第9話 覚醒する刃


「俺の友達を傷つけたてめぇらは絶対に叩きのめす!!」


「……状況を見てからものを言いたまえ。こちらは30体の作品人造人間。それと反対に貴様は武器も無く、あるのは足でまといのみ……やれ。」


「足でまといなんかじゃねぇ。スキュアが力をくれたから俺は今、戦えるんだ!」


ドガァッ!バキッ!!


「なに……木剣…?」


アルが背中から取り出したものはスキュアとの訓練で使用した二本のボロボロの木剣だ。そしてその馴染みの木剣で眼前に迫る二体の人造人間を弾き飛ばした。


「ただの木剣だからってナメるなよ。これは俺とスキュアの絆だ。意思のないニセモノ如きに負けねぇ。」


「だからどうしたと?所詮ただの木だ!やれ!」



イヴァンの号令の元、襲い来る人外の筋力を木刀を使っていなし、攻撃の軌道をズラした。途方もない筋力に対してアルは鋭く磨きあげた技術で対抗した。


ズドンッ!


その攻撃は対角線上の敵に命中し、さらに拳を振り切った後の隙を見逃さずに強烈な片手での唐竹割りで効かないまでも距離を保つ。極限まで敵に集中した意識は、縦横無尽に迫る攻撃をその二本の木刀で次々に受け流していく。


アルにはそれが出来るという確信があった。思えばスキュアとの模擬戦から少しずつ手にしつつあった力。それは覚醒や進化などという大仰なものなどではない。元々の潜在能力を開花させたなどというロマンティックなものではない。


無骨で泥臭いまでの執念と気の遠くなる修練がもたらしたアルだけの固有技能”月影”そして”戦理眼パルティード・ヴィジョン


月影は攻撃を流す剣技。超高等技であるそれはアルの並外れた技量ともう1つの固有技能の戦理眼パルティード・ヴィジョン。2つの固有技能を使いこなしアルは真っ直ぐ向かってくる攻撃は側面に剣を当てて勢いをそのままに背後の敵へ、左右からの攻撃は躱しながら誘導することで敵へと誘い、上下からの攻撃は直接切り伏せる。


イヴァンはそんな動きを視認できるはずもなく四方八方からの攻撃が全て外れ、自滅し合っているという訳の分からない光景を見ていた。


「な、何が起こった!?…ありえん!ふざけるのも大概にしろ!!」


理解不能な現状にイヴァンが叫んだ言葉はアルの耳にははいらなかった。既にアルは目の前の人造人間に意識を向けていたからだ。


その瞳は朱に染まっていた。


視界は黒く、人造人間だけが白く映し出されている。モノクロームの世界の中でその動きもほとんど止まっているかのようなスローモーションに見えている。今のアルには当たる予感がまったくない。ただ敵を倒すことだけを考え、不要な色彩感覚を削除した。一つのミスも許されない極度の集中は視界の極限化を作り出した。それこそが戦理眼パルティード・ヴィジョンの効力である。


槌のような強力無比な暴力はアルの持つ木刀タクトに導かれながら他の人造人間へと叩き込まれる。敵の動きを完璧に見切ったその一連の動作は見事なまでに洗練されていた。まるでオーケストラの指揮者、傍または狂騒的なワルツを踊るかのようにアルの描いたシナリオを辿る。


数刻前の苦戦が嘘のように全ての攻撃を受け流し続け、一撃もカスリすらしない。自らの血と返り血を撒き散らしながら戦うその姿はまるで鬼が舞っているかのようだ、とスキュアは感じた。


「…すごい…すごいよ…アル……。」


アルは竜巻のような攻撃を見切りながら可能であればその攻撃を対角線上の敵へと導きながらゆっくりとスキュアに近づいていた。


そして遂に雷神が解き放たれる──。


「スキュアァァァァ!!」


アルが人造人間の隙を見逃さずスキュアへ向けて二閃の斬撃を放つ。そしてガゴォッという音と共にスキュアを縛る枷は砕け散った。


「な、何なのだ貴様…っ!本当にEランクなのかっ!?」



アルは30体の怪物との戦闘は最初から勝ち目がない事を理解していた。ならばどうすればいいか。簡単なことである。最強スキュアを解放すればいい。アルの目的は初めからそのひとつだけだった。


