第13話、作戦開始

「 メシヤ様が、現れた! 」

「 ピュセル・サーラ様が、メシヤ様を呼び寄せられた! 」

「 何と、抜刀した兵隊たちが、サーラ様を警護して行軍しているらしいぞ、おい! 」

 ウワサは、またたく間に広がった。

 見物に来る民衆、隊列に加わる市民… 城下は前夜に続き、再び、騒然とした雰囲気に包まれた。


「 サーラ様! サーラ様あ~! 」

「 メシヤ様の到来だ! サーラ様が、お呼びになられたのだぞっ! 」

「 ピュセル・サーラ様は、やはり我々、民の味方だ! さすが、ロレーヌ・サーラ后様の、お子であらせられる。 混乱の事態を、憂えいておいでなのだ! 」

 やはり、サーラの人気は根強かった。

 一目見ようと群集が押しかけ、行軍は、物凄い数に膨れ上がっていく。 王宮に通じる広い沿道は、押しかけた群集で身動きが取れない状態になった。

「 サーラ様! 神のご加護を! 」

「 アリウス陛下を、お助け下さい! サーラ様! 」

 車に駆け寄る民衆を、排除する訳にもいかず、陣頭指揮を取るピエールは苦慮した。

 車の横でサーラを護衛していたメイスンが、前の方にいるピエールに言った。

「 焦るな、ピエール! 少しずつ前進している! 民と兵が一体となったこの姿を、レスターたちに見せつけるのだ! 」

「 承知! 」

 市民たちが持ち寄って来たユリの花で、車の中は一杯になった。 兵から兜を借りて被り、兵と肩車をして行進している市民もいる。

「 メシヤ様、万歳! アリウス陛下、万歳! 」

「 ピュセル・サーラ様、万歳! 」


 排水路に架かる石橋の下で、僕は、民衆の声を聞いていた。

「 始まったようじゃな…… 」

 クインシーが呟く。

 頭の上に響く、数人の足音。

「 おい! あの、ピュセル・サーラ様が、メシヤ様を呼び寄せたって聞いたが、ホントなのかっ? 」

「 そうらしいぞ! 何と、兵隊たちがサーラ様を護衛してるって話しだ 」

「な、 何っ? 兵隊たちが、だとっ…? どうなってんだ? サーラ様は、ご無事なのか? 」

「 とにかく、急げ! サーラ様の晴れ姿も見たいが、メシヤ様のお言葉も大切だ! 」

 遠ざかる、足音。

 僕は言った。

「 …すっげ~罪悪感、あんだケド…… 」

 横にいた、ルネが言った。

「 クインシー様の推測は、正しいと思います。 聖なる剣は、抜けますよ。 ご安心を 」


 …いや、だから… そこんトコじゃなくてさ、民衆を欺くってトコが……


 クインシーが言った。

「 チャーリー殿、伝説は、そのほとんどが偽りと申す…… 今回の事も、そうそう行えるものでもない。 たまたま偶然が重なり、成し得れる事なのじゃ。 誰にも真相は図れぬ 」

( でもな~…… )

 民衆を欺いている事には、違いはない。 僕には、釈然としなかった。

 クインシーが、排水溝の錆びた鉄棒を抜きながら続ける。

「 レスターの、浅はかな考え… ハインリッヒの野心… 共に、見過ごすワケには参らぬ。 誰かが何とかしなくては、この国は内部分裂をし、やがては、衰退の一途を辿る事じゃろうて。 誰の得にもならぬ事じゃ 」

 傍らにいたルネも手伝い、排水路に流れ込む排水溝の、3本ほどの鉄棒を抜き、人が入れそうな隙間を作った。 少し、かがんで歩けるくらいの高さの排水溝だ。 先は、真っ暗闇である。

 クインシーが、僕の方を振り向き、言った。

「 …まずは、正義なる心眼をお持ちのようじゃの、チャーリー殿……! 良かれとの動きであっても、惑わしに邪念を感ずる事は、まず持って大切な事じゃ。 お若いが… 聡明なお方のようじゃのう……? 」

 目を細め、少し微笑むクインシー。

 僕は、苦笑いで返した。


 ルネが、持っていたカンテラに灯をつける。

 ぼうっと、薄明るく照らされる排水溝……

 カンテラの灯に、ゆらゆらと反射する汚水が流れる左側に、小さな歩道が設けられている。

 ルネが言った。

「 この排水溝は、城を脱出する為の抜け道でもあります 」

 なるほど。 イザと言う時は、この抜け道を使って、地下から城を脱出するのか… 今は、それを逆に使うワケだ。

 クインシーがルネからカンテラを借り受け、先に入る。

「 ルネ、後を警戒していてくれ。 さあ、チャーリー殿、参りましょうぞ…! 」

 クインシーに続いて、僕も排水溝へと足を踏み入れた。


 揺れるカンテラに照らし出される、排水溝……

 突然の『 珍客 』に驚いて、ネズミが逃げ惑う。 時折り、顔に掛るクモの巣…


 しばらく歩くと、コの字型の鉄を、壁に打ち込んだだけの階段があった。 上を見上げるが、真っ暗である。 カンテラの光が届く限り、暗闇に向かって階段が続いている。 闇の世界へと通じているようだ……

