第7話 誘拐
「なんて…規模の森だよ…」
ついに森を見つけた。そこは遠目から見ても縦にも横にも広く、端が見えないほどに大きかった。そしてその森の中心と思われる場所から研究所…というよりも城に近い巨大な建造物が見えた。恐らくそこにスキュアはいるはずだ。
「ん…?まさかスキュア!?」
数キロ離れた森の手前に、数人の人集りが目に映った。岩陰に隠れながら近づけば白衣の老人と数人の男性。そして手足にルーン入りの錠をつけられて男性に担がれているのが見える。
老人達はまさかスキュアを助けに来る人物がいるとは思ってなかったのだろう。全くと言っていいほど警戒心は皆無だ。
頭では隠れながら後を付けることが好手だと言うことは分かっている。然し苦しむ
「え……アル!?どうして!?」
「ん?何を無駄口を叩いているのだ、107号?」
まだそれなりの距離があるのにも関わらず、スキュアはアルをいち早く見つけた。アルは両手の双剣を携え、スキュアに見せたこともない程に怒りを顕にした。
「まさか107号を!?い、行くぞお前ら!」
「待て!!」
♢♢♢
老人は優れた科学者であると同時に小心者だった。スキュアを助けに来る輩はスキュアに次ぐ実力者だったら。そうじゃなかったとしても、もしもを考えるとやはり護衛はそれなりの数を連れて行きたいと思うほどには臆病だ。だが厄介でもある。
優れた軍師とは臆病なものだ。確実に勝てる策を思い浮かぶまでは無茶はしない。そうすることでいたずらに兵士を無くさずに勝率を限りなく100%に近づけられるというものだ。
♢
「アル!逃げ…んむっ!?」
「貴様は黙っとれ!」
逃げるよう促そうとしたスキュアだが、老人に猿轡のようなものを口にはめられ、言葉は途切れてしまった。そしてその行為はアルの怒りに油を注ぐものにもなる。
「スキュアに触るんじゃねえ!!」
「うっ…く、クソ!お前ら!私を運べ!」
老人であり科学者でもある老人にはやはり過度な運動なのだろう。このまま行けばすぐに追いつかれると思ったのか護衛の男にその身を預けた。それと同時に加速する男性はその速度から鑑みるにスキュアと同じく強化人間である可能性が高い。常人のアルにはとても追いつける速度じゃない。
「チッ…見失ったか…。とは言えもう研究所は近いはず。」
アルの思い通り、研究所はもう目と鼻の先だ。ここであの老人のような人柄ならば策を考えるまでは動かないだろうが、彼が軍師ならアルは兵士だ。敵に挑み、果敢に敵の陣地に攻め込む。それに、考えている暇もなければ悩む必要も無い。アルの頭にはスキュアを救い出すことしか考えていなかった。
「…随分とでけぇ研究所だな。」
目の前の巨大な建造物を見上げて口を開いた。およそ研究所には見えないほどのサイズ感はまさに城や屋敷にしか見えなかった。そしてそれは厄介極まりない。敵の数は考えたくもないし、何よりも数ある部屋の中でスキュアのいる部屋をピンポイントで探し当てることは簡単じゃない。
「オラァッ!」
しかしアルに迷いはない。ドガァァッ!と言う轟音を鳴らして力任せに玄関のドアを蹴破る。勢いをそのままに場内に駆け込むと待ってましたとばかりに数十人にも及ぶ同じ顔をした人造人間が行く手を阻むかのように立ち塞がる。数だけではなく、決して弱くはない。寧ろアルからすれば絶望的な程の差を感じる。
しかし──
「退きやがれ!!」
アルは自分を、ありふれた有象無象の人間、と言うがそれには余りに異常だ。確かに戦闘においては才はない。だが友との約束のために4年もの間、寝る間も惜しみほぼ不眠不休の無理な日々を積み重ねてきた。それがどれだけの事か、並の人間ならギルスのように忘れ去るだけだろう。基本的にステータス表示される能力は平凡なアルだが彼は持っているのだ。英雄や歴史に名を残す人物に必要不可欠な武器──。
”覚悟”という武器を!
