第23話 光
「起きろハゲヤロー。」
アルは殿の頬を軽くピシピシとはたくと気絶していたとは思えない鋭い眼光でアルを睨む。
「……弓間飛鳥は地下にいる。分かったらこの国から去ね…狼藉者共。」
「ありがとな。そうさせてもらうよ。……悪ぃな、こっちも弟子の頼みなんだ。」
彼も武士の頂点に居る男だ。負けて死ねぬならせめて潔く。それが彼の武士道精神だ。
「地下だとよ。まぁ行きゃ分かるだろ。」
「うん。行こっか。」
「月夜、ほれ。」
そう言ってアルは座って月夜に背中を向けた。言葉はやや足りないが背負ってやると言う事だろう。
「そ、そんな恐れ多い!ちゃんと立てますよ!ほら!」
とは言うものの、その足は拙くふらついていた。走ることはおろか、歩くことさえ覚束無いだろう。
「遠慮するな。」
「…は、はい…。」
そんな師弟愛をまざまざと見せつけられたスキュアは静かに頬を膨らませる。今のスキュアの感情はただ一つ。羨ましいの一点張りだった。
「なんだ?リスの真似か?」
「知らないっ。」
「あ、おい。待て待て。」
戦いの後とは思えず、まるで遠足に来ている様だった。呑気といえばそれまでだが単純にこの2人は戦い慣れていた。スキュアは勝利を。アルは敗北を。歩んできた道は違えど互いに百戦錬磨の手練だ。
閑話休題──。
「うわっ!?し…師匠の仕業ですか!?」
「いやまぁ…。でもこいつら大したことないぞ?」
城から出れば道狭しと倒れ伏せた武士の群れ。いや、道だけではなく屋根の上や壁にめり込む者もいた。地獄絵図とも言えるだろう。
「この数を1人で?」
「あぁ。」
スキュアの呟きはアルに聞いたというよりも漏れ出たといった表現が正しい。
制圧はしているものの、1人の死傷者も出ていない。アルの強さはスキュアの予想すら上回っていた。それがどういう事か。神の目とも称されるスキュアにすら伸び代が見えないのだ。まだまだ伸びるかもしれないし、ここで終わりかもしれない。
「ここか?地下牢って。」
「多分?」
アルは月夜を降ろし、恐らく鉄でできている扉を両断する。
♢
眩い満月の光がいつぶりかアスカの顔を照らした。暗闇に慣れた眼にはあまりに明るく、しかし見上げるのは止められない。
手で月光を遮りながら何とか見えたものは3つの影。それだけではあるが1人。それが誰なのか即座に理解出来た。
親友であり主であり妹のような存在の少女を影ですら見間違うはずもない。
声は出そうと思っても出ない。命を繋ぐギリギリの食料しか与えられなかった上に、もう随分と発声すらしていなかった。しかしそれでも必死に少女の名を呼ぼうとする。
だがそれより先に少女の影が動き、飛鳥を閉じ込める牢に走り出した。
「飛鳥ッッッ!!」
ガシャァァン!と牢を揺さぶり、少女はこじ開けようとするも微動だにせず、ならばと斬りかかるが無情にも堅牢なそれは刀を弾き、欠けさせる。
飛鳥は動こうにもその体力も残っていない。本当なら直ぐにでも駆け寄りたい。そのもどかしさに唇を噛む。
少女は諦めず、何度目かの斬撃を放とうとするが突然その華奢な身体はバランスを崩し膝をついてしまう。
「あ、あれ?動いてよ…あとちょっとなんだから!」
「見てらんねぇな…ったく。手は出したくなかったんだがなぁ。」
そう呟くと男の影はゆらりと動き出す。階段を降りながら腰に刺した刀を抜き少女の後ろに立つ。
「師匠…」
「今回だけだぞ。」
少女が師匠と呼んだ男は牢の前に立ち飛鳥の顔を見る。逆光でイマイチ見えないが彼の目があるであろう位置に目線を向ける。
「ユミマ=アスカ。お前を助けに来た。俺は”鈍色の英剣”副団長のアルゼーレ=シュナイザーだ。一応聞くが…動けるか?」
アルの問いに飛鳥は悔しそうに首を振る。
「そうか。ならまぁ…少し危ないかも知れんが許してくれ。」
飛鳥はなんのことか分からずアルを見つめ直すと同時に鋼鉄の牢を何かが通過したように感じた。するとアルは刀を納刀し牢の一柱を掴むと軽く引っ張れば直ぐにズレ始める。
2人を隔てる絶望的とも言えるそれは、呆気ないほど簡単に切り裂かれていた。
「重っ!?」
アルは切り裂いた鋼鉄の塊を支えきれず床に落とす。硬質的な音が地下中に反響したが不思議と追手の気配はない。
「あー…とりあえず行ってやりな。月夜。」
それだけ告げるとアルは月夜の背中を押す。
「飛鳥…」
「つ…く、よ…さ…」
何とかひねり出したその声と同時に月夜は飛鳥に抱き着いた。大粒の涙を零しながら。
「ごめんっ……遅れちゃったよ…あたしが遅いから飛鳥はこんなに……」
泣かないでください。そう言いたいがもう声は出ない。抱き返したいが腕も動かない。それでも飛鳥は月夜に向けて優しく微笑んだ。まるで、こんなのなんて事ない─とでも言わんばかりの笑みを向けた。
「バカ…こんな時まで強がらないでよねっ…!」
月夜もまた、涙を溜めたまま笑みを返した。
「師匠!行きましょう!」
「あいよ。ユミマ=アスカは俺が背負おう……の前にとりあえずコレやるよ。」
アルは飛鳥を仰向けに倒し、頭を支えると水筒を口に運ぶ。それを飛鳥は目を輝かせながら喉を鳴らして飲み干した。
「よし。本来なら食い物もやりたいがその様子だとスープからだな。」
飛鳥は満面の笑みを浮かべてアルの背に体を預けた。すると瞬く間に寝息を立て始める。
「あああ…し、師匠!申し訳ございません!!」
「いや、いいよ。ユミマ=アスカもそれだけ気を張ってたってことだろ。寝かせておきな。」
そして、それを見たスキュアはまたも頬を膨らませ、アルとの模擬戦を決意した。
アル達”鈍色の英剣”は意気揚々と帰路に向かう。大きな満月がミョウチョウを嘲笑い、アル達に微笑みかけた。
これは後に”輝夜の悪魔”としてミョウチョウ側からすれば二度と忘れなれない事件になるのだった…。
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