第21話 剣士の頂
まず開幕したのはアルと左近だ。ジリジリと間合いを詰め、左近は峰を担ぐような独特の構えを披露する。
「行くぞっ!我が千刃を防げるか!?」
左近の問いかけは答えない…いや、聞こえない。代わりにアルはその身で答えた。
左近の”千刃”は一瞬で千の斬撃を打ち込む不可避の技だ。数回避けられたとしても残り数百超の刃が襲いかかる脅威の絶技。当然、誰一人として防ぎきった者はいない。
左近はこの技で殿様の懐刀になるまで成り上がった。
「……」
しかしアルは今この時、時が止まったモノクロームの世界に生きている。言うなれば、アルはその世界の神だ。他の侵入を許さない絶対空間は領域内の神に力を貸す。
だが流石に左近クラスの速度では静止とはいかないが非常にスローリーに見えていた。故に対処は可能だ。全ての斬撃を避け、受け止め、弾き返した。
そしてアルは内心思った。
(手数多っ…)
何とも閉まらない回答だったが、左近はそれ所ではない。
「ほぅ…俺の千刃を破ったのは貴殿で初めてだ…」
おくびにも出さないが驚愕に次ぐ驚愕、信じられないような衝撃を受けてきた。
実はこの千刃、放った左近すらどこに当たるか分かっていない。ただ出鱈目に最速の斬撃を叩き込む速度特化の技なのだ。
それを完全に見切られたのだ。左近はどんな技を放とうと当たる気が全くしなかった。強い男と戦うことは純粋に好きだ。身を削り合い、互いに研ぎ澄まされていく感覚は左近の人生において呼吸と同じレベルで必要不可欠だ。
だが規格外は話が違う。いくら打ち込んでも削れない。それどころか打ち込んだ左近が折れそうになる。そんな化け物にアルは成りかけていた。
「ッッッ!!!?」
出鱈目に打ちまくっていた左近はアルが避けながら距離を詰めていたことに気が付かず、アルの間合いを失念していた。
(やばい!!
しかし気が付いてからでは遅すぎる。究極の斬撃は間合いの中では絶大な威力を有する。
避ける?防ぐ?──否。その斬撃は斬られたことすら気づかせない。不可視、不可避すら逸脱した異質過ぎるただの斬撃。
……当たれば、の話だが。
「はっはっ!はっはっ!?」
息を荒くした左近は幸運にも下がる際にスキュアが吹き飛ばした扉の木片に躓き、転んだ。
だが弊害もある。それは眼前をアルの斬撃が通り抜けたことである。何も見えなかった。しかし超一流の剣客である左近は感じ取った。全ての剣士が目指すべき剣の頂を。そして倒れる視界の中、僅かに見えたアルの斬撃の動作。技とも言えないただの斬撃は自分の誇っていた千刃という極技すらも霞むほどの魅力、威力、殺傷力に溢れていた。そんなものが明確すぎる殺意と共に振り下ろされた。
怖い!恐い!こわい!コワイ!!
そう思うのは当然だ。だが左近は剣士であり、武士だ。敵に背を向けることは恥。脳は、身体は逃げろ!と全霊で叫ぶが魂が許さない。震える身体に喝を入れ直し眼前のアルに立ち向かう。
「ああああああああああああ!!!!」
左近が放った最後という決意を込めた最強の奥義”千乱尽”。己の体力が底をつくまで千刃+固有能力”焔炎”を刀に込めて放ち続ける捨て身の技だ。
左近の願いは1つ。出会い頭でもなんでもいい。一撃でいいから当たってくれ。その願いを込めて剣を降り続ける。
しかし無常にもその願いが果たされる様子は見受けられない。幾千と放った斬撃が当たった感触は硬い金属と擦るように明らかに力が流された感触。何百回に数回のその感触は左近を更なる絶望に叩き落とした。
そうして数分後…刀が振り抜かれる音は止んだ。
そして左近の眼前にはいつ斬りかかったのか分からない刀の峰が置かれていた。
「俺の…拙者の負けでござる…!」
刀を置き、両手を地面に付けた左近を見てアルは戦理眼を解いた。
「何故貴殿はそれ程迄に強いっ…!それとも俺が弱いのか…!?」
「アンタは速かった。今まで戦った誰よりも。俺もまだまだ弱いから偉そうには言えないが…努力あるのみだ。」
「…忝ない。貴殿に見逃して頂いたこの命、再び燃やし貴殿の元へ再戦を挑みに行こう。」
「ん…まぁいつでもこい。」
ズバァァァァアン!!!
突如鳴り響く轟音。放った張本人は少し不満げだった。失神する右近を一瞥すらせずにアルに一直線で向かってくる。
「アル…なんで雷成を使わなかったの?」
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