第6話 消える雷帝


「ぐぁっ!?」


「アル。剣じゃなく全体を見て。上から見下ろすイメージ。」


「はぁ…はぁ…おぉよ…!」


アルの日々はスキュアにボコボコに打たれまくる→その後モンスターとの戦闘→鍛錬→スキュアにボコボコに打たれまくる、の繰り返しだ。スキュアの言った通りそこまで目を見張るような成長は見られない。けれどもアルたちの目には諦めの文字は全くと言っていいほどに皆無だった。


ドガッ


「あれ?」


「ぐっ!」


今までの肉を打つ感覚とは少しだけズレた感触を覚えた。力を流れたかのように、身体に伝わる衝撃が分散されたように感じた。けれどそれは一度だけ。後は先程と同じく、一方的に叩かれ続けた。



「ありがとう…ございました……」


「うん。お疲れ様。」


重度の全身打撲を繰り返すアルの肉体は既に満身創痍を迎えていた。何とか気合いで誤魔化してはいるものの、腕は双剣に今まで以上の重みを感じ、足取りもまるで鉛をつけたように重い。


「アル?たまには休んだら?」


「いや、何か掴みかけてる気が……待て…そう、だな。1日だけ休むか。スキュアとも約束があるしな。」


自分の意思で休息を取る事なんて有り得ない。数日前までアルはそう考えていた。しかし、ミーナとの約束も命を賭けるほどに大切だがスキュアとの約束も大事だ。どちらの約束も守らなければいけない。


「じゃあ明日のお昼に起こしに来るから。買い物に付き合って。」


「え、遊びに行くのか?それなら…」


「アル。私、アルのために頑張ってるよね?」


「………分かった。行こうか。」


了承を得たスキュアは誰にも見せたことのない様な、嬉しそうな笑みを浮かべた。それはまるで天女がいるならこういう姿なんだろうな、と思ってしまった程に可憐だった。


「じゃあ明日ね。」


「ああ。」


軽い挨拶の後に別れる。そこでもうひと踏ん張りとモンスターの元へと重い足を踏み出した。





「…………んぁ?」


その後、モンスターを数十体仕留めたアルはシャワーを浴びて吸い込まれるようにベッドに入った。久しぶりのまとまった睡眠は身体に英気を養い、起きた時にはいつもより体が軽かった。


「あれ…?スキュア?」


呼びかけにスキュアは答えない。もうとっくに昼は過ぎているのにも関わらずスキュアがいないと言うのは不自然だ。


スキュアは約束を破るような人間ではない。何も無いとは思えなかった。


「……探しに行くか…」


そうは言ってもスキュアに何かあるとは正直思えない。なんせスキュアはSランクの中でも頭一つ飛び抜けている実力者だ。そんなスキュアに危害を加えられるだろうか。


「誰がアレに……。なんて恐ろしいことしやがる…!」


と、そんなことを考えているうちにアルは街にたどり着いた。スキュアが毎日通っている道だ。見かけないということはないだろう。


「なぁ、スキュアを見てないか?」


「おお、アル。サンダースレイさんか。俺は毎朝早くに見かけるが今日は見てないなぁ。ギルドに行ってみたらどうだ?」


「……そうか。ありがとう。」


アルは八百屋の店主に声をかけるが見かけていないという。それになんだか小さな胸騒ぎを感じ、ギルドまでの道を全力で駆け抜けていく。



アルはバン!と音を立ててギルドのドアを開けた。中にいた人達が視線を集めるが、アルは歯牙にもかけず受付に向かった。


「あら?アルさん。今日は遅かったですね。」


「ティアさん!スキュア=ミレ=サンダースレイは今日ここに来ましたか!?」


「え?スキュアさんなら昨日、明日はアルさんと遊ぶって珍しく上機嫌でしたよ?会ってないのですか?」


いよいよもって雲行きが怪しくなって来る。彼の心音が大きく、速く鼓動を打つ。


「スキュアの家は!?教えてくれ!」


「…今地図を書きます。誰にも言っちゃダメですよ?」


「もちろんだ!恩に着る!」




ティアから地図を受け取ったは後はギルドから走り去った。異常なほど焦るアルに話しかけられる人物はおらず、皆状況が理解出来ないような顔をしていただろう。


「ティアさん…。アイツどうしたんだ?」


「ヒミツですっ。」



♢♢♢

「はぁっ!はぁっ!もうすぐだ!」


全力で駆け抜けると高級住宅街に辿り着く。スキュアの自宅は地図によればもう目と鼻の先のはず。もし何かあればと思うとアルの頭に血が上る。


「ここか…!」


「ん?てめぇこんな所で何してやがる?」


「あ?ギルスか。」


そこで出会ったのはギルスだった。それはいつもの侮蔑の表情ではなく、何故ここにお前が?と言う疑問に溢れていた。


「ここはスキュア=ミレ=サンダースレイの家だぞ。まぁ、もう居ねぇだろうがな。」


「何か知ってるのか!?」


「あぁ。俺ん家と近所だからな。」


「教えてくれ!」


スキュアに起こる事態の一部始終を知っているようであるギルスに頼み込む。そしてそんなアルに驚いた様な顔をして、少し後ずさる。


「つ、ついさっきのことだ。なんかうるせぇと思って外を見てみたら白衣のジジィと数人のでけぇ男共に連れ去られてるスキュア=ミレ=サンダースレイが見えたわけだ。あの噂は本当のことなのかもな。」


「…噂?なんだ?それ?」


「お前知らねぇのか?あの女があんなに強えのは頭のネジが外れてる科学者に造られたって話だぞ?”人造強化人間”ってやつだ。」


ギルスの放った言葉に耳を疑った。だが、アルと変わらない若さであれだけの実力と美貌を兼ね備えているのだ。そう噂されても仕方ないのかも知れない。


「なんだ。あの女と知り合いなのか?まぁ興味ねぇが助けようなんて思うなよ。あの研究所はバケモンがうじゃうじゃいるらしいぜ。お前じゃ死ぬのがオチだ。」


「……その研究所の場所は……?」


「おいおい…。俺の話聞いてたか?お前程度のカスじゃバケモンの餌になるって言ってんだよ!」


「それでもだ!頼む!」


アルは一切の躊躇なくギルスの目の前で頭を下げて頼み込む。普段のアルならどんなに叩きのめされようとも絶対に顔を上げ、睨みつけたままだが、今はそれどころじゃない。


「……ここから東に真っ直ぐ進むとデケェ森がある。その中心部に研究所は有るらしい。距離はそう離れてないはずだ。」


「ありがとう!ギルス!」


素早く切り返して東に向かい、ギルスの前から走り去る。アルは感謝はしたがいつかをすることを決めるのだった。


「……ってなんだよ。アイツらしくもねぇ…」



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