第15話、我は、メシヤなり
クインシーは、抱えていた皇太子を放し、アリウスに言った。
「 おそれながら、陛下。 申し上げたき、儀がございます 」
「 おお、何なりと申してみよ 」
後に控えている僕らの方に、少し顔を向けながら、クインシーは言った。
「 これに控えますは、私の甥、ルネと申します 」
更に頭を下げる、ルネ。
「 そして… こちらにおわす方は、聖なる救世主、メシヤ様にてございまする 」
「 ……なっ、 何とっ? メシヤ様だとっ? 」
目が点になる、アリウス。
クインシーは続けた。
「 異界より、サーラ様のお導きで参られました。 御名を、チャーリー・ミハーラ様と申されます 」
……その名前、イヤ。
アリウスは、慌てて両膝を床につき、言った。
「 で、伝説の… 伝説の救世主、メシヤ様っ…! ま、まさか私の代にて、お目に掛る事が出来ようとはっ…! こっ… これは、神のお導きかっ……! 」
クインシーも、僕の方に向き直り、拝聴の体位を取る。 アリウスが膝をついた為、その他の要人たちも全て、僕の前にひれ伏した。
…すっげ~、緊張する。 バレたら、どうすんの? コレ。
( ココで、なんぞ言わねばなるまい )
僕は、かしこまった体位のまま、『 らしく 』言った。
「 ピュセル・サーラ様に導かれ、この地に参った者にて… はてさて、動乱とは神の領域以外、どこにでも巻き起こるもの。 悲しきは、人の性。 罪多きは、欲の深さ…… 」
ナニ言ってんのか、分からなくなって来た。 随分前に亡くなった説教好きのじっちゃんを真似て、のたまわってみたが、この辺で沈黙しよう……
アリウスは、感慨深げに言った。
「 おおお… 身に染み入る、お言葉…! 」
そう? だったら、じっちゃんは、救世主だったのかもしれんな。
クインシーは言った。
「 これから、鳳凰の間に参ります。 サーラ様も民を従え、そろそろ、ご到着かと存じます。 民の前にて、メシヤ様には聖剣を抜いて頂き、世紀のお言葉を賜る所存でございます 」
アリウスは、両膝を床についたまま、両手をわなわなと振るわせながら言った。
「 おお…… 世紀のお言葉… 神のお言葉が、聞けるのか? 何という有り難い事…! サーラも、何と言う大儀。 我が娘なれど、何と立派な事をしてくれた事か…! 余は、嬉しい限りだ 」
フェリス皇后妃が言った。
「 サーラが、民たちと共に来るのですか? サーラは、元気にしておりますか? たまには、お父上様にお会いに来て頂きますよう、お伝え下さい 」
皇太子も言った。
「 僕、サーラ姉様と遊びたい! 爺、サーラ姉様のお家に、連れて行ってよ! 」
クインシーが、目を細めながら答えた。
「 事態が収拾した暁には、是非…… 」
アリウスが、しみじみと言った。
「 あれは、良い子だ。 今回も国を憂い、メシヤ様をお導きしてくれた… しかも、民と共に、こちらへ向かっておるのか。 うむ、うむ… たくましくなったものだ。 民とも、仲良くやっておるようだな。 余は、安心したぞ 」
クインシーが、アリウスに言った。
「 メシヤ様のお言葉を、正式に神のお言葉として、皆々にお聞かせするべく、サーラ様は凱旋されるのです。 しばし、この部屋にてお待ち下さい。 メシヤ様からは、必ずや、正義のお言葉が賜れる事でしょう。 開放の時は、近こうございますゆえ 」
「 うむ、承知した。 …クインシー・ド・レー、そなたに一任する。 メシヤ様を頼むぞ……! 」
アリウスに対し、一礼で答えるクインシー。
「 ここには、ルネを残しておきます。 …では、チャーリー殿、参りましょう 」
一同が、うやうやしく頭を下げる中、僕とクインシーは、部屋を出た。
「 中々の『 お言葉 』でしたぞ? チャーリー殿 」
回廊を歩きながら、クインシーが言った。
「 途中から、ナニ言ってんだか分からなくなって来たよ。 ヤバかったぜ 」
「 民へのお言葉も、宜しく頼みますぞ? 」
…アンタ、成り行きとは言え、結構、ド素人に無茶させるね? コレ、はっきり言って、偽証罪に相当すると思うんだが……?
回廊を曲がり、階段を登る。
ふと、前を見ると、階段の踊り場に数人の影が…!
