第11話 一対多数


「んっ!……よし。もういいだろ。ゲホッ!ぐあぁぁぁあ!!?」


「ダメ。せめてあと1ヵ月。」


スキュアが恋心を自覚してからさらに1ヶ月。アルは軽い運動すらさせてもらえず休養を取っていた。それもそのはず、今だって咳をしただけなのに体が軋み激痛が襲うほどだ。完治には程遠い。


「あっ!シュナイザーさん!何動いてるんですか!て言うか何で動けるんですか!?全治3年ですけど!?あなた当院の創業以来で一番の大怪我人なんですよ!?」


全治3年で後遺症が残ると診断された大怪我をわずか1ヶ月ほどで動こうとする方もおかしいがあと1ヶ月後ならと許可を出す方も相当おかしい。唯一正常なのは医者だけだった。


「ああ?俺には時間はねーよ。」


そう。ミーナのタイムリミットまであと約4ヶ月だ。アルに焦るなと言う方が無理な話だ。


「アル。ミーナの事、多分大丈夫。」


「え?どういうことだ?」



♢♢♢



「アルには口で言うよりもこっちの方が分かりやすいと思って。」


「それは構わねぇけど、この前のは多分奇跡だぞ。普段の俺が人造人間あんな化け物に1体でも勝てやしないと思うが……しかもこのコンディションだしなぁ…。」


「それは…すぐ分かる。」


スキュアとアルが移動した場所はお馴染みの下級モンスターの巣窟だ。かつてアルとスキュアが出会った場所でもある。


「ん?なんだそれ?」


「これは魔寄せの香。炊いてる限り下級~中級のモンスターが引き寄せられるよ。」


「はい?もしかして……」


「そう。頑張ってね、アル。」


程なくしてゴブリンの群れがぞろぞろと現れた。そこまではアルも剣を構えることが出来た。…しかし次に大量のスライムと中級のオークが見えた瞬間に踵を返す。


しかしそこにはモンスターなどチリに見えるような威圧感を放つ世界最強が仁王立ちしていた。これは倒せない。彼女と戦うくらいなら背後のモンスターと戦った方が何倍もマシだった。


「チクショォォオ!!スキュアなんて悪魔だ!!」


仕方なくモンスターの方に顔を向ければそれは既に群れを超えてモンスターの波だった。さすがのアルも生唾をゴクッと飲み込む。そして集中を高め、覚悟を決めてその波に飛び込んだ!


「「「gugaaaaaaa!!!!!」」」


「ぎゃぁぁぁぁぁあ!!多すぎるわ!」


しかしその言葉とは裏腹にモンスターの数という名の暴力を目まぐるしく捌く。背後からの攻撃すらも一本の剣で受け流す。モンスターの攻撃を使い、弾き、逸らし、斬る。スキュアの”蓮華”のような軌道ではあるが、力感を感じさせない柔らかな斬撃は縦横無尽に動きを変えて数体のモンスターの攻撃を同時にいなした。


「……やっぱり…。でもこれは……」


スキュアはせいぜい30秒ほどで限界だろうと踏んでいた。けれども5分は経ち、まだまだ尽きる気配はないが既にモンスターの屍の山ができかけている。アルはまだまだ体力も集中力も余裕がありそうだ。未だ常人なら激痛で身動きできないような、死ぬ寸前のようなコンディションで…だ。ただ、精神的にはかなり参っているようだが。


「あああああああ!!?流石にやばいって!おい!スキュア!?ちょっ、助けて!マジで!死ぬから!」


器用にも、口と手を同時に動かしながらもモンスターにも集中を向けてなんとか防いでいた。こんなことはスキュアでも出来るかどうか。まぁ、スキュアならば能力を使えば一撃で方はつく。


「”雷龍落”……」


ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドォッ!!!





「…………は?」


雷龍落。スキュアが定めた敵に龍を模した雷を落とす恐らく世界最広の殲滅力を誇る戦略級の技だ。とは言えアルも並外れている。十全のコンディションで戦場にでも放り投げれば1人で一騎当千のはたらきをするだろう。


「アル。これで分かった?」



「ああ……お前の恐ろしさがな……。」


「違う。アナタの能力。アナタは一対一の戦闘でも充分強くなってる。だけどアルの真価は一対多数での状況。それはAランクでもそう簡単には出来ない。」


そう。スキュアが言った通り、アルは一対多数の戦いならばAランクと同等以上の戦いをこなせる。そもそも高速で迫る攻撃に剣を合わせて逸らすなど神業と呼べるものだ。更にアルは逸らしたモノを攻撃手段として活用出来る。戦闘中にそこまでコントロール出来るのはアルだけだろう。


「アルは多周辺視と集中力が並外れてる。ずっと1人で戦ってたことで危機察知にも優れている。それ以上に集中の瞬発力。……それに今のあなたは一対一の戦いでもその力を発揮出来る。」


「え、えーと……つ、強くなれるならやるぜ!うん!」


アルは理解していないだろうがその戦い方はまるで芸術だ。敵の攻撃を操り標的まで勢いをそのままに導くという一連の流れはスキュアを推して美しいと言わしめるほどに見事だ。



才能に胡座をかいているような者には想像も出来ないような努力によって生まれた神業と呼ぶに値する技術と寝る間も惜しみ研ぎ澄ました極限の集中力によって漸く可能になる。スキュアなら演習や模擬戦であれば同等以上に出来るだろうが、アルのように戦闘中に敵すらもコントロールできるかと聞かれれば首を横に振るだろう。


「多分今のコツを掴んだアルならクソジジイイヴァンの人造人間達とも正面から戦えると思うけど、もっと鍛えよう。」


「おう!」


以前は正面突破は不可能だった。今ならば無傷とはいかないだろうが恐らく単身である程度は正面から進めるだろう。だが、アルの身体能力は驚くほど上がったりはしていない。


「あ、でも1ヶ月後ね。」


「あっ、おい!降ろしてくれ!」


アルを無理矢理背負い、病室へと歩を進める。心做しかスキュアの頬はじんわりと紅い。視線もアルと逆方向を向いていた。






「あっ!見つけましたよー!」

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