第8話 Eランクの突撃

『スキュアァァァア!!助けに来たぞぉぉぉぉお!!!』


「アル……!」


獣の如きアルの咆哮は研究所内に響き渡る。イヴァンは直接殴られたかのような衝撃を受け、尻餅を着いた。


「うっ!『おい!所詮はEランクだ!お前ら早く殺せぇ!』」


人造人間の脳に直接怒鳴りつけるイヴァンは焦燥に溢れていた。彼は生粋の臆病者だ。恐ろしくないといえば嘘になる。というよりも怖くて仕方がなかった。


Eランクと聞いてなお、侵入者アルの放つ得体の知れない力強さに背筋が凍るようだった。




「う……」


「ぐがぁっ!?」


突然に格段速く、強い一撃を受けたアルは思わずその場に蹲る。人外の膂力を誇るそれは肋骨を軽々とへし折り、内蔵に多大なダメージを与えた。例えるならそのパンチは巨大な槌と同等の破壊力を持っている。


そんなもので殴られたのだ。無事な方がおかしい。アドレナリンでも誤魔化しようのない威力はついに蓄積されていたダメージが一気に吹き出した。


「まだだ……ってあ?っかしいな…立てねぇ……?」


立ち上がろうとしても膝が笑い、崩れ落ちる。それを何度か繰り返し、剣を支えにやっとの思いで立ち上がる。


「チッ……やっぱ正面突破は厳しいか……」


おもむろに胸ポケットに手を突っ込んで、拳大のボールを取り出した。


「また後でな!」


ボフンッ!


人造人間に向けて投げ捨てたそれは地面に着弾すると同時に白く濃い煙を撒き散らした。老人も人造人間もが不測の存在が放った不測の事態に反応ができなかった。


『なっ!?クソ!何も見えんぞ!お前ら、風を起こして煙を飛ばせ!』


「…………!」


「ア、アル……?」


煙が消えた頃にはアルの影も形もその場から姿を消していた。さらに言えば運のいいことに人造人間が煙を飛ばすために暴れたことで足音を消す手助けになっていた。



♢♢


「なんて事だ!あんなクソガキに私が翻弄されるだと!」


「……すごい。」


怒りを物にぶつけるイヴァンの横でスキュアは小さく驚嘆の声を漏らした。つい先日はどこにでもいる並の冒険者だったアルがBランク相当の人造人間達を相手に互角の戦いを繰り広げている。そんなことAランクの実力者でもそう出来ることじゃない。それをEランクのアルがやってのけたのだ。驚いても仕方がない。


しかし快進撃もそうは続かなかった。





「クソッ…蟻みてぇにうじゃうじゃいやがる。」


壁を背に曲がり角から顔を覗かせれば人造人間が辺りを隈無く徘徊していた。体力が底をつきそうなアルはその場から慎重に離れようとする。しかし、


ミシッ


「……!」


(おいおい!嘘だろ!?)


踏み込んだ床が決して小さくない音で軋んだ。並の人間でも確かに聞こえる音量は五感が強化されている人造人間にとってはサイレンのようなものだ。


「クソが!やるしかねぇのかよ!」


わらわらと群がってくる人造人間に双剣を壁を背にしたまま素早く抜く。少なくとも後ろからの攻撃を受けないためだ。決して間違いじゃない戦法。だが、それは人造人間にとっては大した問題ではなかった。


ドゴォォッ!!


「ぐぁあっ!!…壁を…」


人外の膂力を持つ人造人間ならば壁を砕くことなど紙を割くことに等しい。


吹き飛ばされたアルは瞬時に体制を整えたが既に人造人間達は隙間なく彼を囲んでいた。その包囲網には逃げ道の隙間すらありはしなかった。



♢♢♢

「……ククク。107号、クソガキは捕らえたぞ……?『殺さずにここへ連れてこい』」


「…何をする気……」


「決まっているだろぉ?貴様の前で死にたいと言うまで拷問してからグチャグチャの肉塊になるまで爪先から頭までみじん切りにしてやるんだよ!それが当分の貴様のエサだ!クカカカカカカカカ!!!」


「そんな…………」


残虐なイヴァンの言葉を想像してしまったスキュアは口を手で覆い、込み上げてくる吐き気と涙を必死に抑えた。そして手枷で何も出来ない自分自身に激しい怒りと憎悪を覚えた。