行く手を阻むように腕組みをし、中央には、仁王立ちにしている将校のような男。 傍らには、数人の兵を従えた下士官らしき男がいる。
( この下士官には、見覚えがあるぞ? )
クインシーの家に、ガサ入れに来た騎兵隊の隊長だ。 名前は、確か、アランソンとか……
向こうも、僕に気付いたらしく、言った。
「 お前は… クインシーの家にいた小僧…! 」
彼の隣で腕組みをしていた将校らしい男は、ニヤリと笑って言った。
「 クインシー・ド・レー。 貴様も、落ちたものだな。 どこの小僧とも知れぬ者をメシヤに祭り上げ、我々を窮地に追い込もうと画策するとは 」
クインシーは、不敵に笑い、答えた。
「 はて。 何の事かのう、ハインリッヒ。 ここにおわすは、紛れもないメシヤ様。 疑うのであれば、聖剣を抜いて頂く様を見てもらえば、分かる事…… メシヤ様は、如何なる時も、お姿を、お変えになられる。 今は、小僧のお姿であられるがのう 」
「 ほざけッ、クインシー・ド・レー! 残念だが、メシヤは、鳳凰の間には現れぬ! 変わりに、ここで、ジジイとガキの死体がころがるのだっ! …アランソン! 貴様は、ガキを始末せい! 」
剣を抜く、ハインリッヒ。
( ひええっ! 来るぅ~…! )
僕は、思わず剣を抜こうとした。 だが、ガジッと、刃こぼれが鞘に引っ掛かり、抜けない。
( くうう~っ! この、ボロ剣…! )
少し剣を捻るようにしたら、10センチくらい抜けた。 だが、連中は、まだ襲って来ない。
「 お待ち下さい、閣下っ! 万が一、本物のメシヤ様だったら… 」
アランソンが、ハインリッヒに注進している。
「 ある訳が無かろうが! ただの、ガキだッ! 何を恐れる事があるッ! 」
メシヤの出現を完全否定し、鬼のような形相で叫ぶハインリッヒ。
…追い詰められた者は、常識もナニも無い。 己を誇示し、正当性の根拠に至るものを片端から拾い集め、こじつけ、画策・糾弾する。 今回、ハインリッヒには、メシヤを否定する要素は何も無い。 だから必死なのだ。 従って表情も、こんな風貌に変化するのだろう。
ハインリッヒは叫んだ。
「 オルレアンッ! 前へ出でよッ! 」
オルレアン…? 下町で会った、メラニーと言うおばさんの、息子の名だ。
数人の兵士の中から、1人の若者が前に出て来た。
「 クインシー殿…! 」
「 オルレアン! 」
どうやら、クインシーとは顔見知りのようだ。
ハインリッヒは、オルレアンの首元に剣を突きつけ、言った。
「 貴様と、この兵とは、遠縁の血筋らしいな。 そこを1歩でも動いてみろ。 この者の首が飛ぶ……! 」
卑怯な手だ…! 騎士道にも反する。
「 おやめ下さい、閣下っ! 」
アランソンが、剣を持ったハインリッヒの腕に取り付いて言った。
「 うぬっ…! アランソン、貴様… 逆らうかっ! 」
「 このような、お姿… 軍を率いる者に、相応しくありませぬ! 正々堂々と… 」
「 やかましいっ! 」
剣を振り回す、ハインリッヒ。 その刃先が、アランソンの左腕上腕部を切った。
「 くっ…! 」
右手で負傷部を押さえ、痛みに耐えるアランソン。
「 隊長! 」
オルレアンが、ハインリッヒの切っ先をほどき、アランソンに駆け寄る。
…突然、僕の視界が低くなった…!
目の前に、クインシーの足がある。 しかも、見上げるようにデカイ。 僕は、小さい頃に読んだガリバー旅行記を思い出した。
クインシーが、左足のフチを僕の体にそっと付け、そのまま、ヒョイと壁際へ振った。
壁の隅まで転がった僕。
( うわ、テメー…! ナニしやがんでいっ! )
だが、僕は気付いた。 クインシーが、連中のイザコザの間に術を使い、僕を、ハムスターの姿に戻したのだ。
ハインリッヒは、半狂乱になって騒いでいる。
「 どいつもこいつも、裏切りおって! 貴様らは、どうなんだ! オレについて来るのか、それとも、詐欺師共と運命を共にするのか? ああっ? 返答せいッ! 」
オルレアンが、クインシーの方を向いて言った。
「 …あ… 」
「 ? 」
ハインリッヒも、クインシーを見やる。
…とりあえず、連中には、僕の姿は見えなかった。
アランソンが、目を見開きながら言った。
「 小僧が… 少年が、いないっ…! 」
クインシーは、床に転がっていた僕のボロ剣を拾い、ため息を尽きながら言った。
「 やれやれ… お姿を、隠されておしまいになられたか 」
「 …な、何とっ…! 消えたっ! 少年が、消えてしまった! 」
アランソンが、驚愕の表情をしながら呟く。 オルレアンも言った。
「 やはり… 本物のメシヤ様だったんですね、隊長っ! 」
他の兵たちからも、どよめきと、恐れおののく、うめきのような声が聞かれる。
これには、さすがのハインリッヒも参った様子だ。 無言のまま、ワナワナと体を震わせている。
「 くっ…! 」
さっと踵を返し、階段を登って逃走するハインリッヒ。 2人ほどの兵が、一瞬、彼と行動を共にすべく、逃げるような動きを見せたが、結局、兵たちは、誰も彼の後を追わなかった。
抜け掛かっていた僕のボロ剣を鞘に戻すと、うやうやしく掲げ、1歩、階段を登るクインシー。
それを見て、兵たちは1歩、後退する。
もう1歩、1階段を登ったクインシーは、静かに… だが、威厳に満ちた声で言った。
「 道を開けよ、無礼者……! メシヤ様が通られる……! 」
その声に兵たちは、弾かれるように慌てて踊り場の隅まで後退すると、傅いた。
オルレアンに支えられながら、アランソンは頭を下げ、クインシーに言った。
「 従うべき主を、見失っておりました…! 浅はかなる、我が身、御無礼… 何卒、平にご容赦を……! 」
クインシーは、静かに言った。
「 目覚めたるは、喜びである。 開けたる未来… 汝、己以上の者に従うのじゃ 」
下げていた頭を、更に下げ、アランソンは答えた。
「 …は! 有り難き恩赦。 お言葉、肝に銘じ、精進致します…! 」
ちらっと、壁際にいる僕を振り返るクインシー。
( …なるほど、そう言う事か )
僕は、ゴキブリのように壁際を移動し、アランソンたちが平伏して見ていないのを利用して、クインシーの足に取り付いた。
そのまま、体をよじ登る。 上着の袖からフードの後ろに回り、そのままクインシーの首筋から、モジャモジャのヒゲの中に潜り込んだ。
…あんまし、イイ匂いじゃない。高科ぁ~、愛しいよ~…!
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