 ルネの後を見やると、入って来た入り口が、遥か彼方にぼんやりと見える。

 クインシーは、カンテラを、腰のベルトのフックに引っ掛けると、鉄棒の階段を登り始めた。


 …引っこ抜けないだろうな? それ…


 ルネが言った。

「 私の記憶では、30メートルほどの縦坑だったと思います 」

 クインシーが、登りながら答えた。

「 老体には、苦しいのう… 」

 僕は、持っていたボロ剣のフックをズボンのベルト通しに引っ掛け、クインシーに続いて、階段を登った。

 時々、特大のゲジゲジみたいな虫が、手の甲に這い上がって来る。 キモチ悪りィ…!

 クインシーが、僕の手元を見て言った。

「 天日干しにして、磨り潰して飲むと、滋養に良いのじゃ 」


 …要らんわ、そんなん! まだ、コッヒーの方がマシだ。


 やがて、カンテラの灯りに照らされ、頂上が見えて来た。 しかし、依然と闇の中のようである。 中2階のような構造だ。 汚水が流れていないだけ、マシかも…


 辿り付いた『 頂上 』からは、更に上に向かい、石段が組まれていた。 人が1人、上がれるくらいの幅だ。 おそらく、長年、誰も使用した事が無いのだろう。 石段は、染み出す地下水で、ヌルヌルとしていた。

 クインシーが言った。

「 城壁の、真下辺りじゃ…… 」

 10メートルほど登ると、行き止まりである。 …と思ったが、鉄の扉があった。 縦1メートル、横80センチくらいの頑丈そうな扉だ。 どうやって開けるのだろう? 取っ手も、鍵穴も無い。

 クインシーは、聖剣を抜くと、額に構え、何やら唱え出した。 なるほど、そう来るのか……

「 むんっ…! 」

 聖剣の鉾先を扉に向け、短い掛け声を掛けるクインシー。

 ガガガ、ギイイ~イイ~……と、ブッ太い蝶番から、パラパラと錆びを落としながら、扉は開いた。 精霊士が、鍵代わりなようだ。

 ルネが言った。

「 ここから先は、私も、行った事がありません 」

 3人がくぐると、扉は再び、重々しい音を出しながら、自動的に閉まった。 どういう構造になっているのかな? 恐るべし、異界の科学…!


 再び、長い階段を登ると、通路が右に折れ、天上から日の光が入って来ているのが確認出来た。 クインシーが、僕らを制し、用心深く天井を見る。

 鉄製の柵がはまっており、草が見える。

 クインシーは、上を見上げながら僕らを手招きした。 壁に沿うようにして、『 天窓 』の下を通過する。

 更に通路を進むと、もう1つ、『 天窓 』があった。 そこからは、城壁のようなレンガが見えた。 メイスンの家から見えた、城の城壁のような白いレンガだ。 ここも、注意深く通過する。

 突き当たりの暗闇まで来ると、クインシーは、声を殺して言った。

「 城内に、入りましたぞ… ここから先は、大きな声は出さぬよう、心して下され 」

 小さく頷く、僕とルネ。

 カンテラを吹き消し、床に置くと、突き当りを左方向へと進むクインシー。

 数メートル間隔で、上部に明かり採りのような小さな穴があり、差し込む外の光で、通路内は薄明るい。

 やがて、また鉄の扉が現れた。 今度のは、先程のものより、少し大きいようだ。

「 …ふむ。 封印を変えたようじゃな。 水と土… それと、風の精霊か…… 」

 扉の角に小さく、リレーフのような模様がある。 それを手で触れながら、呟くように言うクインシー。 扉の鉄枠は錆びているが、扉自体には、錆びは無い。 近年、掛け替えられたもののようである。

 クインシーは、ルネを振り返り、言った。

「 ルネ、お前は、水と風の精霊の扱いに長けておる。 やってみるが良い 」

「 かしこまりました 」

 腰のベルトに挿してあった短剣を抜き、扉の前に構えるルネ。 目を瞑り、何やらブツブツと呪文を唱えている。

「 ハッ…! 」

 短い掛け声と共に、剣を振り下ろす。 ゴゴン、ギギギィ~~~… と、重そうな扉が開き始めた。

 クインシーが言った。

「 精霊が足りぬ。 風の精霊たちは、どうした 」

「 …ハッ…! 」

 再び、掛け声を出すルネ。 だが、扉は、数センチ開いただけである。

 クインシーがレクチャーした。

「 水の精霊たちを、押しのけてはダメじゃ…! 敬意を払いつつ、風の精霊たちに後押しをさせるのじゃ 」

 自らの聖剣をかざし、ルネの術を援護するクインシー。

 ギギギ、ガコン……! と、薄暗い通路に音が響き、扉は開かれた。

「 中々、良く使う。 だが、まだまだじゃな 」

 苦笑いする、クインシー。

 僕らは、先へと進んだ。

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