第17話 雷神
「なぁ、あそこにいるのアルゼーレ=シュナイザーだよな?」
「棄権したんだよな…?」
観客席の一角は一躍有名人になってしまった松葉杖をつきながらも、アルが現れたことで少しザワついている。もうアルを弱者と見るものはいない。少なくとも、今日彼を見た者はそんな事は思えないだろう。
『アルゼーレ=シュナイザーの棄権によって決勝になります!"雷神"スキュア=ミレ=サンダースレイVS"竜炎"ジル=ドランク!!スタートでーす!!』
開始の合図と共に、スキュアは重心をやや低く、剣は抜刀状態のままで半身に構えた。この型は雷成とほぼ同じだ。
『ああーーっと!?この構えははもしや…アル=シュナイザーの絶技、雷成か!?』
「違う。私に雷成は放てない。でも真似ることは出来る。」
スキュアは覚えておいて欲しいのだ。出来るだけ多くの人に、できる限り強く。その境地にたどり着けた者は数える程もいない。天賦の才に弛まぬ努力を積み重ねた者のみ手に出来る一撃を才無き身で、努力のみで手にした凄さを少しでも感じて欲しい。
「いくよ…!」
「っ!!?」
スキュアが前方に駆け出し、逆袈裟に剣を振る。迸る稲光がジル=ドランクの視界を奪い、神速の斬撃がスルリとその身を切り捨てる。
「名付けるなら…雷光閃…。」
何とも呆気ない幕引きであった。一騎当千の力は何者も寄せ付けない。圧倒的な強さを見せつけた。
『圧倒的ーーーー!!!これが"雷神"の力!!』
「まぁ分かってたよな。雷神は強すぎるよ。」
「あぁ。でも…アルゼーレ=シュナイザーの雷成ってどう対処すんだろーな。もしかして雷神でも…」
「バカ、雷神なら何とかするだろ…。」
そう答えた彼だがどこか歯切れが悪い。スキュアが敗れるわけが無い。だが雷成は不可避の剣。防ぐ方法は思いつかない。
『優勝したスキュアさん!一言お願いします!』
「…アルゼーレ=シュナイザーという人を覚えていてほしい。常人なら動けないような怪我を押して大会に出場した。それでもなお、鮮烈にデビューした1回戦。雷成を見せつけた2回戦。忘れたくてもできないかな…?」
スキュアは鉄仮面を外して微笑む。それだけで観客はうおおおおお!!と歓声を上げる。スキュアの笑みにはそれだけの価値があった。
「私たちは"鈍色の英剣"。困り事なら私たちを頼って。特に戦闘なら誰にも負けないから。」
さりげなくアピールしてから闘技場を降りる。アルはこの辺は流石だ、と思ってしまう。と、その時背後から肩を掴まれ反射的に振り返ると満面の笑みを浮かべた冒険者たちがアルを囲んでいた。
「アンタらスゲーな!今日いっぱいどうよ?」
「あ!おめーずりぃぞ!俺らも行くぜ!」
「ちょ、ちょっと待て。俺は今日は休ませてもらうぞ?」
ただでさえ全治2年の重症だ。それに加えギルスとの激闘はアルでさえ無視出来ないダメージだろう。
「そうですよ!アルさんは普通なら死んでもおかしくない怪我を負っています。ここはギルド職員として行かせるわけにはいきません!」
冒険者との間に割って入ったティアは堂にいった態度で冒険者を制する。彼らもティアには頭が上がらないようでまた今度飲む約束をして去っていった。
「さ、帰りましょうか。」
「ああ、ありがとう。」
「アルさん、今も痛いですよね…?」
「ああ。死ぬほど痛いな。正直気を失いそうだ。」
そんなことを言いながらも一切表情に出さないアルの精神力は確かに凄まじい。だがティアはそんなアルが悲しく見えた。
「アルさん。痛い時は痛いって言っていいんです。辛い時は誰かを頼っていいんですよ…?」
「……なんか母さんみたいだ。ありがとうな。」
ティアは成長という域をはるかに超えて飛躍するアルを誇りたくなりながらも心配していた。それは母性とも言えるのかもしれない。
「ティア、アルから離れて。近い。」
スキュアがティアを睨みつけたその時、どこからか少女の声がアルに届いた。
「おい!そこの男!」
「んん?」
「先程の技は"抜刀術"だな!?拙者にも教えろ!」
アルが声のする方向に顔を向けるとこの世界では珍しい和服に高い位置での黒いポニーテール。腰にはアルと同じくカタナを携えた少女がビシィ!とアルに指を突きつけながら言い放つ。
「バットウジュツ?雷成のことか?」
「それだ!あの一撃は拙者に必要なのだ…!」
何やら訳ありそうな少女は拳を強く握り、訴えかける。だが雷成は言わば剣士の頂。教えたとして使えるようなものでもない。
「あなたには到底無理。雷成は人を超えた剣技。」
「なっ!?いかに雷神と言えど拙者を愚弄することは許さぬぞ!拙者なら出来るのだ!!」
「まぁ落ち着けよ。雷成までは出来なくても擬似的なものは出来るかもだろ?君の能力次第だけどな?」
「……拙者の固有能力は…超回復だ。拙者が触れた相手の怪我を治せる。骨折程度なら1時間と言ったところだ。」
「無理ね。」
少女の固有能力は戦闘には全く向いていないがその道においては最高峰の能力だ。攻撃力を持たない能力では擬似雷成は放てない。
「ぐぬぬぬ…!いいから教えるのだ!この能力でも拙者は貴殿の抜刀術を習得してみせる!!」
「そうだな…俺は5年間のほとんどの時間、剣を振り続けて、ソロでゴブリンを狩って飯食って少し寝る。毎日それだけをしてた。」
「嘘を抜かすな。人間はその様な事は出来ぬ。肉体的にはもちろん、精神的にもだ。」
「本当さ。そのおかげで今は瀕死らしいけどな。ほら、見てみろよ。」
アルは両手を広げ、少女に見せる。少女は不満げのままアルの手を覗くと、表情を一変させた。
「なんだこの手は…貴殿、まさか本当に…!?」
血豆を磨り潰し、その上に血豆が出来てそれをまた潰す。それでも止めずに剣を振り続けたアルの手は岩のように硬く、指紋や手相も薄れて見えづらい。
比べて少女は自分の手を見る。彼女も並の努力はしていないつもりだった。毎日泣きながら剣を振り続けてきた。だからこそアルがどれだけ剣を振ってきたか分かる。
「……無理ではないか…。」
「ん?」
「そんなバカげたこと出来るわけない!!拙者は…あたしは強くならなきゃいけないのに!そうじゃなきゃ、アスカをたすけられないのに!!」
「…なら助けてって言えばいいさ。そしたらどっかのバカなEランクとSランクの冒険者が助けてくれるかもしれない。」
涙を流し、叫ぶ少女にアルは微笑みながらその頭を優しく撫ぜる。
「な、何を…そんなこと言ったところで…」
「いいから言ってみろ。」
「……て…」
「もっとちゃんと言え。そんな声じゃ誰にも届かないぞ。」
「あたしを…アスカをたすけて!!」
少女の心からの叫びを受け、アルは背筋を伸ばし左胸に握りこぶしを当てる。
「その依頼、"鈍色の英剣"が承る。必ず達成しよう。」
「任せて。」
少女は瞳から零れる雫を拭いながら2人を見上げる。彼女からはアルとスキュアはどう見えていたのか、それは分からない。だがその瞳は先程までの悲痛は写してはいなかった。代わりに強烈な羨望の眼差しだけが輝いていた。
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