第19話、また、どこかで・・・
気が付くと、僕はテント地のような、大きな布の上で寝ていた。
「 ……? 」
ココは、ドコだ?
状況が分からず、辺りをキョロキョロとうかがう。 格好は… ハムスターのままだ。
鼻をヒクヒクさせる。
……高科のニオイがする……!
起き上がり、歩こうとしたら、テント地の端から足を踏み外した。
「 わっ…!、と 」
3メートルほど( 僕から見た高さ )落下した。 落ちた所は、これまた、大きな布の上のようだ。 薄い、ブルーのストライプ入りの、大きな布である。
( ……? )
両脇は、生暖かく、すべすべした柔らかい壁だ。 右を見ると、側溝のように、ずっと続いている。 左を見ると、今、乗っていたテント地が屋根のようになり、薄暗くなっていた。 奥は、行き止まりのようである。
本能的に、薄暗い所にメッチャ関心がある僕… 暗がりに導かれるように、僕は左方向へと進んだ。 かなり温かい場所である。
「 高科のニオイがする……! 」
段々と、奥に行くに従い、その愛しいニオイは強くなった。
行き止まりまで来ると、かなり暗い。
「 温かいトコだな。 高科のニオイも強いし、最高な場所だぜ 」
僕は、行き止まりの壁に取り付き、鼻をヒクヒクさせて、壁のニオイを嗅いだ。 壁は、布製で柔らかく、押すと、プニョプニョしている。
「 チャーリー様ぁ~? 」
サーラの声が、後ろの方からした。
「 おう、ここだ 」
振り返ると、テントの屋根から顔を半分出し、こちらをのぞき込んでいるサーラがいた。
「 スカートの中に入り込んで、ナニしてらっしゃるんですかぁ~? 」
…なっ、なにィッ? ココは、スカートの中だとうっ?
だだだだっ… 誰ンだ? 誰のスカートの中だっ……?
僕は、先程の、薄いブルーのストライプ模様の記憶に気が付いた。
どこかで見た記憶がある…… ドコだ? ドコで見た……?
ふと、僕の脳裏に、とある記憶が甦る。
……高科の、ベッドカバーの模様に…… 似てないか……?
僕は、取り付いていたプニョプニョしている『 壁 』を見つめ、ゴクリと、ツバを飲み込んだ。
( ……コレは… 高科の…… )
どっ… ぅわあぁ~~~ッ!
僕は、慌ててサーラの方に駆け寄った。
サーラが、右手を僕の目の前に差し出す。 僕は一目散に、その手に乗った。 かがんでいた姿勢を伸ばしたサーラ。 僕は、おそるおそる、サーラの指の間から下を見てみた。
……高科が、スヤスヤと寝入っている。
みみみ、み~み~… 見てしまった! しかも、知らずとは言え、ニオイまで嗅いでしまった! オー・マイ・ガッ……!
「 なな… な、な~な~… ナンちゅうトコへ戻すんじゃ、こら! 俺を、心臓マヒで殺す気かっ! 」
怒りつつも、心臓バクバクに嬉しい僕。
サーラが言った。
「 とりあえず、同じ所に戻って来るんです 」
…生暖かい、あの感触…
僕は、未だドキドキしながら答えた。
「 すんげ~、プニョプニョで… い、いや… そんなコタぁ、もういい! とにかく、元に戻ったんだな? 浦島太郎のように、時が変わってねえだろうな? 」
目の前で高科が寝ているんだから、それは、あり得ないだろう。
サーラは答えた。
「 全く同じ時です。 また、時空を止めてますので、動けるのは私たちだけです 」
…んじゃ、もういっぺん、スカートの中へ… って、俺はヘンタイか!
傍らには、クインシーもいた。
「 チャーリー殿。 この度は、誠にお世話になった。 何と、お礼を申し上げたらよいか 」
今時の、女の子の部屋に、その黒いフード付きの衣… すっげ~、違和感があんだケド……
僕は、サーラの掌に乗ったまま、後ろ足で立ち上がり、鼻をヒクヒクさせながら答えた。
「 ま、何とか、お役に立てて良かったよ。 いい経験したかもな 」
クインシーは微笑むと、無言で、僕に一礼した。
サーラが言った。
「 これで、お別れですね… 何だか、寂しゅうございます 」
つまらなさそうな表情のサーラに、僕は答えた。
「 時々、遊びにおいでよ。 ただし、もう救世主は、コリゴリだからな? 」
ソレを聞いたサーラの表情が、ぱあっと明るくなる。
「 本当ですか? じゃ、時々、お邪魔致しますね! 」
「 誰にも、見つからないように来るんだぞ? それと、早く2級を取れ。 やりっ放しでは、かなわん 」
「 はいっ! 」
元気に答える、サーラ。
こうして見ていると、茶目っ気たっぷりのサーラが、本当のサーラなのだろう。
王宮は、息が詰まる…… 王女としての威光も発揮しなければならないだろうし、民の象徴として、その言動も考慮しなくてはならない。 民と交わるようになって、本来の性格を自由に表わすようになったのではないのだろうか。
少し、僕は、サーラに同情した。
たまには、息抜き出来る場所があってもいい。 それが、異界であれば、尚更、何の問題もないだろう。 たまにだったら、僕にとっても面白そうだ。
クインシーが言った。
「 2級をお取り頂く前に、サーラ様には、まずは、3級をお取り頂かない事にはのう 」
……ごもっともです。
やがて、クインシーが、聖剣を取り出し、抜いた……