「う……!」
「邪魔だ!退けって言ってんだろォ!!」
目の前の人造人間の首を迷うことなく両断する。さらに次の人造人間の心臓部に右の剣で正確に貫き、左の剣で袈裟斬りで叩き切る。本来D〜Cランクの下位程度の実力しかないアルがB+並の実力を持つ相手を一瞬のうちに三人も殺してみせた。何故そんなことが可能なのか。
答えは”覚悟”だ。アルはスキュアを救うために人造人間を殺す覚悟を決めた。そして目的のために死ぬ以外なら全てを投げ打ってでも助けるとも心に誓った。ならば命令以外の意思すらも持たない人造人間に今のアルが負ける道理は無かった。
ドゴォッ!!
「ぐがぁっ!?痛っ…てぇな!!」
しかし人造人間には感情を持たないからこその強みもある。それは死への恐怖や痛覚が皆無なことや殺人への忌避感がないことだ。そこからなる遠慮なき一撃がアルの腹部を打つ。素手ではあるが、強化された肉体から放たれる拳は岩をも砕く。
そんな一撃をモロに受けたアルが無事なはずがない。今はアドレナリンが多量分泌されているためにさほどの痛みは感じていないだろうが、確実に重度の骨折をしてるだろう。しかしアルはそんなことはどうでもよかった。後のことを考えていたら今スキュアを救えないからだ。まだ弱いことはアル自身が1番理解している。必要な代償なのだ。
「あぁぁぁぁぁぁぁあ!!!」
「…………!!」
アルの獰猛な雄叫びに無感情の人造人間ですらも僅かながら怯んだ。そしてその隙を今のアルが見逃すはずもない。鍛え抜かれたアルの剣速は決して遅くない。一瞬の隙が命取りになる戦いだ。
「ぐぁっ!?チッ…!敵が多すぎる…!」
バサバサとなぎ倒している様に感じるかもしれないが、いくらアルが覚悟を決めようと劇的に強くなったわけじゃない。ギリギリの戦いを何度も連戦しているのだ。数体倒したがまだまだ先は長い。アルの残りの体力も鑑みればジリ貧としか言えないだろう。
♢♢♢
「クソ!あのガキのせいで計画がズレたじゃないか!107号!奴は何者だ!」
「私はスキュア。彼はアル。私の友達。」
「はっ!人造人間の分際で何が友達だ!何のミスかは知らないが一丁前に感情を持ちやがって。所詮貴様は私の作品なんだよ。貴様が美しく、何よりも強いのは私の頭脳と腕によるものだ!」
20年前、この研究所でスキュアは造られた。人を造ると言う禁忌でありオーバーテクノロジーでもあるそれは1人の科学者によって研究を続けられていた。
”イヴァン=ロビンソン”。彼は世界最高峰の頭脳を持ち不可能とされている人間の製作に精を出した。神への冒涜とも言えるその研究は彼の神の領域にたどり着いた思考によって成功を収める。
そしてスキュア──。107号と名付けられた個体は優れた戦闘能力と美しい容姿を持って創り出された。体内に埋め込まれた核から無尽蔵のエネルギーを生み出すその個体はイヴァン最高の出来でもあった。その個体は何のミスか、感情が生まれたがその戦闘能力に自我を持たれたら自分の身が危ないと危惧したイヴァンに牢屋へと閉じ込められた。然し次第に外に出たい。世界を見てみたい。と思い始めた107号をただの鉄程度の枷で止められるはずもなく、ぶち破られた。
その後、スキュア=ミレ=サンダースレイと名乗り冒険者を始めた。その美麗なる姿と強力無比な強さで瞬く間に有名になった。しかしだからこそイヴァンに見つかってしまったのだ。
「クソ!なんなのだあの小僧は!私の作品たちを…Aランク程度か……」
「Eランク。」
「なっ!?嘘をつけ!あそこにいる私の作品はBランク相当だ!それをEランクの雑魚が対処できるわけがない!」
「雑魚じゃない。彼は強い。」
イヴァンは監視カメラから見える映像を指差し怒鳴る。自分の作り上げたものをEランクの弱者にじわじわと破壊されていることに明らかな怒りを浮かべている。
そして不意にその映像の中のアルがカメラを見た。そして不敵な笑みを作り、周りの人造人間を一気に蹴散らした。
『スキュアァァァア!!助けに来たぞぉぉぉぉお!!!』
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