悲しい

「昔、東南アジア辺りにスンダランドっていう大陸があって人も定住してたんだけど海面が上昇して水没しちゃったの。それでそこに住んでた人達はサフルランドに行った人と中国の方に行った人に分かれて、中国の方に行った人は北京原人と呼ばれてるわ」

「ああ、あの映画の」

「あの映画のことは忘れて。北京原人は日本人のルーツと言われてるから私にもあなたにも北京原人の血は流れてるのよ」

「へえ」

「それでね、スンダランドはあの幻のムー大陸だったんじゃないかって話があるの。だからスンダランドがムー大陸だったら北京原人はムーの末裔ってことになるのよ。つまり北京原人の血を引く私もムーの末裔なのよ!」

「それはすごいね。というか私もムーの末裔だったんだ。じゃあ何かこう、ムー的なことができたりするのかな?」

「それがね、最近の学説だと北京原人は日本人のルーツではないって説が主流なの。だから私もあなたもムーの末裔じゃないのよ」

「それは……残念だね」

「そう、残念なの。すごく残念なの。がっかりだわ。……あ、バスが来た」

 そう言ってユキミはバス停のベンチから立ち上がった。

「じゃあ私はもう帰るけど、その、今日は果たし合いに立ち会えなくてごめんなさい」

「いいよいいよ、先約があるんじゃ仕方ないよ」

 果たし合い用の脇差しを軽く振りながら笑顔でそう応える。そう言ってもらえてほっとしたのか、ユキミも小さく笑って手を振った。

「じゃあまた明日」

「また明日」

 バスに乗ったユキミを見送ると果たし合いの場所である裏山に向かって歩き始めた。すると最初の角を曲がったところでユキミが待っていた。

「え、ユキミ? でもさっきバスに乗って……あれ?」

「落ち着いて」

「ああ、うん。……落ち着いた」

「そう、なら説明するけど、私は三年後の未来から来たユキミなの」

「へえ」

 言われてみれば先程別れたユキミより少し大人びている気がするし、服装も違っていた。

「それはタイムトラベルってやつ?」

「詳しいことは話せないの、ごめんなさい」

「ああ、まあ、別にいいけど」

「それで本題なのだけれど、あなたはこの後の果たし合いで死ぬことになるわ」

「まあ、果たし合いだからそういうこともあるんじゃないかな」

「そうね、仕方がないことだわ。でも私は……三年前の私はバスに乗った後であなたの靴紐がほどけていることに気づいたの」

 見てみるとたしかに靴紐がほどけていた。それも両足の。

「うわ、本当だ」

「あなた、昔からそういうおっちょこちょいなところあるわよね」

「はは、面目ない」

 靴紐を結び直してから二、三度足踏みし、靴の感触を確かめる。

「これが原因で私は果たし合いに負けたの?」

「それはわからないわ。でもその可能性はあると思う」

「そっか、そうだったらいいな」

 それから裏山で果たし合いをして、結局斬り殺された。対戦相手は息を整えてから一礼をして去って行った。

 ユキミはメモ帳を開いた。そこには十個の単語が書かれていて、上から四つの単語には打ち消し線が引かれている。

「靴紐でもなかった」

 五つ目の単語である靴紐に打ち消し線を引く。

(……過去は変えられないのかもしれない)

 倒れている死体を見て、そんなことを思う。それから気づくと涙があふれていた。

(何度見ても、あなたが死ぬのは、悲しいな)

 その場でしゃがみ込み、涙が涸れるまで泣き続けた。

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