第18話 月夜が輝くの晩に
「申し遅れた。拙者の名は月夜。アルゼーレ=シュナイザー殿、スキュア=ミレ=サンダースレイ殿。先程の無礼、魂から平伏し申す。誠に申し訳ない。」
腰の刀を地に起き、片膝をついて頭を下げる月夜は打って変わった態度にアルは困惑していた。
「あー…構わないよ。まず立ってくれ。周りの目が痛い。」
傍から見れば少女を跪かせる鬼畜にしか見えない。団の信頼にも関わる訳だ、早急にやめてもらいたい所だろう。
「はっ。仰せつかった。」
「よし。じゃあ色々事情も聞きたいし俺の家に行こうか。」
♢
「じゃ、少し質問しようか。まず君の依頼は?」
「拙者の友であるアスカが敵の狼藉者に攫われ申した…。しかし我が軍では太刀打ちできぬ…!ましてや拙者だけでは…。」
「なるほどね。それじゃアスカはどこにいる?」
「ここから5~6里ほど離れた敵と根城に幽閉されている、との情報が。」
「……スキュア、5里ってどんくらい?」
「大体20キロくらいかな。」
学のないアルは少し恥ずかしそうにしていた。とはいえ即答するスキュアもややおかしいのだが。
「オーケー。じゃ敵の戦力を教えてくれ。」
「この国で言う処のしいらんく相当が凡そ50、びいらんくが20~30。そしてえーらんく~えすらんくが2人。その2人は拙者の領土にも名を轟かせるほどの凄腕でござる。」
「よし、分かった。スキュア、他に何かあるか?」
「…今回の依頼は報酬のあとにする。」
「…拙者に出来ることならば。」
神妙な面持ちで緊張しながらも月夜は真剣にスキュアの目を見つめる。スキュアはふぅと一息つくと口を開いた。
「あなたの能力でアルを完治させること。」
「……それだけ…でござるか?」
「言っておくけどあなたの想像より遥かに辛いと思うよ。」
「お安い御用でござる!ささ、アルゼーレ殿!こちらに。」
「ああ。服は脱いだ方がいいか?」
「うむ。拙者の能力は直接触れることが条件であるが故。」
アルは月夜のに背を向け上着を脱ぐ。すると月夜の表情が一変する。
アルの背中は彼の歩んだ道を物語っていた。身体中に巻かれた包帯は滲む血で真っ赤に染め上げられ、隙間から見える肌は打撲痕で紫に変色している。
「なっ…こんな怪我であれほどの抜刀術を…いや、なんで立っていられるの!?」
「んー気合い?とりあえず頼むよ。」
「は、はい!」
もはや使っていた方言も忘れてアルの背に手を当てる。精神を集中させ、固有能力を発動させる。
「"
「あ、なんか気持ちいい。」
アルはそう言うが、月夜はそれどころではない。どれだけ力を込めてもまるで効果がないように思える。ダムに対してバケツで満たそうとしているようなものだ。それも仕方の無いことかもしれない。
「ぐ、うぅ…」
とはいえ月夜の能力も捨てたものではない。わずか十数分で無数の傷を塞ぎ、出血を止めることに成功した。
「おお!すげぇな月夜!」
「すみません…今ちょっと、話せません…」
「言ったでしょ?辛いって。」
玉のような汗を浮かべる月夜にスキュアは呟くが彼女には届いてなかった。極限まで集中した月夜は今まで回復した者とは比べ物にならない怪我と傷の量を前にして実力を超えた力を引き出していた。
「おお!?痛みがちょっと引いた…?」
「はぁ…はぁ…もう無理です…」
アルの複雑骨折を普通の骨折程度には回復させた。それはスキュアやアルとは別の世界ではあるが人外の領域に足を踏み入れたようなもの。他の誰にも月夜の真似は出来はしない。
「この感じなら1週間で完治かな?」
「ま、任せて下さ……い…」
その言葉を境に月夜は意識を手放した。
♢♢
ヒュンッ
その夜…異常に鋭い風を斬る音に月夜は目を覚ます。外を覗けばアルが舞っていた。それはアルにとっては鍛錬なのだが、月夜からすれば美しく洗練された舞に見て取れた。
「綺麗…」
「ん?月夜か。悪ぃ起こしちまったな。」
「いえ…って何をなさる!貴殿は大怪我人!拙者の尽力を無駄にするつもりでござるか!?」
「あーすまん。日課なもんでな。それよりその言葉遣い無理してないか?」
「む、無理などしておらぬ。拙者は武士でござる。」
「そうか?ならいいが。でも好きに生きた方が楽しいぞ?」
「…ってそれをいったら貴殿でござろう!好きな生き方をしてあのような怪我を負う訳がなかろう!」
確かに月夜はそう思った。しかし月夜とアルは似ていた。弱く、しかし心は強い。決めたら曲がらない鋼の魂がある。
強くなりたい理由も友のため。アルはどうしても他人のようには思えなかった。
「そうだな…少し話すか。」
アルはかつての自分、ミーナとの約束を語る。それは月夜にとって同類の存在を示す言葉だった。
「アル殿も…あたしと同じ…。」
「そうだな…だから月夜。」
名を呼ばれ月夜はアルを見上げる。すると大きな満月を背後に、アルは月夜の頭に手を伸ばし撫でながら微笑みかける。
「お前は強くなれる。自分の弱さを知ってるからな。」
「…………えっ…?」
一瞬、何を言われたのか分からなくなり硬直する。しかしその言葉を受け入れてみれば、涙が零れ落ちる。
ずっと分かっていた。己が強さを追うことは無謀だと。しかし同類であり、今や一瞬あればBランクの冒険者を再起不能にまで屠る強者にまで成り上がった男に強くなれると認めてもらえた。
「……っ!アル殿!拙者を…あたしを弟子にしてください!」
「えっ!?弟子……まぁ流派って代物じゃないけど…一緒に強くなろうぜ、月夜!」
「はい!ありがとうございます、師匠!」
10年後、鈍色の英剣の中核を担う世界十指に入る女剣士が誕生するのだがそれはまた別のお話…。
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