第17話、聖なる光

 アランソンとオルレアンが、ハインリッヒを拘束する。 全てを諦めたように、ハインリッヒは力無く両脇を抱えられ、バルコニーの奥へと引っ張られて行った。

 クインシーは、大きなため息をつくと僕の脇に立ち、群集に手を振りながら小さく言った。

「 …見事じゃ、チャーリー殿…! 貴殿は、本当に、救世主やもしれぬのう 」

 群集からは、大きな歓声が沸き起こった。 救世主が手を振るのはおかしいので、僕は、にこやかな笑顔を作り、群集を見下ろしながら言った。

「 …早く、幕を下ろそうぜ? ナニが起きるか、分かったモンじゃない 」

「 御意 」

「 次は、何を? 」

「 サーラ様を、お呼び下され 」

「 了解 」

 僕は、降りていた石段を登り、最上段に立つと再び、群集を振り返った。 大きく息を吸い、群集に呼び掛けるように発声した。

「 私を、異界より導いた、民の象徴『 ピュセル・サーラ 』、ここへ ! 」

 群集の視線が、石階段下にいるサーラに、一斉に向けられた。

 車の脇にいたサーラが、ゆっくりと歩み出る。 メイスンが、槍に掲げた『 ラ・フルール・リーフ 』をサーラに渡すと、サーラは小さく頷き、槍を受け取った。 それを誇らしげに高々と掲げ、石段へと向かい始めた。

「 おお… 行かれるぞ…! サーラ様が、メシヤ様の下へ行かれるぞっ…! 」

「 サーラ様……! 」

 群集からは、拍手が沸き起こった。

 サーラは、メイスンを従え、長い石段を登り始めた。 他に、フルール・リーフを掲げている古参の者たちは、皆、涙に暮れているようだ。

「 ああ… サーラ様が、行かれる! あの日と同じだ…! 我々の軍旗、ラ・フルール・リーフを掲げられた、気高くも美しい我々のサーラ様が… 今再び、王宮の階段を登って行かれる! 奇跡の再来だっ…! 」

「 心が、洗われるようだ…! 崇高な正義に燃えて戦った、あの頃に戻ったようだ…! ああ… 麗しのサーラ様…! 」


 風に、緩やかになびく、ロイヤル・ブルーの御旗。

 それをしっかりと掲げ、サーラが石階段を登って来る。 少し後には、メイスン。 そのまた少し後方には、衛士としてピエールとロベルトの姿が見える。

 長い石階段を、半分ほど登った所に、左右に見晴らしが設けられていた。 そこで、ピエールとロベルトは、立ち止まった。 左右の見晴らしに立ち、先を行くサーラとメイスンを見送っている。 彼ら2人の手にも、フルール・リーフの掲げられた槍があった。 2人とも、顔をくしゃくしゃにして、涙に暮れているようだ。

 石段を残す所、後少し……

 メイスンは、そこで立ち止まり、石段に片膝をついて傅く。 後は、サーラ1人が登って来るようだ。

 鳴り止まない拍手喝采の中、サーラは、僕より数段下まで登って来て、立ち止まった。 クインシーがサーラに歩み寄り、御旗が掲げられた槍を受け取る。 サーラは、僕を見上げると、ロワール橋で見せたように、優雅にお辞儀をした後、傅いた。

 クインシーは、御旗の付いた槍を片手に僕の傍らに立つと、小さく言った。

「 サーラ様の頭に、お手お置き、何ぞ、一言…… 」


 …何ぞ、かい。 1曲、歌うか?


 僕は、サーラに近寄り、頭を垂れる彼女の頭に、そっと手を置いた。

 拍手に混じり、歓声が、徐々に沸き起こって来る。 それはやがて、城壁を振動させるかのような、大きな歓声に変わっていった。

 サーラの頭から手を離し、群集を制するように、軽く手を上げる僕。 急速に、歓声は静まっていった。


 …こりゃ、面白い…!


