスキュアはその先が見たいのだ。


アルの身体は剣を振ることにおいて最適化が施されている。だがそれは人間レベルだ。それでも化け物に片足を突っ込んでいることには変わりはないのだが…。


スキュアは確かめたいのだ。現在のアルの雷成がどれほどのものか──。


しかしアルは雷成を使うことは無かった。それどころか固有能力すら使わず体術、剣術だけで勝利を収めた。


左近はスキュアの目から見てもSランクに準ずる実力を持っている。そんな相手を圧倒したのだ。だが喜ばしいが苛立ちもした。期待したものが見られなかったからである。その八つ当たりを右近にぶつける。


「お主!!俺と戦っているのだぞ!?余所見は…」


「雷破」


力任せに振り下ろされる剣と共に叩き込まれる雷撃。それは常人なら死んでもおかしくない一撃で、右近でも気絶は免れない程だ。



「アル…なんで雷成を使わなかったの?」


「ここで使ったら城が吹っ飛ぶぞ。これから月夜の戦いだ。師匠じゃなくても水を差すもんじゃない。」


「………帰ったら組手。」


「え゛」


スキュアとの組手は最近は一切行っていなかった。しかし数ヶ月前の記憶を思い出し、アルは顔を青くさせた。


「ゴホン!月夜!お前は強い!ぶっ殺してこい!!」


「ねぇ、アル。月夜は本当に大丈夫なの?」


「ああ。見てろって。」


既に始まっている月夜と殿の戦闘。どちらが優勢かは火を見るより明らかだ。


リーチに長け、獲物も長い殿の刀は単純に威力もある。月夜を殺すにはあまり有る。


月夜は防戦一方。何とか斬撃を防いでいる様だ。


「防ぎ方が悪い。アル、月夜にちゃんと教えたの?」


「俺のは教えられるもんじゃない。俺は月夜と模擬戦してただけだ。何一つ教えちゃいない。」


「くぁっ…」


殿の剣戟を受け止めきれず、月夜は壁まで吹き飛ばされる。流石は一国の王。小娘相手に後れを取ることは無い。


「次はお主らじゃ。打首にしてくれる…」


「まだだよ、ハゲヤロー。そうだよな…?」


ガラッ…


瓦礫を掻き分けた月夜は刀を構え直す。そしてアルを見て笑みを浮かべた。


「もちろんです!こんなハゲヤローには負けません!!」


「よく言った!よし、ぶっ殺せ!!」


「このっ…餓鬼共が!!これは髷だ!!禿げでは無い!!」


月夜が刀を振りかぶり殿目掛けて斬りかかる。当然、殿は軌道を見切り受ける型を見せた。


「でやぁぁぁぁぁぁあ!!!」



「俺は月夜に何も教えてない。でも月夜は強くなった。僅か2週間でな。」


「つまり…?」


「ああ…羨ましいしあんまり好きな言葉じゃないんだが…」


振り下ろされる剣を見切り、既に反撃の準備すら整えている殿はやはり一流の武芸者なのだろう。それを理解した上で月夜は笑みを浮かべる。


刀と刀がぶつかり合う寸前、月夜の操る獲物が突如消えた。


と思えば殿の左耳に激痛が走った。


「ぬぁっ!?…み、耳が…ない?」


咄嗟に耳に触れれば血で濡れただけで耳の感触はない。下を見ると根元からばっさりと切れたソレがあった。


「な、何をした!?」


「やはり師匠より弱い…!」


攻勢に出た月夜は未だ動揺を隠せない殿の身体を何度も切り裂く。防いだと思えば全く別の箇所から血飛沫が舞う。致命傷はなんとか防ぐが既にその身体はズタズタと言っていい。


「月夜は天才だ。固有能力が戦闘向きじゃないけど、それをカバー出来るほどにな。」


「…うん。アレは誰にでも出来るものじゃないね。」


月夜の猛攻は止まらない。その剣技は至近距離では剣が消えたように見えるだろう。


難しいことはしていない。だが常人離れしたことはしている。その剣はもはや受けることは不可能に近い。


「ぐぁっ!?」


「お前を倒して…!アスカを助けるんだ!!」


その剣技は獲物同士が衝突する寸前、高速で方向を変える。薙ぎから突きに、突きから振り下ろし、薙ぎ払う。それを可能にしたのはセンスと類まれなる手首の強さ、柔らかさ。


続けてきた努力は決して裏切らずアルとの模擬戦で開花した。その名も”月詠つくよみ”。


突きから変化した唐竹割りの峰打ちをまともに受けた殿はその屈強な意識を手放した。アルが言うように稀代の戦闘センスを持つ月夜は僅か一合の打ち合いでも強くなる。戦う度にさらに磨かれる才能を持つ。そうして格上であった殿を上回ったのだ。


「お前はもう立派な剣士だな、月夜。」


「し…師匠…!」


「泣くのは早いぞ。アスカを助けねぇとな?」


「っ…は、はいっ!」


隔絶された実力のスキュア=ミレ=サンダースレイ。


大怪我も完治し剣士の頂に立つアルゼーレ=シュナイザー。


そして稀代の天才、輝夜月夜。3人目のギルドメンバーの前に陽の国ミョウチョウは敗れ去った──。

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