第19話 依頼開始!!

「はぁっ…はぁっ…!や、やっと完治…した…。」


「おぉ……?なんか…気持ち悪ぃ?」


あれから2週間。月夜の能力を受け続けてきたアルの身体はついに完全回復してしまった。それがどういう事なのか、アルは理解していなかった。


「いつもはどっか痛えし動かしづらいのに今はなんの違和感もない…。」


「アル、それが普通なんだよ。」


限界まで痛めつけられていた筋肉、骨、靭帯、細胞が唸りを上げるかのように歓喜していた。

精密な動きを必要とする月影を半死半生の状態で使いこなしていたのだ。それを今の状態で行えば……それは想像に難しくない。


「うし!月夜、2週間後にお前の友達助けに行くぞ!」


「はいっ!」


鈍色の英剣の伝説が始まった瞬間であった。



「…いや普通に遠くね…?」


「はい…でも、もうそう遠くないと思います。」


「確か…陽の国"ミョウチョウ"は徹底的な鎖国政策を取っていたはずだけど、どうするの?」


ミョウチョウは月夜の住む夜の国"カグヤ"とは特に敵対的だがそれ以外の国との関係も断っている。今までどんな大国の使者も入国すら出来ていない。


「そ、それは…」


「正面突破あるのみだ。行くぞ、スキュア。」


「師匠!?無理です!いくら2人でも国と戦うなんて死んじゃいます!」


月夜の心配をよそに2人は堂々と門に向かって歩き出していた。普段のアルならここで策を練っていたはずだ。だが今日は、今は勝てると確信していた。


「月夜、心配はいらない。鈍色の英剣は最強だから。」


「スキュア殿はSランクの世界最強ですけど…師匠はEランクなんですよね!?強いのは分かります…でも!」


月夜の心配は最もだ。アルの実力が本当にEランクならば。昨日まではC〜B-クラスの強さだった。それでも一瞬だけはAランクの猛者を悠々と飛び越えられる程の尖った強さを有していた。


半死半生の状態でそれなら全快のアルはどれほどの強さなのか…?スキュアはそれが知りたかった。ただ、分かっているとすれば…


「大丈夫。今のアルは私の世界に踏み込んでる。月夜は後ろにいて。」


そうしているうちに、アルは門番の目の前まで来ていた。2mは優に超える2人の巨漢にメンチを切りながら腰の刀に手をかける。


「ミョウチョウは他国の人間を入国させられない。貴殿には去っていただきとうござる。」


「そうはいかないな。こっちも依頼でね。悪いけどちょっと眠っててもらう…スキュア!!」


「"雷閃"───。」


アルの声とほぼ同時にスキュアは門番の背後に移動した─ように月夜からは見えた。剣だけではなく体捌きすら見えなかった。


そして門番は前のめりに砂塵を巻き上げながら倒れ伏せる。


「行こう。」


「なんで攫ったか知らねーけど、こういう時はあの城だろ。」


月夜は異次元の戦力を前に戦慄していた。これが雷神とまで称される世界最強の戦闘能力。スキュア=ミレ=サンダースレイだ。


「次郎坊をやったのは貴殿か…?」


「…こいつ人間か?」


門の奥から現れたもう1人の門番。彼は次郎坊と呼ばれた男よりもさらに巨体であり筋骨隆々だった。


「ご、剛腕の一郎太…ミョウチョウでも十指に入る化け物です!師匠!逃げて下さい!!」


「まぁ大丈夫だろ。悪いけど通してもらう。」


アルは腰の刀を抜刀し構える。それはつまり雷成は使わないということ。それでもこの大巨漢に勝利する自信があった。


「ここは通さん…。いざ、尋常に勝負!!」


「いや…もう終わった。」




──決着は僅か一振でついた。アルがしたことは懐に飛び込んで袈裟斬りを放っただけだった。さらに言えば一郎太は斬られたことにすら気づいておらず、アルに刀を振り下ろそうとしていた。


「おおおおお…え?」


「言ったろ…終わったって。」


「がぁっ!?」


既に一郎太の刀は折られ…いや、斬られていた。一郎太はアルの体捌きは見切っていた。しかしその究極とも呼ぶべき斬撃は目視は愚か、受けたことすら理解出来ず動き出してから傷が開いた程だ。深手ではあるが死には至らない程度に手加減もされていた。


「月夜、アルから目を離しちゃだめ。彼は斬ることにおいてなら剣士の頂点と呼んでも差し支えない。」


「これが…師匠の本気…。」


「え?アルは本気じゃないよ?でしょ?」


「ああ、まぁ…な。」


スキュアは自分の能力に少し驚いた様子のアルを見て背筋を震わせた。正直、まだまだアルの力はスキュアには遥かに及ばない。しかし雷成──アレは1秒にも満たない僅かな時間であるが、スキュアの世界に侵入出来る。しかし今の完全回復したアルの雷成なら…もしかすれば横に並ぶかも知れない。そう思えば歓喜に震えてしまう。


死にかけの男が放ってなお、人外の領域に存在するまさに神技。才能だけでは決して辿り着けない究極を超えた究極の剣技。


スキュアの見立てでは近接戦闘でのアルの実力は既にSランクの領域に入りかけている、と感じていた。とはいえ剣の届く範囲に敵がいなければEランクであることには変わりはない。


「じゃ…行くか。」


「うん。月夜、おいで。」


月夜は呆けながら2人のあとを追いかけた…疑問を抱えたまま。それは当然、アルについてだ。


彼に才能がない?馬鹿な。月夜は剣客の国を生きてきたからこそ一流の剣士を見てきた。確かに彼らに比べると身のこなしは数段劣る。しかし何十年と剣を振ってきた彼らですら辿り着けない境地にアルはいた。未だ二十歳にも満たない青年だ。命を削るほどの鍛錬を積み重ねているが数年だ。


月夜からみてもアルは天才…もしくは秀才だ。無能とは思えなかった。


しかしアルは戦いの才能はない。努力によって生み出した固有技能でカバーしているに過ぎない。それを才能と呼ぶならば確かにアルは天才なのかも知れないが…。


「曲者じゃぁ!!」


「お、来たぜ。ここは任せろ!行け、月夜、スキュア!」


「うん。」


「ご武運を!」


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