「 何してるの? 三原クン 」
懐かしい声に、ハッと我に返った。 初夏の日差しが降り注ぐ、学校近くの土手に座り込んでいる僕。 学生服を着ている。
( また、場面が変わったが… この状況は、どっかであったぞ? )
僕は、声の方を振り返った。
「 …高科…! 」
自転車に乗った、高科がいた。
緩やかな風にそよぐ髪を右手で押さえながら、微笑む高科。 セーラー服を着ている。
( 戻ったんだ…! 元の時間に戻ったんだ! )
僕は立ち上がり、言った。
「 高科ぁ~! 会いたかったよぉ~! 」
「 どうしたの? さっきまで、教室にいたでしょ? 」
明るい笑顔で答える高科。
「 え…? あ、いや、その… 」
しどろもどろになる、僕。
高科の、屈託の無い笑顔とシンクロし、僕の脳裏には、プニョプニョとした、あの感触と魅惑の映像が、鮮明に甦った。 急激に、どうきが激しくなり、ナニを言っていいのか分からなくなって来てしまった。
僕は、テキトー( お得意 )かました。
「 じ、実は、演劇に興味があってさ… 久し振りに再会した友人は、何て言うかな~、なんちって、ははは…! 」
( どはぁ~~っ…! サイテーなフリだ、こりゃ。オレの顔の、ドコが演劇なんだよ )
当然、呆れた顔をされると思ったが、意外にも、高科は小首を傾げ、少し考えてから答えた。
「 う~ん… どうなんだろ? やっぱり、まずは、驚いた表情から入るんじゃないかしら? 」
「 そ、そそ、そう思うか? 」
「 うん。 あたし、従兄弟が演劇をやっていてね。 よく、練習に付き合わされるの。 結構、真剣入っててね、こっちも吊られて、世界に入っちゃう。 三原クン、演劇に興味があったんだ。 意外だなぁ 」
「 ま、ま… まあね 」
頭をかき、テレる、僕。
( サーラは? そこらへんに、いるんじゃないだろな? )
それとなく、辺りを見渡す。とりあえず、サーラの姿は見えなかった。
どうやら僕は、過去の時間に戻ったらしい。 しかも、この状況は、サーラに初めて出会った時の、あの日だ。 懐かしい、愛しの高科が目の前にいる。 ああ… 会いたかったよ、高科ぁ~……!
高科は言った。
「 来週の日曜、その従兄弟が所属する劇団の公演があるのよ? 三原クン、興味があるなら、一緒に行かない? 」
( う、うおっ! 行きますっ! 連れてってくれぇ~! プチデートみたいなモンじゃねえか! ぜってー、行くっ! )
叫び出しそうな心境を、ぐっと押さえ、僕は言った。
「 そそそそ、そうだな… おっ、おっ、面白そうだね。 い、い、行こうかな? 」
「 行こうよ、行こうよ! ねっ? 」
嬉しそうに言う、高科。
「 う、う… うん、行こうか 」
僕は、足元にあった穴に気が付いた。 何かが、動いた。 …どうやら、カエルのようだ。
僕は言った。
「 あ、ネズミ! 」
「 え? どこ、どこ? 」
高科が、興味津々でのぞき込む。
この辺りの高科の行動は、やはり、異界へ行く前と同じだ。 ならば、大体の予想が立てられる……
僕は、カマを掛けるつもりで言った。
「 ネズミは、本来、夜行性なんだけどな… 」
「 へえ~、三原クン、詳しいのね 」
「 ま、まあね。 実は、ハムスターを飼ってみたいんだ。 ゴールデンってヤツ。 色は、白くてさ… 背中から腰の辺りにかけて、薄い茶色の斑模様のヤツ…! 」
高科は、目を丸くして答えた。
「 …あたし… 全く、同じのを飼っているのよ? ゴールデン! 名前は、チャーリーって言うの 」
僕は、トボケて言った。
「 へえ~、そうなんだ。 可愛いよな~? 」
同調し、高科は嬉しそうに答えた。
「 そうそうっ! もぉ~う、すっごい可愛いんだからぁ~! …あ、エサを買っていかなくちゃ! 三原クン… 見に来る? 」
( 来たーッ! 待ってましたよッ! 行かないでか~っ! )
僕は、飛び上がるような嬉しさを押さえ、平静を装いながら答えた。
「 う、う~ん、そそ、そうだな。 いいい、い、行こうかな…? 」
「 おいでよ、おいでよっ! チャーリー、すっごく可愛いのよっ? 」
僕の腕を引っ張り、嬉しそうな高科
輝く高科の瞳に、僕は、サーラの澄んだ瞳を思い出した。
……城下に潜入したり、剣を持ったり……
あの、ドキドキの『 経験 』は、夢だったのだろうか?
いや… 異界や、高科の部屋の記憶があるのだから、それは無いだろう。
僕の知らないドコかに、あの国はあり、サーラやクインシー、メイスンたちは
暮らしているのだ……
無邪気に笑う高科の笑顔を見つめ、僕は心の中で言った。
( 平和に暮らすんだぞ、サーラ……! )
頬を撫でる、爽やかな初夏の風に、僕は、サーラの髪の感触を感じた。
『 清楚な方ですね、チャーリー様 』
そんな、サーラの声が聞こえたような気がした。
( まあな…… )
誰ともなく、心で答える、僕。
高科の手入れされた髪に、初夏の眩しい日差しが、輪になって輝いていた……
〔異世界のチャーリー 完〕
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