 緊張が解け、僕は、のたまわった。

「 ピュセル・サーラ。 汝、汚れ無き心にて、我を導いた者なり。 願わくば、行く末、民たちと共に、その曇り無き眼で純朴を導き給え…… 」

 また、ナニ言ってんのか、既に分からなくなって来た。 とりあえず、沈黙……

 群集に、聞こえたかどうかは分からないが、プチ『 お言葉 』が終了したと判断した群衆からは、再び、歓声が沸き起こった。

 クインシーが、後方に控えていたアランソンとオルレアンに目配せする。 アランソンは、聖剣の納められた木箱を抱えて、バルコニーの最前列に出て来た。 群集の歓声が、どよめきにも似た声に変わる。

「 聖なる剣だ…! 」

「 アレが、そうなのか 」

「 よぉ~く見ておけよ…! この先、抜かれるのが拝めるのは、百年先かもしれねえからな 」

 木箱のフタを開ける、アランソン。

 オルレアンはフタを受け取ると、そのまま後退し、その場に傅いた。 アランソンは、開かれた木箱を両手に捧げ、僕の横に傅く。

 静まる、群集。


 …いよいよだ…! 黒コゲだけには、なりたくない。


 聖剣は、クインシーが持っているような、鞘に金の飾り細工をあしらった、いかにもワケあり気な剣だ。 シルクのような、高級そうな布で内張りがしてある箱の中に鎮座していた……

 僕は、ちらりと、クインシーを見やる。

『 大丈夫 』と、言うような表情で頷くクインシー。 …まあ、この後に及んで、怖気付いてもムダであろう。

( ええい、ままよ…! )

 僕は、聖剣の柄を握った。


「 …… 」


 ビリビリッ、とは来なかった。 とりあえず、雷も落ちない。 クインシーの読みは、正解だったのだ。 助かった……!


 ズシリとした感触を手に、ホッとする僕。

( やったッ! 持てたぞッ…! )

 安堵した表情で、クインシーを見やる。

 ふうう~~~… と、長いため息を尽くクインシー。 その様子だと、アンタ、結構に不安だったのね……?

 聖剣を縦に構え、群集に見せる。

 おおお~~~… と、言うような歓声が起こった。

「 聖なる剣を、持たれたぞ…! 」

「 これは、異界におられる王家の血筋の方、との証明だ。 やはり、ライメル朝は凄いぞ…! 異界とも、つながりが、おありなのだ 」

 歓喜する群集とは反対に、聖剣の姿を詳しく見た僕は、愕然とした。

 何と、鞘からつながるフックのようなものが、柄にある穴に、鉄製と思われるリングで直結されている…!


( ……コレ、鞘を破壊しなきゃ、抜けないじゃん! )


 クインシーは、何やらブツブツと唱え始めている。 もう、後は、クインシーに任せるしかない。

 僕は、誇示するように、聖剣を構え続けた。

 サーラの後で、傅いていたメイスンが、自分の聖剣を抜き、額に構える。 クインシーも、構えた。 アランソン、オルレアンは、自分たちもそうした方が良いと判断したのか、それに習った。

 実際、この『 儀式 』の式次第など、誰も知らない事だ。 やったモン勝ちだろう。 いかにも、『 そうすべき 』と、言うような演出も兼ねている。 実際、術を行使するには、聖剣を構えなければならない。 特に、高度な術を試行する際には、尚更に必要なようである。 この場合、クインシーが術を行使するに、具合が良いと言う意味合いを含んでいる。


 …とにかく、『 厳かな雰囲気 』は演出された。

 群集の歓声が、徐々に治まっていく。 いよいよだ…!


 クインシーが、声を上げて言った。

「 全霊なる、精霊の皆において、聖なる、戒めし者よ! 神の使いである証しを、聖なる剣を抜きせしめし、我らに見せよ! 」


 …来たあぁ—―—っ!


