釣り合いの法則

 巷を騒がせているシリアルキラーの指名手配写真が全国ニュースで流れたのが一週間前。被害者の顔を硫酸で焼き殺すという残忍な犯行を重ねている犯人なのだからさぞかし凶悪な面構えなのだろうと思えばこれがびっくりするほどのイケメンだったので世間の話題はそれで持ちきりとなっていた。

 屋上の隅っこで二人の女生徒がスマホの画面に映った話題の指名手配写真を見ながら気まずく沈黙している。しかしサクラヤが沈黙を破り、思い切って言ってみた。

「これ、マツバくんだよね」

「……まあ、確かに似てるけど。でも写真も鮮明とは言えないし、心なし目元が違う気もするし、本人と断定するのはちょっと」

「本人だよ!? マツバくんレベルのイケメンがそうそういるわけないじゃん! あのイケメンが二人もいるなら一人くれよ!」

「その意見に同意するのはやぶさかではないけど、しかしだからと言ってクラスメイトを殺人犯呼ばわりするのはこう、私の倫理観が激しく抵抗するなぁ」

「諦めて事実を直視しろ。これはどう見てもマツバくんだ」

 ページを閉じ、スマホをそっとポケットにしまった。

「つまり、私にもマツバくんとつきあえるチャンスがあるかもしれないってことだ」

「……ああん?」

「今まで黙っていたけど、実は私はマツバくんのことが好きなんだよ」

「いや、知ってたけど。バレンタインにドン引きするようなチョコ作ってきてガチでドン引きされてたよね」

「あれは私ではなく匿名希望の子が作ったチョコだから! ノーカン!」

「それについては後日話し合うとして、なんでお前とマツバくんがつきあうって話になるんだ?」

「いいかね、まず私がマツバくんに告白したとしてオーケーをもらえると思うか?」

「無理だろ。お前性格悪いし、つきあうメリットがないし、ガチで性格悪いし」

「そう! その通り! あのイケメンで成績優秀スポーツ万能、しかも性格までいいマツバくんと私では全く釣り合わない、だから私が振られるのは必然の理。しかしだ、ここでマツバくんが殺人犯だとすればそれはイケメンで成績優秀スポーツ万能性格もいいという長所を潰すほどの巨大な短所ということにならないだろうか、いや、なる」

「……まあ、そうだな。続けて」

「つまりマツバくんが被害者の顔を硫酸で焼き殺すような凶悪な殺人犯であればその人間的価値は暴落し、私と釣り合いがとれるレベルまで落ちてくるんだよ。そうなれば私にもワンチャンあるだろう?」

「いや、確かにそうかもしれないけど……お前、志が低すぎないか? そこは釣り合いがとれるように自分磨きの努力をするってなるところじゃないの?」

「……努力は駄目だ。努力しない方向でお願いしたい」

 屋上の策に体を預け、空を仰いだ。

「だいたいね、努力して釣り合いをとってもそれは背伸びに過ぎないんだよ。無理して背伸びをしてもすぐに地金を晒すことになり惨めな末路が待っている。だから自然体で、なんの努力もせず、相手が自分のレベルにまで落ちてくるのを待つのが最善なんだ」

「だから背伸びじゃなくて身長伸ばす努力しろって話をしてるんだよ」

「伸びないよ! こちとら小学五年で身長ストップしてんだぞ! 毎日牛乳飲んでんのに一ミリたりとも伸びてねえよ!」

「身長は比喩表現で言ってんだよ! 心の身長を伸ばせよ! そっちも小学生で成長止まってんじゃねえか!」

「なんだとこら! やんのか!?」

「やってやらぁ!」

 それからひとしきり殴り合ったあと二人して仰向けに寝転んだ。空が青かった。

「……あのさ、やっぱりマツバくんは殺人犯じゃないと思うよ」

「まだ言うか、いいかげん現実を受け入れろ」

「だってあの指名手配写真が公開されたのって一週間前じゃん。本当にマツバくんが殺人犯だったらとっくに捕まってるはずだよね」

「……それについては仮説がある」

 サクラヤはむくりと起き上がり、遠くを眺めた。

「折しも今の君がそうであるように、みんなマツバくんが殺人犯であるという事実を受け止めきれていないのではないか。私だってマツバくんが殺人犯であることを認めるのに一週間かかった。それぐらい衝撃的な事実だ。超びっくり。現実を認められないから誰も通報してないし、通報してないから警察も動いてないし、マツバくんも逮捕されてない。どうよ?」

「……いや、それはない」

「ああん? なんでさ」

「実はさ、私、指名手配の写真が公開された日に通報したんだよね」

 その告白に、サクラヤは怪物でも見るような畏怖のこもった眼差しを向けた。

「あれだけ倫理観とか言ってたくせに、まさか当日にクラスメートを官憲に売り渡していただと……君に人の心はないのか……?」

「いや、私も悩んだんだけどさ、でもやっぱり市民の義務は果たさないとなって思って」

「市民の義務とイケメン、どっちが大切なんだよ!?」

「義務かなぁ。とにかく一週間前に通報したのにまだマツバくんが捕まってないんだから、やっぱり他人のそら似だったんだよ」

「マジかー……」

 そのままくてんとまた仰向けに寝転がった。大きくため息を吐き、それから小さくため息を吐く。

「じゃあ別の手段でもってマツバくんの人間性を貶めないと駄目かー」

「まだ言うかお前は」

「あ、そういえば殺人犯って被害者の顔を硫酸で焼き殺してるんだよね」

 いいこと思いついた、というトーンでサクラヤは嬉々として自分の考えを述べる。

「マツバくんの顔を硫酸で焼けば私と釣り合ったりしないかな、もちろん殺すのは無しで。あ、これ、結構いい考えかも。イケメンじゃなくなるからライバルも減るし、いいことずくめじゃない?」

 こいつ本当にバカだなぁと思い、しかしそれは案外的を射てるのかもしれないことに気づいた。

(あの殺人犯は、もしかしてそういう理由で顔を焼いてるのかもしれないな)

 とりあえず立ち上がり、不埒な考えを正すためサクラヤの脇腹を全力で蹴り飛ばした。

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