「ククク…随分と散らかしてくれたなぁ……クソガキ?」


「ハハ…アンタの面と頭ん中ほどじゃねぇよ。腐れジジィ。」


「……口の利き方には気をつけろ。」


「ぐごぁっ!?」


人造人間の1人に強烈なボディブローを受け意図せぬ吐血をしてしまう。度重なる内蔵へのダメージは確かに蓄積されている。意識があるだけで奇跡、既にアルは半死人のような状態だった。


「さぁ、貴様が文字通り骨を折ってまで会いたかったオトモダチとのご対面……そしてサヨウナラを告げろ…ククク。」


「アルッ!!」


「ゴホッ…スキュア……」


老人は影からスキュアを引っ張りだし、床へと乱暴に投げ捨てる。そしてアルに触れようとした伸ばしたスキュアの手をルーン入りの杖で殴りつけた。


「くぁっ!」


「このルーンは人造人間にとっては猛毒でな…枷に彫るだけで力は激減し直接触れれば激痛を受ける…だが、拷問を受けるのは107号ではない。貴様だ、クソガキ……」


「…………」


「どうした?何か言ったらどうだ。惨めに命乞いして107号を見捨てれば助けてやらんこともないぞ?その場合はコレは処分するがな!クカカカ!!」


もちろんイヴァンは逃がす気なんてないだろう。こうして精神に揺さぶりを掛けているだけだ。だけどそれは好手じゃない。


「…かよ……」


「なに?なんだ…?」


その時、アルはミーナを連れ去られた記憶が脳裏を過る。だがあの時とは違う。今のアルには決して諦めてはいけない理由がある。決意が力となり、限界を超過した身体に鞭を打つ!


「2度も友達を手放してたまるかよォォォォ!!!」


♢♢♢

『人間には成長限界値が存在する。仮に凡人が10だとするなら、天才は100だ。』


智将エドワード=ミッズは確かにそう言った。人間には伸び代というものが確実にあるだろう。それは生まれ持ったものだと。


しかし彼のこの言葉には記されていない続きがあった。


戦いはゲームでは無い。ゲームはまた次・・・・がある。だが戦場では一撃でもまともに食らえばそれで死ぬのだから。勝敗を決めるものは才能だけではない。いかなる分野においても勝者と敗者を決するもの。それは”覚悟”、”想いの強さ”である──と。


「邪魔だッ!!!」


「なんだとっ!?私の作品がどれほどの膂力を有していると思って……」


アルが力任せに取り押さえていた人造人間の手から煙のようにすり抜けた。瞬間的なスピードがそう見せたのだ。


そしてイヴァンの作り上げた人造人間はパワータイプだ。その筋力はAランクに準ずる程に高い。油断していたとはいえ、万力のような握力から逃れたことは信じ難い事実だった。


「知るかよ…それとな、スキュアはてめぇが造ったんじゃねぇ。自分の中で生まれて、自分で成長して、自力で生きてんだ。スキュアを作品呼ばわりするな。スキュアは……人間だ!!」


「何を馬鹿なことを…!コレのどこが人間だ?雷神と呼ばれるほどに強く、美しい人間がどこにいる?コレがなぜ強いか分かるか?私が創り上げた作品の中で唯一の”成長型ゴーレム”だからだ。最も初期値も人間とは比べ物にならないがね。」


「馬鹿はてめぇだ。雷神?そんなもん勝手に付けられただけじゃねえか。ここにいるコイツは神なんかじゃねえ。スキュアはすげえ強くて、信じられねぇ位に綺麗で、誰よりも優しい心を持ってる。スキュア、お前は間違いなく人間だよ。その心はこの腐れジジィなんか関係ねぇ。その強さはお前が必死に生き抜いてきた証だ。全てお前自身のものなんだ。」


「…………ア゛ル゛……」


初めて人間だと認めてもらえた。思い返せばアルはスキュアの事を一度も”雷神”と呼ばなかった。これまでの人々はスキュアの人智を超えた強さと美しさを見てバケモノだと言い、”雷神”という人外の称号を押し付けた。自身が造られた人間であることを理解し、誰よりも人間として有らんとしたスキュアがその扱いにそれにどれほど苦悩してきたことだろうか。今、声に出して”人”と認められた事でスキュアを重く縛りつけていた枷が弾けて壊れたような、身体こころが軽くなったように感じた。


こぼれ落ちる大粒の涙とともに解き放った声は今までの孤独な声ではない。その涙は何よりも暖かく、その名前は掛け替えのない者に向けられた、死んでも忘れられない。忘れたくない人物の名前だ。


「俺の友達を傷つけたてめぇらは絶対に叩きのめす!!」




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