第18話、世紀の言葉
「 全霊なる精霊の下において、天より遣わされた、大いなる意思を伝える! 」
僕は、フカシ100%、事実無根、天然由来成分なし、合成既成事実50%使用の、ワケ分からない『 原材料 』を基に、意気揚々と叫び始めた。
「 長らく、和平が続いたこの国において、騒乱せしめたるは、神の意志にもあらず。 統治は、ライメル朝にあり! 今すぐ、剣を収め、民らが安堵して暮らせるよう、治安回復を願うなり! 願わくば、アリウス・トゥル・ライメル! そなたに、全統治を一任する! 」
ごおお~っ、と言う、地響きにも似た群集の歓声が沸き起こった。
「 メシヤ様ぁ~! メシヤ様、万歳! 」
「 いいぞうっ! メシヤ様がアリウス陛下を、お認めになられた! 神の意思だ! 」
「 アリウス皇帝、万歳! 」
群集は、狂喜乱舞して喜んだ。 僕の言葉… 神の言葉を、大歓迎しているようである。
ひれ伏していたアリウス皇帝は、僕の言葉に、弾かれたように顔を上げたが、すぐにまた、ひれ伏した。
調子付いた僕は、民衆の声を制するように、軽く手を上げた。 歓声が、引き潮のように静まる。
……面白い……!
だが、ナニを言おう…?
ナニも考えず、雰囲気で手を上げてしまった。 流れ的には、もう一言、何かが欲しいところだが……
僕は、目の前で両手を胸で組み、ワクワクした目を輝かせているサーラを見やり、言った。
「 シーザ・ピュセル・サーラ… トロ… いや、トゥル・ライメル 」
途中、噛んだ。 いっぺんで、言えるかっつ~の。 こんな、長ったらしい名前…!
「 そなたを、聖職者の列帳に加える。 以後、神と精霊を敬い、正しい精霊術士になられよ 」
再び、城壁を揺るがすような、群集の歓声。
サーラは、頭を垂れた。
僕は、群集の声に答えるように続けた。
「 マルタン・メイスンは、今後も、ピュセル・サーラの側を離れるでない! 警護隊としては、ピエール・ド・プーシェと、その副官、ロベルト。 そなたらに、その任の長を任せ、新たなる1個中隊をもって、ピュセル・サーラに仕えよ! 」
石段の途中で傅いたままのメイスンが、一度、僕の方を見る。 小さく笑うと、そのまま頭を垂れた。 見晴らしで立っていた、ピエールとロベルトたちは、クインシー辺りから、本当の事を知らされているはずだが、自分たちの名が呼ばれた事が意外だったのか、ぽか~んとしている。 しかし、体裁を繕う為、その後、慌てて傅いた。
「 サーラ様が、聖列に加えられた! 」
「 我々のサーラ様が、晴れて再び、立派な地位に就かれた! 」
群集の熱気は、更に膨張し、最高潮に達した。 サッカーのサポーターも、ここまでは興奮しないだろう。
……もういいんじゃないか? この辺で、おいとまを……
そんな表情で、傍らにいるクインシーに目配せをする僕。 クインシーが、小さく頷いた。
「 聖なる剣を、お収め下さい 」
クインシーに言われるがままに、光り続ける聖剣を鞘に収める。
再び、パシンッ、と音がして、リングは鞘につながった。 解明出来んわ、ココの科学は……!
クインシーが、小さく言った。
「 民衆に、手を振って下され… 」
その後、ブツブツと何やら唱えている。 また、ハムスターに戻すのね? 今度は、蹴っ飛ばすなよ?
群集に向かって、軽く手を上げる僕。 次の瞬間、また視界が低くなり、クインシーの巨大な足が目の前に映った。
( やれやれ、また、爺さんのヒゲの中か…… あんま、イイ匂いがしないんだケドな、ココ )
クインシーの足を伝い、衣を引っ掴みながら駆け上がる。 僕は、もじゃもじゃのヒゲの中に、姿を隠した。
「 おお! 消えたぞっ! 」
「 異界へ戻られたのだ! 」
群集からは、ため息にも似た、どよめきが起こった……
その後、アリウス皇帝の粋な計らいで、広場に集まった民衆に対し、祝いの酒とパンが配られた。 皇帝自身も広場に降り、大勢の民と触れ合う。 皇帝が民衆と交わるのは、異例の交流だろう。
広場は夜遅くまで賑わった。
失脚したハインリッヒは、国家反逆罪に問われ、地位・領主は剥奪。 街から離れた、山奥の屋敷へと軟禁される事になった。
王宮を占拠していた兵には、武装解除が言い渡され、城は、平静と秩序を取り戻した……
「 チャーリー様。 この度は、本当にお世話になりました 」
爽やかな朝の光が部屋に降り注ぐ中、こざっぱりとした淡いブルーの衣を着たサーラが、紅茶のような飲み物をカップに注ぎながら、僕に言った。
高い天井のある居間……
広い王宮庭園の一角にある小さな館の1室だ。
元々は、現王妃フェリス后の離れ屋敷だったそうである。 木立に囲まれた静かな館だ。 今回、特別に、フェリス后からサーラの住居に、と譲り受けたのだ。
「 何とか、無事に切り抜けれて良かったよ。 うまくいったモンだ 」
ハーブのような香りがする飲み物をもらい、ひと口飲みながら、僕は答えた。
小鳥のさえずりが聞こえ、窓の外には、良く手入れされた芝が一面に見える。
所々に設置してある石膏の白い彫刻がお洒落だ。 噴水もあり、小さいながら池もある。
新しい住居は、メイドの人数こそ少ないが、建物の軒を連ねた所にあるレンガ造りの建物には、ピエール隊長を始めとするサーラの警護隊『 フルール衛兵隊 』兵舎もあり、心強い。
僕の『 テキトーお言葉 』が効力を発揮し、サーラは再び、王宮敷地に住む事となった。
メイスンも、この屋敷に部屋を持つ事になったが、クインシーは相変わらず、あの長屋に住んでいる。 本人は、あそこが気に入っているようだ。
サーラは、ソファーに腰掛けると、言った。
「 …もう、お戻りになられるのですか? 」
カップを、傍らにあったテーブルに置きながら、僕は答えた。
「 そうだね… 『 降臨の日 』以来、2日も、お邪魔しちゃったからね。 僕の顔を覚えている連中に見つかると、ちょっとヤバイ。 そろそろ、戻してくんない? 」
「 ヤダ 」
……はい?
