第3話 ミーナ


5年前──。


アルが12歳の時だった。いつものように三人・・の幼馴染みと広場で駆けっこや隠れんぼをして遊んでいた。ひとりはギルス=ディランス。そしてもうひとりの少女、”ミーナ=ライルスタン”。アルより2つ年下でいつも被っている帽子がトレードマークで、天真爛漫な年相応の可愛らしい女の子だった。クリーム色のモフモフとした髪の毛に笑顔が似合ういつも楽しげにしているのが印象的だ。


そんないつもと同じような昼下がり。3人を判出来事が起きたのだった。3人のガタイのいい男性がザッザッザッと足音を立てて近寄ってきた。年端もいかない少年少女からすれば恐ろしい出来事だろう。


「……そこの娘。帽子を取れ。」


「え……」


戸惑うミーナを尻目にリーダーらしき男がミーナの帽子を強引に引き剥がす。当然、アルはその男を止めようとするが、残りの男に簡単に動きを封じられた。ギルスは立っていただけだが、同じように拘束された。


「やはりな……”獣人”であったか…。」


「いやぁ!2人に言わないで!!」


ミーナの懇願は届かない。一般的に獣人=奴隷という扱いだ。もちろん獣人の国はあるしそうじゃない国もある。だが、俺達が住んでいる国は法律的に獣人は奴隷とされている。つまりミーナは犯罪者として捕えられている。どうやら男達は衛兵だったようだ。


「分かったろ坊主。このガキはお前らを騙してたんだよ。」


「……かよ……」


「あ?どうした?」


「知るかよォ!!ミーナは俺の友達だ!奴隷なんかにさせるか!!」


アルは喰い千切らんばかりに衛兵の腕に噛み付く。それがその時のアルに出来る精一杯の抵抗だった。しかし衛兵は鍛えられている。いわば戦士だ。そんな男達に噛みつき程度は大した問題ではない。それはアリが象に歯向かうようなもの。全く歯牙にもかけられずミーナは連れ去られていく。


「アル……」


「ミーナァァァ!!待ってろ!お前が16歳になるまでに必ず助けてやるから!!待ってろよ!!」




♢♢


「……とまぁそんなところだ。ミーナは誕生月まであと半年しか猶予はない。16歳からは”性奴隷”すらも合法化される。流石にそれはミーナも耐えられそうにないからな。だから俺は必死になってんだ。」


「……ごめんなさい。私、ズケズケと……」


アルの過去の話を聞いたスキュアはしょんぼりと項垂れていた。相当ショッキングだったのか”雷帝”と呼ばれる姿はなく、年相応の少女であった。


「気にすんな。……もう場所も分かってる…あとは力だけだ。」


「そうなの……?」


「あぁ。見つけ出すまでに3年も掛かっちまったけどな。」


「嘘。申し訳ないけど貴方に1年でそこまで強くなることは不可能。」


最低ランクのGランクからEランクになるのは才能のあるもので半年から1年程度はかかる。才能の無いものでは当然もっとかかってしまう。そしてアルは名目上はEランクではあるがDランク相当の強さはある。


それを見抜いているスキュアは才能の無いアルでは2年という期間ではそこまでにたどり着くことは不可能だと言ってのける。


「…まぁ俺に才能がないことは俺が一番分かってる。だけど俺は嘘はついてないぞ。一応言っとくが俺はコネも地位もないから、禁術にも手は出せてない。」


「そうみたい。嘘をついている人の目には見えない。でもそうだとしたら貴方はどれ程鍛錬をしているの…?」


「おいおい。Sランクなんだからその位分かるだろ?ヒントは”ソロ”だ。」


「……なるほど。まさかそんな事を考える人がまだ存在しているなんて思わなかったわ。」


この世界にはレベルが存在する。それはトレーニングとモンスターを討伐することで上昇するが、モンスターを討伐することの方がはるかにレベルをあげるための”経験値”を得る効率がいい。だがそれにはもちろんリスクも伴う。モンスターという他者と殺し合うのだから死を招く可能性は決して低くはない。どんな強者でも戦いに絶対はない。今のアルとキマイラ程の力量差であれば順当に戦えば100%キマイラが勝つだろう。だが地の利や武器次第では変わる可能性もある。つまり、モンスターと戦うということは常に死と隣り合わせという事になる。


そしてその死を限りなく遠ざけるためにパーティを組む。1人で戦うよりも数人で戦った方が効率的なのは火を見るよりも明らかだ。しかし、個人の活躍どうこうではなく人数分に経験値が割り振られるので、大人数で挑めば、トレーニングよりも多少は良い程度だ。


アルは世間的には異例のソロで活動している。つまり、経験値は総取りだ。それならば彼の成長速度も頷けるだろう。だが理解しかねる。そういった顔をしてる。


「貴方はミーナさんを助けるまで死ねないのに、何でそんな無謀なことを……?」


「もう時間がないんだ…。才能が無くて、弱い俺が一番早く強くなるにはそれしか方法がないんだ。」


「……それで見かける度に顔色が優れないんだ。たまには休まないと死んじゃうよ…?」


「あと半年ちょっとは持たせるさ。この2年間、まともに寝てねぇけど、何とかなりそうだ。」


「……じゃあ私が君の訓練に協力するから少しは寝て。」


「そりゃ願ってもないが…なんで俺にそこまで?」


スキュアは優しい子だ。誰にでもとは言わないだろうがそこまで深い仲じゃない俺を心配してくれてる。そしてその反面、友人関係は狭い。そう言った話は聞いたことがないし、触らぬ神に祟りなしという事だろう。


「……私、友達いないの。」


「は…?俺は違うのか……っておこがましかったな。悪いな、勝手に思ってたわ。」


「違う!!」


スキュアは慌てて机をバン!!と両手で叩き立ち上がった。もちろん、アルの家の机がスキュアの力に耐えられるはずもなく砕け散った。


「うわっ!?ど、どうした?」


「わ、私が友達でも……いいの?」


「え……いいも何も、俺としてはアンタみたいないい人とは友達になりてぇよ。俺もミーナ以外は友達いないし。」


「……!!」


恐らくスキュアに初めて友達ができた瞬間だ。まさに感無量といった表情で、少し瞳が潤んで見える。そこがクールな印象のスキュアを可愛らしく見せた。


「アンタが俺を助けてくれるなら俺もアンタを助ける。まぁ、俺は”ヘルディン”とは違うから出来ることは少ないだろうけどな。」


”ヘルディン”とは絵本にもなった過去の英雄だ。4人の仲間を引き連れ魔王を倒し一時期は世界を平和へと導いた男とされているがそれも本当かは甚だ謎に思っていた。ちなみにアルは無神論者だ。この世界にも唯一神として信仰されている神はいるが一切信じてもいないし、神頼みなど以ての外だった。そんな事を外で言えば異教徒とされて処刑されかねないので口には出さないが。


「うん……。じゃあとりあえず……おやすみなさい・・・・・・・


「は?」


僅かにスキュアの腕がブレて見えた。瞬間、アルには何が起こったか分かっていないが、意識が遠のいていく。それは打撃による気絶。怪我をしない程度に抑えられながらも目視すら難しい高速の拳が顎を掠めたことによる脳震盪だ。


「ごめんね。でも、貴方が心配なの。」


ブラックアウトする意識と視界の中、スキュアのそんな声が聞こえた気がした。

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