第5話 折れず曲がらず、不屈の魂


「昨日はごめんなさい。もう大丈夫だから気にしないで。」


「あ、あぁ。分かったよ。」


次の日、スキュアは朝早くにアルの家に現れた。昨日、いきなり涙したことは触れられたく無いらしく、先に釘を打たれたのでアルは何も言えなかった。


「じゃあ今日も頼むよ。それと、あの模擬戦はどんや意図があるんだ?」


「まずはSランクの私の強さに慣れることでランク以上の強さを発揮できるようにすること。それとアルが覚醒とかしたらいいなーって。」


「……覚醒は無理だろ…。俺は本みたいな選ばれたヤツじゃないんだから。コツコツ積み上げるしかない。」


それは所謂、主人公補正のようなもの。追い詰められて隠された力を発揮したり、実力差を謎の力で跳ね返したりというものは凡人には…それどころか天才であっても無理なことだ。無理を承知でそれらを全て自らの力で打開せねばならないのだからアルは修羅の道を走るしかない。


「でも、アルの速さは多分Cランク並だよ。他はまだまだだけど。」


「そう、か。まだまだだな。ホント。」


Cランク程度では足りない。ミーナを確実に救うためには強ければ強いほどにいい。もっと強くならなければいけないのだから。


「……」


「スキュア…?どうした?早く始めよう」


「……言いづらいのだけれど……」


「……?」


スキュアはとても辛そうに目を伏せる。その手には力が篭もり、唇を噛みしめている。明らかに様子がおかしい。


「なんだ?どうしたんだ?」


「覚醒が出来ないなら、アルは……これ以上強くなれない…」


「………は?」


「努力や…覚悟の強さである程度までは強くなれる。それは否定しない。けれど才能と言う壁は超えられないもの。……アルの才能の限界はここまで。……私には分かるの。」


才能──。


それはこの世界において最も重要だろう。凡人でも努力と練習である程度のレベルには達する。優れた戦士なれるだろう。だが、その先の領域に足を踏み入れるには”才能”は必要不可欠だ。


かつての偉人は『凡人が天才と呼ばれる者との差を覆すには人生を変えるような閃きと矢の雨を無傷ですり抜けるような天運が必要不可欠だ。』とかつて口にしたと言っていたと言うが、『天才に僅かな閃きと道端の小銭を拾う程度の運があれば凡人に1%の勝ち目もありはしない』と言っていた説もある。


つまり、天性の才能には敵わないと言う意味であることには変わらない。その名言に従うならばアルはこれ以上成長が出来ないということになる。


だが。


「……限界は…何をもって誰が決めると思う?」


「え……?」


涙すら浮かべていたスキュアが顔を上げる。その潤んだ瞳を真っ直ぐに見つめて言葉を続ける。


「俺は今まで生きてて1回も勝ったことは無いよ。俺は誰よりも弱い。それが諦める理由になるか?」


「え…でも…アルは…」


「才能がないって?そうだな。戦闘の才能ってモンがあるなら、俺は欠けらも無いな。」


スキュアは恐る恐ると首を縦に振る。瞳には怯えが伺えた。アルが怒ることを恐れている。スキュアにとって恐らく唯一の友達のアルに嫌われることを恐れているのかもしれない。


「……『人間には成長限界値が存在する。仮に凡人が1だとするなら、天才は100だ。』…これは過去の偉人が語ったこと。才ある者ですら限界はある。」


「智将”エドワード=ミッズ”だな。知ってるよ。」


武王ヘルディンと共に魔王を倒した5人の英雄が一人エドワード=ミッズ。その戦略と頭脳で幾度となくヘルディン達の窮地を救った彼をこの世界で知らない人はいないだろう。


「…それがどうした?確かにミッズは英雄だ。けど俺が才能のせいにして諦める理由にはならない。」


エドワード=ミッズが何を言おうと、スキュアがどれだけ諭しても諦めるつもりは無い。自分の限界は自分で決める。過去の偉人がどんな名言を残そうとも、それはあくまで過去。会ったこともない人の言葉で目標を諦めるようなバカな真似はしてたまるものか。アルの決意は決して折れることも曲がることもない。日本刀のように鋭く硬い魂。


「っ…それは理想論。どんなに強い信念があっても力が無ければそれはただの妄想。」


「そうだな…。だからって諦めるわけにはいかないね。」


「不可能よ!」


スキュアがある種の殺気を放ち威圧するかのようにアルを睨む。街の誰に聞いてもスキュアの怒鳴ったところは愚か笑顔を見ることすら難しいと答える。鉄仮面とも呼ばれるほどに無表情で無口なスキュアがこれ程に感情を出すことはない。


「……約束一つ守れないような奴は男じゃねぇ。一度決めたら何があっても突き通さねぇとな…?」


「それだと貴方が死んでしまう!私はそんなの嫌っ!!」


「…死ぬつもりなんかない。お前の死に顔、看取ってやるよ。約束する。」


そのセリフに目を見開き、とても悲しげな、憂いの表情を浮かべた。少しの間を開けてスキュアは真っ直ぐな瞳でアルを射抜き、口を開いた。


「…なら私は貴方を信じる。アルは約束を破るような人じゃないから。」


「……ありがとう、スキュア。」


アルの選んだ道は険しく、最も厳しいだろう。例えこれ以上成長出来なくても何があろうとミーナを助けてみせる。ミーナにそう誓ったから。それがアルの使命──。


「まぁ…別に世界一強くなろうって訳じゃない。俺はミーナを助けれればそれでいいんだ。」


「そっか…。じゃあ特訓始めようか。」

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