第2話 アルの過去
「ふっ!はぁっ!」
明朝、彼は双剣を鋭く振る。町外れの小さな家の前で1日たりとも休むことなく行われるその鍛錬は世界中で誰も知らない。
「ふぅ…まだ遅い……もっと速く……もっと鋭く!」
それは昼過ぎまで続く。そしてその鍛錬が終われば次は夜遅くまでモンスターとの戦いは寝る間もないほどに身体と経験を鍛え上げている。そしてその結果は凡人なりにゆっくりと、だが確実に強くなっている実感がある。
しかし──。
「ア〜ル〜。お前まだ冒険者やってんのかよ。」
「……ギルス。ほっとけよ。」
嫌みたらしく声をかけてくる青年は幼馴染みのギルス=ディランス。その性格を表したかのようにツンツン尖った攻撃的な髪型の大柄な人物だ。
「あ?雑魚が誰に口聞いてんだゴラァ!?」
「ぐぇっ!?」
反応できないほどに速い蹴りがアルの鳩尾を抉る。ギルスには戦いの才能がある。その証拠に冒険者ランクは今やBランク上位。Aランクに迫らんとする次代のエースとも言われる有望株だ。所属するパーティも冒険団の序列にして3位の”破邪の魔光”。
「俺様と違って才能の無ぇお前は静かに畑でも耕してればいいんだよ!俺はその間に成り上がってやるんだ…!」
「ゲホッ…お前は…”ミーナ”のこと…よく気にしないでいられるな。」
「ハッ!あんなホラ吹き女、野垂れ死のうが知ったこっちゃねぇ。」
”ミーナ”を卑下されたことにアルは酷く激昂する。握りしめた拳からは血が流れる。だがギルスに襲いかかることはしなかった。理由は無駄だからだ。例え戦ったところで軽くあしらわれて終わる。そんなことをしている暇があれば一回でも多く剣を振っていたい。その方が一振り分強くなれる。
しかしそうは思っていてもこのまま言わせっぱなしにしてはいられなかった。アルにとって”ミーナ”はそれほど大切な人物なんだ。
「……そう、か。ならお前は……さぞや立派になるんだろうなぁ?」
「あぁ!?クソ雑魚が!死ね!無能のくせに!調子に乗るんじゃねえ!」
「ぐあっ!?ぐぼぉっ!!?…てめぇみたいなクソ野郎は落ちぶれんのがオチなんだよ!ぐぁぁぁぁあ!?」
ギルスが気が済むまで蹴られ続け、身体中はボロボロになった。特に左腕はへし折れ、無残なことになっていた。
「ったく。身の程を知れよ愚民。」
「ああああああああ!!死ねよ!クソ野郎がぁ!!……ちくしょぉぉぉぉお!!!俺が強ければ!!あんな奴に言われっぱなしになんて……!!」
ギルスがペッと唾を吐き立ち去った後に、アルは怒りの咆哮を放った。何に届くわけでもないその声は自身の無力を表しているようだった。
「……ミーナ…待ってろ…」
アル自身も無意識にボソッと口から漏れたその言葉はどうしようもないほどに憎悪に満ちていた。
アルはその日も変わらず鍛錬と戦いを繰り広げる。折れた腕など気にせずに幾千と剣を振り、何度も傷つけられるが、止まらない。血反吐を吐き惨めに転げ回る。人は無様だ、と言うかもしれない。それでもアルはその命を散らすが如き獅子奮迅に駆け回った。
♢♢♢♢
そしてちょうど一月後のことだ。アルとスキュアが出会うのは。
怪我も癒えぬまま、切れた食料を買い込みに街に出た日に前に見た時とは違った私服姿のスキュアを見つけた。
まぁ、せっかくの休日に俺が話しかけることもないな。と心の中で思い、踵を返したその瞬間に肩をガッシリと掴まれた。
「君、私のこと見つけたのに無視したよね?」
「ア、アンタさっきまであそこに……」
数十mもあったであろう距離を後ろを振り向く僅かな時間にゼロにしたその敏捷性を前に冷や汗を流した。だが、スキュアの攻めは止むことは無かった。
「そんなこといいの。なんで無視したの。それにその怪我……」
「……なんのことだ?し、知らんな。これは…転んだだけさ。」
「まぁそれはいいとして…さっきまであそこに……って言ったよね。」
「…………すまん。」
完全に言い負けたアルは謝罪をして、思ったことを正直に述べた。だが、何故かスキュアはそのままアルの自宅についてくる流れになってしまったのだ。頭の上に疑問符を何個も並べたまま現在、我が家の前にいた。
「君はEランクの冒険者なんだね。」
「……不本意ながら。」
そのまま小さなリビングに招待させられ、粗末な茶を出した。安物の茶ではあるがアルの腕前で上質な物に化ける。
「美味しい。」
「それは何より。それはそうとSランクのアンタが俺に何の用だ?」
傍から見れば世界に4人しかいないSランクの伝説級の冒険者がEランクの駆け出し冒険者に付きまとっているのだ。理解しかねる状況だ。
「貴方に興味があるの。パーティを組まないでソロで活動していること。そして貴方のその強さへの渇望に。」
「……ソロなのは金を分けるのが嫌なだけ。強さへの渇望?そんなもんねぇよ。……あったらEランクなんかにとどまってないさ。」
アルは無意識に唇を噛み締めた。だが、それも一瞬で、すぐに冷静になった。
「誤魔化しは通じない。これでも私はSランク。それなりに目は利くつもり。」
アルの嘘を簡単に見破ってジーッと真剣な瞳で見つめてくる。これだけの美人だ。男性であればドキッとする仕草ではあるが、アルは違う意味で心拍が上昇している。
両者無言のまま時は過ぎ、流石に折れないと思ったアルは観念して口を開くことにする。
「……アンタには口でも適わねぇな。分かったよ。ただ、あんまり楽しい話じゃねぇし…人に言いたいような事じゃない。」
「他言無用。」
「そう言うこと。まぁ俺の話を聞きたがるやつもいないだろうがな。」
それは五年前へと遡る。
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