第10話 スキュアの恋心


「……まさか両足に罅が入ってて両腕と五指は複雑骨折。頬骨も罅。背骨も所々に罅入ってるわで、鎖骨も折れててアバラも十本粉砕骨折してる上に5本も肺に刺さってたとはなぁ…。どうりで痛かったわけだ。」



「あと一時間遅れてたら間違いなく死んでたって。アル、ヒューヒュー言ってたもん。治癒師さんもアルの生命力に驚いてたよ。」


あれから1ヶ月。有無を言わさず即手術で集中治療室直行を余儀なくされた。にも関わらず「大丈夫だって。それより俺、そんなに金ないんだけどそっちのが大丈夫かな?」と的外れなことを言っていたアルに医者が軽く戦慄した出来事を彼は忘れられないだろう。


そして入院中のアルに付きっきりで世話をしていたスキュアは1日のほとんどをアルの病室で過ごしていた。着替えや食事は五分と経たず済ませ、アルが寝るまで隣に座り、アルが起きる前からスキュアは病室にいた。アルの体を拭こうとした看護婦は魔王のような眼力で追い返し、代わりにスキュアが顔を真っ赤にしながら体を拭いた。


「そういやスキュア。お前パーティとか大丈夫なの?」


「あ、うん。昨日抜けてきたよ。…全員ぶちのめして…」


「おまっ…ウソだろ…」


ダダダダ!バン!


リアクションが取れないほどアルが混乱していると、廊下から足音が聞こえた。そしてその人物は豪快に病室のドアを開けた。


「スキュアさん!パーティを抜けるって何考えてるんですか!?」


個室とはいえ大声を出した人物は受付のティアだった。手には”迅雷の九頭竜”の報告書を携えてそれをバッ!とスキュアに向けた。


「何って……アルだけど?」


「そうじゃないです!ギルドのエースが抜けたらシャレになりませんよ!」


「そう。じゃあアルとパーティを組む。あ、アルが倒したモンスターは私に経験値が来ないようにしてね。ティアなら出来るでしょ?」


あくまでマイペースを貫くスキュアとグイグイくるティアによって場のペース争いをしていると観念したかのようにアルが一言、


「ま、まぁアレだ。そんな感じで頼むわ、ティアさん。

「………はい?アル君、何かおっしゃいました?」


「あ、なんでもないです。どうぞ、続けてください。」


本気じゃないとは言え頑固者アルを黙らせた。さすがはギルドの受付嬢と言わざるを得ないだろう。逆らえないオーラを放っている。


「て言うかアルくんだいぶ変わりましたね。表情も態度も随分柔らかくなってすこし安心しました。」


「ん、そうかな?変えたつもりは無いんだけどな…」


「ティア。近い。アルからもう少し離れて。」


「……まさか……」


ティアは言うほど近づいてはいないがスキュアは瞳を揺らしてティアとアルを遠ざける。そこには確かに嫉妬の感情が見て取れた。そこで、ティアは暴挙に出る。


ぷにっ。


「っ!?」


ぷにぷにっ。


「……ティア…?」


「いでっ!?え?なに?何でティアさん頬っぺ触ってんの?流行り?ってか傷に響くんだけど……」


ティアがアルの頬を人差し指で触るたびにスキュアの胸中は曇り、なんだかティアに全力の雷撃を叩き込みたくなる。


「なるほどなるほど。って冗談ですよ!ウソですウソ!」


「なぁ。俺ごととかやめてくれよ?」


「任せて。僅かな隙間でも逃さない。」


振りかざした拳を防ぎたいティアは身を守るためアルの後ろに座るが、人類最強とも言われるスキュアにとっては僅かに見えるティアを捉えることなど容易い。


「まぁ冗談は置いておいて、スキュアさん。ちょっとこちらへ。」


「…いいよ。宣戦布告だね。」


「いや違いますって!」


両手を上げて非戦闘の意思を示すティアと相対的に拳をボキボキ鳴らしながらドス黒い闘志を燃やすスキュアは病室の外へと歩み出た。


「……なんだあいつら……」


そして残されたアルはなんとも言えず、頭の上にカラスが飛んだ。ただただ呆然と彼女たちの背中を見つめているしか出来なかった。




「それでなに?アルを賭けて戦う?」


「いや何でそんなに戦いたいんですか!?アルさんのことです!」


「やっぱり…。許せない……!」


「ああもう!単刀直入に言います!スキュアさん、アルさんのこと好きでしょ!?惚れてるんでしょ!?恋しちゃってるんでしょ!!?」



「…………え……?」


そして静寂を破ったのは無意識に漏れたスキュアの一言。意図せぬ言葉に貫かれ、まさに漏れたと言うセリフ。その疑問詞は自分に向けられたもの。


「ほら!やっぱりですよ!自分の顔見てください!」


「え……!?」


ティアが所持していた鏡にスキュアの顔が映り込む。いつも無表情で詰まらなそうな顔は違い、顔全体は爆発寸前と言ったような朱に染まっていて口は浅く開かれていた。瞳もどこか潤み、過去に本で読んだ恋する乙女と同じような表情だった。


パキュンッ!


「私は……アルが好き……?」


「…………いやいや!それより鏡吹き飛ばさないで下さいよ!?今死ぬかと思いましたよ!?」


感情の昂りで能力が発動してしまい雷を纏った拳が鏡を消し炭に変えてティアの顔面のわずか横を通過した。


「あ、ごめん。」


「じゃ、戻りましょうねー」


(フフフ…これで面白くなりそうです……)


そう。ティアをそこまで突き動かした理由はただ一つ。面白そうだからだ。ティアは興味のあることにはとことん歩み寄る質で、他人の恋愛に関しては特に大好物であった。それさえ無ければ信頼するに十二分、値する女性なのだが……。




「お、おかえり。……殺してないよな…?」


「……正直死ぬかと思いましたけどね…フフフッ。」


「……ア、アル、わた、私今日は帰ります……!」


ドアの隙間から顔半分だけ出してそれだけ告げるとスキュアは脱兎のごとくその場から逃げ出した。


「……アンタ何した……?」


「はい?何もしてませんが?」


嫌に白々しく、それでいて狡猾に表情を隠したティアに何を言ってやろうかと思ったアルだったが、ティアには借りがある。その為踏みとどまったが、少しだけ女性が怖くなったアルだった。

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