「 冗談ですよ。 もうすぐ、クインシーがこちらに来ます。 ハム… ター、でしたっけ? 小ネズミに戻してもらったら、デボラ先生の所へ参りましょう 」
笑いながら答える、サーラ。
実際、僕も、戻りたくなくなっていた。 でも、高科には、会いたいし…… 複雑な気持ちだ。
サーラは、真顔になって続けた。
「 私は… これから、何を目標として行けば良いのでしょうか? 」
今や、民の象徴となったサーラ。
僕が堂々と、『 民の象徴 』などと言いながらサーラを石段の上に呼び寄せた事もあり、『 幻の王女 』と、ささやかれていた程度のサーラの知名度は、今や、国民的周知に至るところまで認知されている。 ただの精霊士候補生、だけでは済まない様相を呈していた。
僕は答えた。
「 この国では、精霊士である事がステイタスだ。 まずは3級を取り、2級を取って… ゆくゆくは、クインシーやメイスンのような立派な精霊士になる事だね 」
「 その後は? 」
「 得た能力を持って、貧しい階級層の人たちを助ける手伝いをしなよ。 広場に集まってくれた人たち、見たろ? サーラを応援してくれる人たちは、この国の半分以上を占める平民たちだ。 その多くは、貧しい…… 」
じっと僕を見つめながら、静かに頷く、サーラ。
僕は続けた。
「 彼らが、幸せに暮らして行ける手助けをしなくちゃ。 何てったってサーラは、『 民の象徴 』なんだぜ? 」
小さく笑うと、サーラは答えた。
「 チャーリー様って… ホントに、お優しいのですね 」
「 照れるじゃないか、ヤメてくれよ 」
再び、カップを手に取り、ひと口飲む、僕。
サーラは言った。
「 チャーリー様の世界では、皆、そのようにお優しいのですか? 」
…全然、違うと思う。 コッチの世界の人間の方が、はるかに純粋なような気がする……
僕は言った。
「 どんな世界にだって、悪人はいるさ。 大切なのは、悪人を更生させる状況の確保と秩序だ。 悪人だって、優しい人たちばかりが周りにいたら、優しくもなるさ。 生まれた時からの悪人なんて、いないんだからね 」
サーラは、クスッと笑うと、軽くお辞儀をしながら言った。
「 私への『 お言葉 』ですね。 有難う存じます。 肝に銘じ、精進致します 」
僕は、いつから哲学者になったのだろう。 試験のヤマが外れ、呆けていた、ただの高校生だったのに…… 高科の前で、こんなセリフのひとつでも、言ってみたいものだ。
扉をノックして、ピエールが居間に入って来た。
新しく、しつらえた甲冑を着ている。胸の鎧の真ん中に、剣とユリの花の彫刻入りだ。 白いフチ取りがある鮮やかなロイヤルブルーのマントの背中には、フルールリーフが金糸で刺繍してあり、中々に、キリッとしてカッコいい。 ピエールの表情も、誇らしげである。
「 チャーリー様。 クインシー殿が、おいでになられました 」
ほどなく、クインシーが居間に入って来た。
「 サーラ様ご機嫌、麗しゅうございます。 チャーリー殿も、先日は有難う存じました。 …ほう、インゲン虫の、煎じ茶の香り…… ウマそうですな 」
な、 なななな、何? その、インゲン虫って…! ハーブティーじゃないの? コレ……!
サーラが、ニコニコして答えた。
「 1杯、いかが? クインシー。 庭先に、太ったインゲン虫がいてね。 昨日のうちに潰して、天日干しにしておいたの 」
……潰して……?
ねえ、教えて。 そのインゲン虫って、どんなカッコしてるの? 僕的には、カブトムシの幼虫のようなイメージが……
ビミョーに、心臓の鼓動が早くなる。 サーラに、その得体の知れない生物の姿を問いただしたく、聞こうと思ったが、その声を、僕は飲み込んだ。
( …やっぱ、イイわ。 知らない方が、精神的に安定するような気がする……!
僕は、じっと、カップの中に残った薄茶色の『 液体 』を眺めていた。
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