それは一つの作られた劇のようにスキュアには見えた。目の前に敵がいなければすぐさま拍手を送りたくなるほどに、アルの戦い方は美しくそれでいて荒々しかった。



しかしアルの身体能力が上昇した訳でもない。当然ながら先程の度重なるダメージに加え極限まで高めた集中は脳や視力にも一時的な影響ダメージを与えていた。さらに四肢、あばら骨や鎖骨の骨折。それにほぼ全ての臓器への多大なダメージで既にアルの肉体は限界を遥かに超えていた。そんなアルがボヤけた視界の中、そっと木剣を手渡し掠れた声でスキュアに話しかけた。


「俺ぁ…ここで…限界、だ…最後はお前の手で決着つけろ…!」



「…アル、ありがとう。」



アルはそれを境に根性で支えていた両足から力が抜けさりスキュアに向かって倒れ込んだ。瞳を潤ませながらも優しく抱きとめたスキュアは一転、鋭い眼光で敵を睨む。


「ウソだ……この私が……」


博士クソジジィ…アナタには言いたいことが一つだけあるの。」


スキュアの身体を纏うように雷が迸る。次の瞬間、アルがあれほど苦労した人造人間は一体残らず消し炭になる。


そして血塗られた木剣を引き摺りながらゆっくりとイヴァンに歩み寄る。そこで漸くイヴァンは人造人間を全滅させられたショックから復帰した。


「ま、待て!私は人類最高の頭脳の持ち主だぞ!?107号!これは命令だ!今すぐそれを捨て…」


「107号?誰?…私はスキュア=ミレ=サンダースレイ!人間だ!!」



ズダァァァァァァアン!!!


イヴァンの言葉を待たずに振り下ろされた鉄槌は轟音を鳴らし、イヴァンの脳天へと落雷した。迸る余雷がスパークする。これが”雷神”の由来でもある彼女の能力、”怒れる雷牙ソア・ムジョルニアだ。その雷撃により一瞬で絶命したであろうイヴァンは最上階から地中までを猛スピードで下っていった。


「はっ、こんなでけぇ墓に、埋葬されたんだ。本望、だろうな。」


「アル……なんでアルはこんな私の為にここまでしてくれたの……?」


「スキュアは後ろ指を指される俺を弱くないと…立派だと言ってくれた。そんな人を救けないなんてありえないだろ?」


人に認めてもらえるという事は努力してきた人間にとって最も欲しているものでもある。特にアルはギルスを始めとする冒険者達にバカにされ、彼の努力は踏み躙られてきた。そんなアルを唯一認めてくれたスキュアの為に命をかけるのは、アルの中で当然といえる。


それはスキュアも同じく。常に人外扱いされていた彼女に大声で人間だと認め、自身を縛る鎖を壊してくれた。スキュアにとって何ものにも変え難い宝になったのだ。


「スキュア。もう一度言うよ。お前は世界で1番強くて綺麗な、誰よりも優しい人間だ。俺が断言するよ。」


「……ッ……ありがとう…っ。」


必死に涙を引っ込めてから花が咲いたような笑顔でアルに今、一番言うべき言葉を告げるとアルも思わず微笑んでしまう。


「どーいたしまして。そんじゃ、帰ろうや。」


フラフラしながら折れているはずの両の足で立ち、スキュアに手を差し伸べる。この時アルの眉間のシワがない笑顔を初めて見た。それと同時にスキュアに心臓を締め付けられるかのような、飛び跳ねるような感覚が襲う。しかし決して不快ではない。むしろずっと浸っていたいとも思えてくる。


「う、うん。」


そしてアルの手を握れば心臓は跳ね上がり、動悸が早くなっていくのを感じた。今まで感じたことがないこの感情が何かスキュアは知らない。けれどアルに向けたものという事だけは分かっていた。もう一つ。この感情は永遠に不変だと言うことにも気がついた。


「どうした?俺流石に病院行きたいんだけど……」


「あっ…うん。帰ろ。」


その後はアルのアドレナリン分泌や張り詰めていた緊張の糸が切れて痛みに絶叫。その場で失神しかけて動けなくなる事件が起きたがスキュアがおんぶしてくれたことによって町までたどり着くことが出来た。


♢♢


「あれ?サンダースレイさん、お顔が真っ赤ですよ?風邪ですかな?」


「っ!?な、なんでもないです。」


「スキュア、もう歩けるぞ?下ろしてもらって大丈夫だ……っていだだだ!!?」


「ほら、まだダメ。アルが病院にいくまで降ろさない。」


アルとスキュアはこのやりとりを何回も繰り返していた。漸く二人の日常が戻ってきたのだった。

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