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坂入

ゴリラと

 フックつきロープをぐるぐる回し、遠心力を乗せて塀に向かって投げる。フックがかかったのを確認するとまずサトキが、次にヨシナが塀をよじ登り深夜の動物園に不法侵入した。

「それって何処で買ったの? もしかして手作り?」

「アマゾンよ」

「すごいなアマゾン」

 サトキがフックつきロープをまとめてからバッグにしまうと同じくアマゾンで買ったマグライトで道を照らし進み始める。閉園後の動物園はとても静かで、けれど動物の気配はそこかしこからするので奇妙な緊張感があった。

「あ、ダチョウ」

 ヨシナが指さした先をマグライトで照らすとまだ起きているダチョウがいた。

「ダチョウっていいよね。でかくて。テレビで見たけど卵もこれくらいあって食べ応えありそうだよね」

「ダチョウなんてただの鳥じゃない。鳥なら近所の公園にもいるわ」

「その理屈は納得できないなぁ、鳩とか雀なんかとダチョウは違うでしょ」

「納得できなくても動物は動物よ。大枠では同じなんだから種による違いは誤差に過ぎない」

「それを言ったら動物園の動物はみんな同じになっちゃわない?」

「そうよ、ただ一種を除いて動物園の動物はみんな同じ動物に過ぎないわ」

 立ち止まり、マグライトでヨシナの顔を照らす。訊いて欲しそうだったのでヨシナは訊ねた。

「その一種ってなに?」

「ゴリラよ」

「ゴリラ」

「何故ゴリラだけが他の動物と違うのかというと、私達はみんな元を正せばゴリラだからなのよ」

「元を正せばゴリラ」

「そう、ゴリラ」

「よくわかんないけど、多分違うんじゃないかな」

「違わないわ」

 マグライトで道を照らし、また進み始める。

「去年の暮れ、校庭にゴリラが闖入した事件を覚えてる?」

「ああ、あったね。警察まで出動して大騒ぎになったやつ。あの騒ぎで小テストが潰れてラッキーだったなぁ」

「あのゴリラを最初に見つけたのは私なの」

「へえ、それは知らなかった」

「何気なく窓の外を見てたらね、校庭の真ん中にゴリラがいたの。まるで世界の始まりからずっとそこにいたみたいだった。その姿が、すごくゴリラで、だから私しばらく見とれていたの。でも無意識に〝ゴリラ〟って呟いてしまって、それで他の生徒もゴリラに気づいてしまった。あとはあなたも知っての通りのどんちゃん騒ぎよ」

「うん、あのときの騒ぎはすごかったよね。犬が来ただけでも大騒ぎなのにゴリラだもんね。歴史に残る大騒ぎだったよ」

「それで私、ずっと後悔してたの」

 動物が夜間収容されている宿舎に辿り着く。マグライトをヨシナに渡し、ドアの鍵穴にキーピックを差し込む。

「あのとき私が黙っていれば誰もゴリラに気づかなかったんじゃないかって、そうすれば私はあのゴリラをずっと独り占めにできたのに。……おかしいよね? あれはただのニシローランドゴリラで、動物園に行けばいつでも会えるような普通のゴリラなのに。でも私は、あのゴリラを特別だと思ってしまった。特別に、独占したいって」

 カチッと音がして鍵が開く。マグライトをヨシナから受け取り、中に入った。

「……そういえば校庭にいたゴリラって何処から来たのかな? 動物園から脱走したとか、金持ちが飼ってたゴリラだったとかの噂は流れたけど、本当のところ何処から来たのかは聞かなかったな」

「あのゴリラが何処から来たのかはわからない。でも、何処に行ったかはわかる」

 ゴリラの部屋の前で足を止める。鍵を開けた。

「じゃあ、あとは頼むわね」

 そう言ってサトキはゴリラの部屋に入っていた。ヨシナはスマホのタイマーを十五分後にセットし、ドアに背を預けるとタイマー表示をぼんやりと眺める。

(……ここから先の十五分は、私の人生の中で一番無益な十五分なんだろうな)

 ドアの向こうから聞こえてくる音を背に、そんなことを考えていた。

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