 抜けなかったら、シャレにならんぞ、クインシー爺さん…! 何とか、トンズラこいて逃げれば、この場は良いかもしれんが、サーラの信頼は、地に落ちる。 おそらく、再生は不可能だろう。


 『 イイのか? 』と言う表情で、僕はチラリと、クインシーに目配せした。

 小さく頷く、クインシー。 既に、術は掛けたのだろうか……?

 僕は、構えていた聖剣の鞘を、左手で掴み、剣を横にして、両手で持った。 いよいよ、『 聖なる剣 』を抜くのだ……!

 僕は、鞘のフックと、柄を直結しているブッ太い鉄のリングを見つめた。

( 抜けんわ…! ぜって~、こんなん、抜けん! 物理的に無理だ…! )

 そう思いつつ、抜くしかない、僕。

 目を瞑り、柄を握る右手に力を掛け、左右に引っ張るように、僕は『 聖なる剣 』を抜いた……!


『 パシンッ! 』


 音と共にリングが外れ、シャリン、と言う滑らかな音が、僕の耳に聞こえた。

( は? ぬ、抜けたっ…? )

 日に輝く、曇り無き刃。 あの、ブッ太い鉄製のリングが、『 C 』のように外れている…!

「 おおお、抜かれた… 抜かれたぞっ…! 」

「 メシヤ様だっ! 間違いなく、聖なる救世主様だっ! 」

「 メシヤ様、万歳ぁ~いッ! 」

 群集から、雄叫びのような歓声が沸き起こる。

( ぬっ… 抜けたぁ~~~っ! 良かったぁ~、高科ぁ~……! )

 次の瞬間、『 聖なる剣 』が輝き始めた。

 青白い光を刃から放ち、やがてその光は、眩しいばかりの光の塊となった。

 剣を持っている僕は、眩しくて直視出来ない。 僕は、怯む素振りを見せないよう、ビビりながらも『 聖なる剣 』を、群集に高々と立てて見せた。


 …ハッキリ言って、怖い…!


 花火をしていて、予想以上に火力がデカく、持っている手元まで火が迫って来る状況時に、心境は酷似している。 しかし、僕の心情とは裏腹に、狂喜乱舞する群集たち。

「 おおおっ! 聖なる光だっ! 」

「 素晴らしいっ! まるで、光の渦の中にいるようだ! 」

「 見られるオレたちは、世紀の瞬間に立ち会っているんだぞ! おおう… 何と言う、神々しい光…! 」

 僕の目の前で、傅いていたサーラも顔を上げ、『 世紀の光 』に感激している様子だ。 両手を胸で組み、感動の眼で、じっと見つめている。

 やがて、アリウス皇帝たちもバルコニー脇まで出て来た。 群集の声を聞き、時機を判断したルネが連れて来たのだろう。

「 おおお…! 聖なる剣が抜かれ、輝いておる! 伝説の通りだ…! 我々は、世紀の瞬間に遭遇しておるのだ……! 」

 ワナワナと両手を胸の前で震わせ、アリウス皇帝は両膝をついた。 そのまま、ひれ伏す。 その他、要人たちも皇帝にならい、跪いた。

「 なんて… 何て、美しい光……! あれが、聖なる光なのですね 」

 フェリス皇后も、感動に打ち震えているようだ。


 …いつまで光ってんの? コレ…


 聖なる剣を持ち続けながら、僕は思った。 最後に、イキナリ爆発でもしたら、シャレにもならない。 しかし、光は徐々に小さくなり、やがて、ボンヤリと発光している程度になった。

( そろそろ、のたまわる時かな? )

 クインシーを見やる、僕。 小さく、クインシーは頷いて返した。

 いよいよ、『 世紀のお言葉 』の時間だ。 え~、本日は晴天なり… から始めたら、イッキに暴動だな。 …しかし、何て言って始めたら良いんだ?

( くそう…! もう、どうにでもなれや! )


 静まり返る城内…… 僕は、大きく息を吸うと、のたまわった。

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